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第三十六話

104

中肉中背の貴族が一人、第一宮の裏口でかしづいていた。その貴族は顔に包帯を巻き烏帽子を目深にかぶっていた。


程なくすると男の前に侍従を連れた一ノ妃がやって来た。


「お前たちは下がっていなさい」


一ノ妃はそう言うと貴族に対してとめてあった馬車に乗るように言った。


                      *


「報告を聞きましょう」


一ノ妃がそう言うと男はくぐもった声で話し出した。


「現在は三ノ妃様が勢力を伸ばしております。ですがそのやり方が露骨になってまいりました。」


一ノ妃は『さもありなん』という表情を見せた。


「直接ではないにしろ間接的にはかなりの者が金品をうけとっている模様です……」


「証拠は?」


貴族は包帯の上からでもわかるイヤラシイ笑みを浮かべた。


「ある程度は集めてあります。確実なものも数点あります。」


包帯の貴族は続けた。


「一方で、二ノ妃様のもとにはボルト家とレナード家の連中が出入りしております。夜な夜な会合を開いていると……」


「わかっています。三ノ妃をよく思わぬ連中が集うならそこしかありません。」


一ノ妃は皇太子マルスを擁する三ノ妃が増長しはじめていることにすでに気づいていた。そしてそれに合わせて現れた三ノ妃に反する勢力の存在も……


「三ノ妃はもとをただせば下級貴族の出自です。周りにちやほやされればつけあがるでしょう。まして帝位につく皇太子の母となれば……」


一ノ妃は変わらずのポーカーフェイスで淡々と言った。それを見て貴族の男はさらに続けた。


「それから、今のレナード家のことですが……」


レナード家は3公爵の中で一番財力のある公爵家である。ダリスの教育、文化を担っているが、金融業にもその触手を伸ばしている。


「妙な噂が……」


包帯の貴族がそう言うと一ノ妃は『続けろ』と目で合図した。


「あそこに出入りしている人間を調べたのですが、そこにおかしな者が……」


「どういうことですか?」


「レナード家の当主は平平凡凡な方です、今のような流動的な状況を作り上げる能力はございません。まして帝位を揺るがすような能力は」


「つまり誰かが知恵をつけていると」


「左様でございます。」


一ノ妃は老獪な笑みを見せた。


「もう少し様子を見ます。あなたは知恵をつけている者と三ノ妃の動向を追いなさい。」


包帯を巻いた貴族はかしこまった。


「それから、あなたのかけた『保険』ですが、なかなか面白いですよ」


急に話題をかえられた包帯の貴族は驚いた顔を見せた。


「とんでもございません……ですが『保険』はあくまで……」


 包帯の貴族は『保険』を使うのは芳しくないという表情を見せた。だが一ノ妃はそれを見越しているように鷹揚にこたえた。


「あなたの考えていることはわかりますよ、レイドル侯爵。いえ、『ダリスの銀狼』といったほうがいいかしら」


一ノ妃は包帯の貴族の顔を見た。


「最悪の事態を想定するのは国の総攬者であれば当たり前の事、不穏な力が宮中で見え隠れしているならなおさらです。」


全てを見透かした一ノ妃の言葉に包帯の貴族は頭を垂れた。


「次の報告は『いい話』が耳に入ることを望みます。」


男は深く頭を下げると馬車から降りた。


                          *


『さすがだ、一ノ妃様は』


レイドル侯爵と呼ばれた包帯の貴族は走り去る馬車に向けてふかく頭を下げた。


『あの方には少しで長く、帝位にいてもらわねばならない。少なくともマルス様がお子をなすまでは……』


 レイドル侯爵はマルスの能力に疑いを持つ3公爵が『付け届け』や『賄賂』を様々な形でばらまいていることを危惧していた。


『しかし、レナード公爵の裏にいるのは……一体……』


 ダリスの日陰で暗躍してきたレイドルでさえその姿をとらえることができないレナード家の指南役はいまだベールに包まれていた。



105

当番が終わった後、バイロンは今までの事を整理しようとベッドの中に潜った。


『この国の最高権力は一ノ妃様で、次がマルス様。そしてマルス様の母である三ノ妃様が続く……二ノ妃様は子供がいないため帝位継承権はあっても位置的には重要ではない。』


『だけど二ノ妃様は娘を亡くされていて、その死に方から三ノ妃に対して敵意を持っている……』


『それから3公爵の動き。レナード家、ローズ家、ボルト家。皇位継承権を持つ貴族が財力にものをいわし貴族の世界に揺さぶりをかけている。彼らは一体、どうするつもりなのか……』


