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第三十二話

前回、サブタイトルを間違えました。


すいません。


直しておきました、これからもよろしくお願いします。

89

一ノ妃の『当番』は一週間を過ぎたが慣れるということはなかった。緊張感とプレッシャーは想像以上で業務をこなすだけでバイロンは精一杯だった。掃除や片付けといった当たり前の雑用もすべて監視され一切の間違いも許されなかった。


 一方、サラとアリーはバイロンに対し非協力的で、様子を見ながらバイロンの一挙手一動に目を光らせていた。ダリスの最高権力者に仕えるということの厳しさと清廉性を確認していた。


 一ノ妃を世話するという大役を命じられたバイロンであったがストレスは想像以上であった。心身ともに疲れ果てたといった感じになった。


『はやく、当番おわらないかな……』


バイロンは既に辞めたいとさえ考えるようになっていた。


 そんなことを思いながら一ノ妃の部屋に続く廊下を掃除していると以前と同じく奇声が聞こえてきた。


「ブ~ン、魔法少女大好き!!!」


わけのわからぬ言葉を発して走ってきたのは皇太子マルスであった。


「おっ、お前か、掃除してるのは?」


マルスはバイロンに近寄った。


「相変わらずいいケツだな」


マルスはバイロンの臀部に手を伸ばした。


バイロンはうまく半身になるとその手を避けた。


「おっ、よけたな」


マルスはそう言うと再びバイロンのケツをおった。


 だがバイロンは『板の上』でつちかった身のこなしでマルスのセクハラ行為をうまくいなした。


「お前……やるな」


バイロンはシレッとした顔でマルスを見た。


マルスはそれを見て声を上げた。


「そのケツ、触らずには帰れぬぞ!」


マルスはそう言うと再びバイロンに襲いかかった。


                   *


その時である、重々しい扉があいて一ノ妃が現れた。


「何をしているの、マルス?」


声をかけられたマルスは子犬のような表情をした。


「ケツを追っかけておりました!」


マルスはそう言うと一ノ妃に敬礼した。


一ノ妃はニヤリとするとマルスの前に歩いていった。


「お尻が好きな所は亡くなった陛下にそっくりね」


一ノ妃は言うや否や、マルスに後ろを見せて臀部を突き出した。


「さあ、お尻よ、好きなだけ楽しみなさい」


老獪な物言いで一ノ妃に迫られたマルスは一瞬にして沈黙した。


そして、


「……あっ、私、公務がありますので、これにて失礼!!!」


マルスはそう言うと先ほどの鈍重な動きとは全く違う身のこのなしでその場を去った。


                    *


颯爽とトンズラするマルスの様子を見た一ノ妃はポツリ呟いた。


「悪い子じゃないけど……ちょっと足りないの」


そう言うと一ノ妃は何事もなかったかのように再び扉の中に入って行った。


 バイロンは一連のやり取りを口を開けて見ていたが、一ノ妃のエッジの効いたマルス対策に舌は巻いた。


『さすが、一ノ妃様……』


だが、それと同時に一ノ妃の眼に孫を見るような暖かみがあることにも気づいた。


『一ノ妃様とマルス様は血が通ってない、だけど一ノ妃様はマルス様の事を大切にしていらっしゃる……』


 バイロンは一ノ妃の振る舞いから帝位にある妃たちの諍いがあくまで二ノ妃と三ノ妃の問題ではないかと思った。


『ということは、一ノ妃派閥のサラさんとアリーさんも関係ないわね……』


 バイロンは一切の私語をしない二人に何とも言えない思いを持っていたが、彼女たちの一ノ妃に対する忠誠心からダリスのお家騒動には一ノ妃一派が関連していないと判断した。



90

翌日の業務はとどおこりなくいったが、昨日と同じ問題がバイロンを襲った。


「キーン、魔法少女大好き!!!」


奇声とともに現れたのは再びマルスであった。


「よお、新人!!」


 マルスはバイロンの齢が近いこともあり親近感を抱いたようで、あばた顔でバイロンに微笑みかけた。


「マルス様、私は一ノ妃様の専属メイドでございます。今は公務になりますので、どうかお帰りください。」


 バイロンはにべもなくそう言ったが、マルスはどこ吹く風でバイロンの言動を聞き流した。


「まあ、そう言うな、今日はケツを触りに来たわけではないのだ。」


たどたどしい口調でそう言うとマルスは懐から教科書のようなものを取りだした。


「これがわからんのだ……お前はわかるか?」


そう言うとマルスは数式の書いたページを見せた。



