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第三十五話

100

ルナが戻ってくるとベアーとリズはホッと気を吐いた。


「もう駄目かと思ったよ……」


ベアーが正直な心境を吐露するとルナがベアーを見た。


「心配した、わたしのこと?」


ルナはベアーを試すように言った。


「うん、まあね……」


ベアーは元気そうなルナを見てあまり心配しても意味がないと思い、ドライな感じで答えた。


「なんか、イマイチな答え方ね、もっとあるでしょ、頭ナデナデとか、熱いハグとか!!」


ルナが食って掛かるとベアーはシレッと答えた。


「無事だし……こんなもんじゃない」


ベアーの淡々とした物言いはルナの機嫌を損ねた。


「あっ、そう……そう言う言い方するんだ……せっかく中で面白い話を聞いたのに……その言い方じゃ、教える必要はないわね」


ルナがイヤラシイ目でそう言うとベアーの顔つきが変わった。


ルナはベアーを見て、手をだした。


「上乗せ」


「えっ?」


「レモンケーキ、ワンホール、上乗せ!!」


ベアーが鼻の穴を大きく開いて抗議しようとした。


その時である、リズが口を開いた。


「もうしわけないんだけど……夫婦漫才は後にして、もらえると……」


ルナはリズをチラリと見た後『しょうがない……』という表情を見せて、男たちの話していた内容を話した。


                            *


「やっぱり、マリーが……」


ルナの話を聞いたベアーがそう言うとリズは真っ青な顔を見せた。


「大司教が籠絡されているなんて……」


 ドリトスのトップがならず者の女に堕とされている事実は宗教者としては許されないことであった。おまけにその女が仕切るギルドと寺院の間に癒着があるとは……


リズは唇をわなわなと震わせた。


さらにルナは話を続けた。


「それから『付け届け』って言ってたな、なんか『木を隠すなら森の中』って」


ルナがそう言った時である、ベアーの眼が輝いた。


「それだ、ルナ、それだよ!!」


『付け届け』がキックバックだと確信したベアーはルナの肩を引き寄せた。


『は~ん、何、この感じ……』


ベアーの腕の力強さにルナはマンザラではない表情をうかべた。


『やっぱり、若い男って……いいわ~』


ルナがそう思った時である、ベアーが間髪いれず質問した。


「それで、何て言ってた?」


ベアーは目をきらびやかせてルナを見た。


「あとは『せん……』なんとかって……」


ベアーは微妙な表情を浮かべた。


「それじゃわかんないよ……ほかには?」


「いや、それだけ、だけど……」


ベアーはしばし沈黙した後、がっくり肩を落とした。


「だってしょうがないでしょ、それで精一杯だったんだから!!」


ルナがそう言った時である、ロバが戻ってきた。


ロバは3人の様子を見るとため息をついた。


『もっと、頭つかえよな、お前ら……』


ロバはそんな顔を見せた。



101

ベアーとリズは翌日、トーマスの所を訪れた。悪徳寺院の証拠を見つけるための知恵を借りようと思ったためである。


だが自宅前では不穏な状況が展開していた。


                         *


「何とかなりませんか、トーマスさん……」


 貧しい亜人の女が乳飲み子を抱えてトーマスに懇願していた。だがトーマスは渋い表情を見せるだけでうなだれた。


「私はもう、聖職から離れました。ですから、クスリの材料が手に入らないんです。」


 貧しいものに施す診療行為は僧侶にも認められていたが、聖職から離れたトーマスには寺院からの援助はなかった。


「街の医者にかかる余裕はないんです……」


亜人の女はそう言ったが、トーマスはうつむいたままだった。


                     *


「あの、どうかしたんですか?」


ベアーが声をかけると亜人の母親が赤ん坊を見せた。


「熱が下がらないんです……風邪をこじらせたみたいで……」


ベアーは赤ん坊の様子を見ると回復魔法(初級)を詠唱した。


だが状況は好転せず赤ん坊の様子は一向によくならなかった。


「その子には初級の回復魔法では意味がない、ここまでひどいと……」


トーマスがそう言うと亜人の母親が涙目になった。


それを見たトーマスは部屋の奥に行くと指輪を持ってきた。


「これは金でできている、これを持っていきなさい。今なら質屋が開いているからそこで現金にできるだろう、それで医者に行って薬をもらうんだ。そうすれば何とかなるかもしれない。」


