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第三十七話

107

審問は前回と同じく白髭のルーカス委員が担当した。


「寺院と羊毛ギルドの不適切な関係に関して告発があったため、それを鑑み、これより審問を開始します。」


白髭の委員がそう言って木槌を叩くとリズが立ち上がり、告発文を口頭で読んだ。


「まず最初に、羊毛ギルドの横暴さに関して触れたいとおもいます。これは後で述べることと関連しておりますので是非、耳に入れておいてください。」


リズはそう言うと証人としてベアーを召喚した。


ベアーが審問の場に現れると後ろで審問の行方を見ていた僧侶たちから声が上がった。


『あれ、前に訴えを起こした奴だろ』


『そうそう、ライドル家の』


『使途不明金の話は駄目だったけど……今度もまたやるのか』


『でも、魔女の話で潰されただろ……今回もダメなんじゃないの』


そんな話が囁かれていたが、ベアーはそれに構うことなく証言台についた。


「私、ベアリスク ライドルはこの場に僧侶としてではなく貿易商の見習いとしてやってまいりました。まずその点をご留意ください。」


 ベアーはそう言うと羊毛ギルドの商売の仕方の異常性を訥々と訴えた。他のギルドではありえない掟を作っていることや実際にその掟を羊毛生産者に強いていることを――


「私は『ギルド協会』で発行された書類を皆さんに見て頂きたいと思います。」


ベアーはそう言うと羊毛ギルドの掟を否定する内容が書かれた文面(写し)を配った。



≪一昨年から慣行されている羊毛ギルドの掟はその内容が公序良俗という点から甚だ乖離しているため、ここにその掟が無効であることを明記する≫



 ベアーの持ってきた書類には羊毛ギルドの作った掟が『ギルド協会』の規範に反することがはっきりと書かれていた。


「皆さんもご存じのように『ギルド協会』はダリスにある商工業者のギルドを束ねる存在であります。ここから否定的な見解が出たということはドリトスの羊毛ギルドは普通でないことを知らしめています。」


傍聴席で行方を見守っていた僧侶たちが目を見合わせた。


「異常な羊毛ギルドに金銭を貸しつけているドリトスの寺院も倫理的問題があると言っていいのではないでしょうか?」


ベアーは以前の審問で羊毛ギルドに対し寺院が金銭を融通していたことを改めてつついた。


「異議あり!!」


オールバックの僧侶が声を上げた。


「証人の言動は貿易商の見習いとしてのもので、僧侶のものではありません。商業者ごときに倫理面をどうこう言われるいわれはありません。」


オールバックは続けた。


「商売人という利に聡い連中に寺院の在り方をどうこう言われるのは言語道断であります。」


 元来、僧侶には商人に対し倫理面からの偏見がある。それは商売の中に『騙す』という行為があるからである。換言すれば『ぼったくり』や『品質の誤魔化し』などがそれにあたる。

 そのため僧侶の中には商人に対し根強い不信感を持つ者が存在する。オールバックの僧侶はそうした聖職者の持つ心理を突いた反論を展開した。


「ここはあくまで僧侶の世界です。商人の慣行やその言動を配慮する必要はありません!!」


オールバックの意見に対しベアーは手を上げて再反論した。


「確かに、商いのなかに騙しあいがあることは否めません、特に質の悪い業者のあいだでは……ですが私はそれに真っ向から反対したいと思います。」


ベアーがはっきりそう言うと白髭の委員、ルーカスはベアーを厳しい眼で見た。


「商売には『商倫理』というのがございます。そしてその『商倫理』というのは僧侶の世界から派生したものです。まっとうな取引をする業者はその『商倫理』とくに『信義』の部分をたいへんあつく重んじます。みなさんもおわかりだと思いますが『信義』というのは僧侶の根幹をなすが概念であります。」