2x + y = 3

-3x + 2y = 13



そこには上のように記されていた。


「このxとyって何なんだ?」


「文字ですよ」


バイロンがそう答えるとマルスは腕を組んだ。


「何で数字と文字がくっついているんだ?」


 バイロンはマルスが冗談で言っているのかと思ったがマルスの表情は真剣そのものであった。


『マルス様はひょっとして数字と文字の認識が……』


 バイロンはかつてのクラスメイトにそうした子がいたことを思い出した。一見すれば常人と変わりないが、文字認識に問題がありペーパーテストになると異様に成績が下がるタイプである。


マルスの場合も同じ障害が表れていた。


                      *


バイロンはマルスの提示した連立方程式を解いて見せた。


「こんな感じですけど……」


マルスは再び腕を組んだ。


「よく、わからん……」


バイロンはマルスの様子を見ると再び解いて見せた……だがマルスは首をかしげた。


「人が話すことはわかるけど……字は良くわかんねぇんだよな……」


 相変わらずのたどたどしい口調と理解力のなさにバイロンはマルスを不憫に思った。


そんな時である、マルスはバイロンの顔を見てポツリと言った。


「皆、そんな顔をするんだ……俺がバカだから……」


マルスは哀しげな表情を見せた。


バイロンはその顔を見て何とも言えない思いを持った。


『悪い人ではないけど……国を背負うには……』


バイロンは宮中の諍いがマルスの能力に対する不信から生じていることに気付かされた。


                        *


 その日の業務が終わりバイロンが待機所に戻るとメイド長のマイラから声をかけられた。


「ミーナの状況が思ったより悪いの……悪いんだけど、一ノ妃様の『当番』をしばらくの間お願いするわ」


 マイラは淡々とそう言ったが、その顔にはどことなく落ち着きがなかった。バイロンはそこに疑問を感じたがあえて聞くのは止めておくことにした。


「何か質問は?」


「いえ……」


 バイロンは正直『断りたい……』と思っていたがマイラの様子から言ったところで許してもらえないと思い、小さく頷いた。


「じゃあ、下がって」


マイラの表情に怪しさを感じたがバイロンは黙ってその場を後にした。



91

バイロンは指定された日になるとマーベリックと会うため時計台の待ち合わせ場所へと向かった。


 時計台付近は相変わらず人が多く、その質も様々であった。だがポルカやタチアナと違いそこを歩く人々は都会人としての『色』があった。その『色』には洗練された富裕層の艶やかさもあれば貧困層の灰色もあった。


バイロンはその『色』の中に都会独特のものを嗅ぎ取った。


『みんな、他人の事は無関心なのね……』


 大勢の人間がひしめき合って暮らす都では人の間に明らかな距離感があった。そこには互いの距離を侵食しないようにする配慮と、トラブルを避けるための自己保身が垣間見えた。


『これが都なんだ』


バイロンは人が見せる無色の壁に都の持つ特徴があると看破した。


                       

そんな時であった、マーベリックがいつのまにか隣に立っていた。


「報告を聞こう」


 言われたバイロンはマーベリックをチラリと見やった後、メイドの人間関係とマルスについて話しだした。


                       *


マーベリックはいつもと同じくヘビのような目で報告を聞いた。


「3公爵の動きは何とも言えんが、一つ確実なことがある。それは二ノ妃と三ノ妃の関係は冷戦になりつつあることだ。二ノ妃は自分の生んだ皇女が死んだのは三ノ妃の仕業とおもっている。マルス様が帝位につくことを良く思っておられない。」


バイロンはマーベリックの言動に頷いた。


「3公爵もそれはわかっているはずだが、そこにくさびを打ち込もうとしている連中も見え隠れしている。」


「えっ?」


バイロンは帝位を巡る諍いがすでに水面下では争いになっていると感じた。


「バイロン、私が言えることはただ一つだ」


マーベリックはそう言うとバイロンの顔を見た。


「誰も信じるな」


マーベリックはそう言うと踵を返し人ごみの中に消えていった。


 残されたバイロンは変化する宮中の力学が歪んだモザイク模様になっていることに気付かされた。そしてそのモザイクの中には『赤』という色が見え隠れしていることも……




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