亜人の女は指輪を受け取ると何度も頭を下げた。


「さあ、はやく行くんだ。」


女はトーマスの言葉に促され赤子を抱いて立ち去った。


                       *


「何のようだ、二人とも」


トーマスが疲れた表情で言うとベアーは口を開いた。


「寺院と羊毛ギルドの横暴を何とかしたいんです。ですが証拠が見つけられなくて……」


リズが続いた。


「状況証拠的には真っ黒なんですが、物証がないんです……」


「それで私の知恵を借りに来たわけか?」


「そうです。」


「悪いが、もう私は僧侶じゃない。ジャガイモを作る農家だ。」


トーマスは静かだが強い口調で続けた。


「寺院の問題は僧侶が自分たちでケジメをつけるべきだ。部外者の私はもう関係ない。」


そう言うとトーマスはベアーに帰るように促した。


だが、ベアーとリズは食い下がった。


「このままでは寺院は魔窟と化してしまいます。か弱き仔羊を導く我々が汚泥のごとき存在になれば寺院の存在が根底から崩れます。」


ベアーはリズに続いた。


「人に『道』を説く存在が獣道に入ればそれはもう……人ではありません」


ベアーの言葉にトーマスは苦い表情を浮かべた。


「聖職者の皮をかぶった獣か……」


ベアーはさらに続けた。


「トーマスさん、あなたのような人がいなければ寺院の未来はありません。貧しきものに施すあなたの姿勢は僧侶の本来あるべき姿です。」


ベアーは亜人の親子を助けたトーマスの姿に人徳の高さを垣間見ていた。


「これから先も、医者にかかれない人があなたの所を訪れるでしょう、その時、あなたは無下に返すことができますか、あなたを頼ってくる人間に『帰れ』といえますか?」


ベアーはトーマスの持つ倫理観の隙間をつく質問を投げかけた。


「あなたに僧侶の資格があれば、薬草やクスリの原料が手に入るはずです。そうすれば大きな病にならずに済むかもしれません。」


ベアーに言われたトーマスは押し黙った。苦悶の表情を浮かべた後、大きく息を吐いた。


そして……一言、


「話を聞こう」


トーマスはそう言うと二人を屋内へと導いた。



103

ベアーとトーマスが今までの経緯とダイナーで会ったことを話すとトーマスは如何ともしがたい表情を見せた。


「確かに状況証拠的には真っ黒だ。だが羊毛ギルドのキックバックがどうやって寺院にわたっているかをおさえない限りは……」


トーマスがそう言うとリズが沈々たる表情で口を開いた。


「実は資料室で寄進に関する資料を調べたんですけど……羊毛ギルドの土地寄進に関しては微塵の不備もありませんでした……」


「土地以外の寄進はどうだ?」


トーマスに聞かれたリズは首を横に振った。


「すべて問題ありません。完璧なシロです……」


 リズは土地以外の羊毛ギルドの寄進に関しても調べていたが問題のある個所はなかった。土地の寄進に主眼を置いていたベアーにとってリズの報告は極めて残念なものであった。


トーマスは虚空を睨んだ。


「状況証拠は煮詰まっているが、肝心の客観証拠がないことには、どうにもならん……」


 トーマスの厳しい表情を見たベアーは一縷の望みをかけてルナがダイナーで聞いた単語を口に出した。


「ルナの言った『せん……』ってわかるといいんですけど……」


ベアーがそう言うとトーマスが目を細めた


「それは……ひょっとすると……選挙かもしれんな」


「選挙?」


「ああ、3か月後に大司教の選挙がある……多分それだ……」


トーマスは続けた。


「ギルドからのキックバックで選挙の票を取りまとめる買収資金を出すつもりだろう、腹黒いやり方だ……」


トーマスはそう言うと急に思いついたように顔を上げた。


「選挙……そうか……そうだったのか!」


トーマスは声を上げた


「キックバックのカラクリが解けたかも知れない……」


トーマスはそう言うと立ち上がった。


「いいか、二人ともよく聞いてくれ」


トーマスは二人に羊毛ギルドと寺院の癒着のスキーム(枠組み)を話しだした。


                     *



トーマスが全貌を話すとリズが声を上げた。


「私が確認します。」


「そうしてくれ、証拠が確認できれば……大司教一派も申し開きできないはずだ」


ベアーはトーマスの眼に火が灯るのを見逃さなかった。


「リズ、秘密裏にやるんだ、絶対に見つからないように!!」


リズは元気よく『はい』と答えた。


「相手の裏をかくにはこちらがキックバックの証拠に気付いたということを見せてはいけない。誰にもわからないように証拠を確認するんだ」


トーマスはリズにそう言うと今度はベアーを見た。


「証拠が見つかれば再び審問を行うことになる、その時は君の助けも必要になる。」


言われたベアーは深く頷いた。


「よし、作戦を練ろう、反撃開始だ!」


こうして3人は悪徳寺院に対して静かに反旗を翻した。





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