 聞いていた傍聴席から唸るような息が漏れた。信義とは僧侶の世界では極めて重要な概念のためである。


『真心を持って約束を守り,相手に対して務めを果たすこと、それすなわち信義なり』


新米僧侶が最初に暗記させられる僧侶のしおりには上記のように記されている。


「信義という考えは僧侶の教えの中から生まれたものであります。すなわち商人にとっても僧侶の教えは大変重要なものなのです。」


ベアーは商倫理と僧侶の信義という概念を結び付けて議論を組み立てた。


「羊毛ギルドのやり方は明らかに商倫理、とくに信義を棄損するものであり、そのギルドと取引のある寺院は芳しいとは言えないのではないでしょうか?」


 ベアーの疑問を投げかける態度はその場にいた審問委員だけではなく、傍聴席の僧侶たちに波紋を起こした。


「静粛に!!」


白髭のルーカス委員はそう言うとベアーに証人席から下がるように言った。


                        *


「では、次に移る」


ルーカス委員はそう言うとリズを見た。


「委員、私はここで寺院側に資料の提出を求めたいと思います。」


 資料の提出は証言と同じで、当日の審問中に求めても問題ない。一般の裁判と違う点であるがリズはこの点を利用した。


「我々は備品の目録を求めます。」


オールバックの僧侶はリズをチラリと見やった。


                        *


程なくすると備品について細かく記された目録が提出された。


リズは該当する場所に目を光らせると発言した。


「備品の中に祭事の時に使うコスチュームがありますね、この点をみなさん覚えておいてください。」


リズはそう言うとオールバックの僧侶が声を上げた。


「もう茶番はいいかげんよして頂きたい。無駄な審問は委員の方々にも負担になるはずです。」


オールバックの僧侶がそう言うとリズはニヤリと嗤いかけた。


「みなさん、このコスチュームを作っているのがどこかご存知ですか?」


リズが問いかけると審問の場にいたすべての人間が注目した。リズはルーカス委員を見た。


「羊毛ギルドです。」


その場にいた人間がにわかにあわただしくなった。



108

ベアーはリズの姿を見て深く頷いた。


『これでいい、トーマスさんの筋書き通りだ。』


ベアーはトーマスの言った寺院のキックバックのスキームを思い出した。


                       *


『選挙と同時に祭りがあるのは知っているな。』


『もちろんです、収穫に感謝をする年に一度の謝肉祭が』


リズがそう言うとトーマスはそれカギだと指をさした。


『謝肉祭では羊のコスチュームを着た僧侶たちが祈祷を捧げるんだ。』


ベアーは『よくわからない』という表情を見せた。


『その羊毛の衣装はギルドから備品として寺院が買うんだよ。』


トーマスは核心をつく内容を口にした。


『選挙の用意で忙しい寺院の連中は備品に注意を払うことはないだろう。それに備品は帳簿上では重要な項目としては扱われない、具体的な備品の目録は僧侶の財務諸表では表す必要はないんだ。つまり寄進やお布施のようにチェックが厳しくない。』


ベアーは『ピン』ときた。


『そうだ、キックバックは備品として扱われる祭事の衣装の中にあるはずだ!!』


                      *


「我々はこのコスチュームの提出を求めます。」


「異議あり!!」


リズの申し出に対し間髪入れずオールバックの僧侶は大声を上げた、その声は今までにない圧力があった。


「ルーカス委員、この者たちはいたずらに審問を煽り立てているだけであります。祭事の衣装などどうでもいいものです。ギルドと寺院に癒着があるというならその証拠を見せるべきであり、衣装など意味がないでしょう」


「どうでもいいなら、提出すればいいのではないですか?」


リズに言われたオールバックの僧侶は悪魔にも見える形相でリズを睨んだ。


白髭のルーカス委員は木槌を叩いてその場を静かにさせるとリズに質問した。


「そのコスチュームにはギルドと寺院の癒着を証明する何かがあるのかね」


リズは自信たっぷりに『あります!』と答えた。


リズはトーマスに言われた通り、秘密裏に祭事の衣装を検分し、そこにキックバックの証拠があることをすでにつかんでいたのである。


リズの表情を見るや否や、オールバックの僧侶は震える声をあげた。


「ま、ま、ま、待て、そんな必要はない!!」


オールバックの僧侶が血相を変えると、ルーカス委員はその様子を見て怪しげな目を向けた。


そして一言……


「その祭事の衣装を持ってくるように」


 ルーカスにそう言われた瞬間であった、オールバックの僧侶は顔を青くして沈黙した。その顔にはフツフツと異様な汗が湧き出ていた。


                          *


 備品のコスチュームが提出されると、リズはその内側に縫い付けられて口を閉じられたポケットのような空間があることを示した。


「中を見てください」


中には小袋が入っていて、その袋をあけると重々しく光る粒が入っていた。


ルーカス委員はそれを見て呟いた。


「砂金か……」


ルーカスはオールバックの僧侶に厳しい眼を向けた。


「寺院の申し開きを聞こうか?」


 だがオールバックの僧侶はこたえなかった。すでに勝負がついたと思っているのだろう。顔面蒼白になったオールバックの僧侶は虚脱状態に陥っていた。


それを見たルーカスは声を張り上げた。


「大司教を呼べ!!」


審問の場にルーカス委員の怒号が飛んだ。



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審問に呼ばれた大司教は実にふてぶてしい態度であった。


「すべては下の者が勝手にやったことでございます。私は関係しておりません」


 平然といなおる態度は僧侶とは思えぬものであった。ベアーはルーカス委員に糾弾される大司教の姿を見ていたが、人間性の欠片もないその申し開きには同じ僧侶として吐き気がした。


『何でこんなに人間に……』


闇にのまれた人間が見せる姿は単なる保身や自己防衛を超越した悪意の凝集したものであった。


『獣道に入るとこうなるんだ……』


ベアーはかつて祖父が言っていたことを思いだした。


『聖人君子も獣道にはいれば、人ではなくなる。それは人の姿をした獣でしかない。』


祖父の言動の意味がベアーにはわかったような気がした。


                           *


審問の最後にルーカス委員は静かな口調で言った。


「最後に問う、本当にお前はこの事案に関係していないんだな?」


大司教はふてぶてしいという表現を通り越した顔つきで頷いた。


「おろかな……」


ルーカスはそう言うと大司教を哀れな目で見た。


「お前のような立場であれば監督責任が免れないことぐらいわかっておるだろう。それさえ認めぬお前の態度は不遜を通り越しておる。」


ルーカス委員はそう言うと木槌を3回強く打った。


「現在をもってドリトスの大司教を更迭。なお業務はこちらの査察が終わるまですべて凍結。おって沙汰があるまで寺院の管理はこちらで指示する。以上だ!!」


審問委員がそう言うと審問会場に何とも言えない重たい沈黙がのしかかった。


 

次回もベアーの話が続きます。

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