『それからメイド長のマイラさんの変化……あれにはどんな意味が……やっぱり何かあるのかも……』


バイロンは買収疑惑のあるメイドと3公爵の関係を図示した。


『ローズ家の買収はほとんどないわね……なぜかしら…でもレナード家とボルト家はひどいわね』


 バイロンはレナード家とボルト家の両方から付け届けを貰っているメイドがいることにも気づいた。


『大したものよね……両方の公爵家をまたにかけるなんて……』


 バイロンは図太い神経を持つ無派閥のメイドにその芯の太さを分けてほしいと思った。


『それからサラさんとアリーさん、一ノ妃様のメイドとしては先輩だけど、アリーさんは面倒になって来たわ……』


 バイロンは付きまとってくる元彼のニックのせいでアリーからとばっちりを受けて辟易していた。


『ここがクリアーできれば、あとは何とかなりそうだけど……』


『それから執事長のシドニーさんとあのくそメガネ……あの人たちも一体どういう考えをしているのか……』


バイロンが複雑な宮中の人間関係とその力学に唇を噛んだ。


『それにマーベリックが言っていた裏で見え隠れしている存在……』


一筋縄ではいかない貴族の世界にバイロンは大きく息を吐いた


『様子を見るしかないわね……』


 バイロンがそう思っているとルームメイトのリンジーがベッドの上から声をかけてきた。


「ねぇ、バイロン、起きてる?」


「ええ」


「明日お休みでしょ、一緒に街に出ない?」


『そういえば、明日は休みか……』


バイロンは断る理由もないのでリンジーの申し出をうけることにした。



106

リンジーはバイロンと同じくスイーツに目がないようでカスタードのはさんだパンケーキや季節の果物をちりばめたクレープに舌鼓をうった。


「やっぱり、外はいいわね。『待機所』にいると息が詰まるもんね」


 第4宮で働くメイドは帝位の妃に仕えるため簡単には外出できない。セキュリティー上の理由が主な原因だが、その数が少なく交代要員が少ないことも大きな理由である。


 リンジーに触発されたバイロンはマロングラッセ(渋煮栗のシロップ漬け)のたっぷり入ったクレープを購入した。上品にまかれた生地の上には煌びやかに光るクリが顔をのぞかせていた。


『美味しいわ、すごくコクがある』


クレープの中は生クリームだけでなくマロンクリームも入っていた。


「ここのクレープ美味しいでしょ」


リンジーはそう言うとうんちくをたれた。


「ここのマロンクリームはコクがあるけど嫌みがないでしょ、裏ごしする時にすごく目の細かい道具を使ってるんだって、それにマロングラッセはわざと渋皮をとらないんだってさ」


 渋皮をとらないことで栗の持つ本来の味を保ち、アクセントになる苦みを演出したマロングラッセは今まで食べたことのない上品さがあった。


「すごくおいしい……」


バイロンが洗練されたスイーツの味に納得した顔を見せるとリンジーは頷いた。


「他にもおいしいお店がいっぱいあるんだよ」


リンジーはそう言うとリーズナブルな食品を売る店や屋台をバイロンに紹介した。


                         *


「ここのチョコはおいしいの、二ノ妃様がお忍びでメイドに買わせに来てるんだって。」


バイロンはショーウインドを覗いてみた。


『マジか……』


 こじゃれた箱に5粒の楕円型のチョコが入っていたがその値段は恐るべきものであった。


『………』


一週間分の給料が5粒に凝縮していると思うとバイロンは恐れをなした。


「そろそろ、帰ろうか……』


 チョコの値段に震え上がった二人はその場を離れると再び女の園へと足を向けた。


                      *


 二人が待機所に足を踏み入れると明らかにいつも様子が違っていた。メイドたちは浮足立ち、その顔には落ちつきがない。常に冷静沈着であるマイラも例外ではなかった。


「何だろうね……この雰囲気……』


 リンジーがそう言った時である、けたたましい音をたてながらハンドベルを持った複数のメイドが二人の前を通った。その顔つきは鬼気迫るものがあり、二人は顔を見合わせた。


「これ、緊急召集よ……」


初めて聞く緊急用のベルの音に二人はたじろいだ。


『明らかにおかしい……』


バイロンはベルの音と待機所の雰囲気から明らかに不穏なものを感じ取った。


『何かが起こったんだ……』


 バイロンはその『何か』がこれからダリスを揺るがす、否、ダリスを崩壊せしめる『終わりの始まり』だとこの時は思わなかった。

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