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第二十九話

77

ベアーはバーリック牧場を出ると急いで宿屋にもどった。


「あの、速達は来てませんか?」


ベアーに尋ねられた宿屋の店主は驚いた顔を見せた。


「よくわかったね、さっき来たよ!」


ベアーは手紙を渡されると早速、封を切った。



『ベアーへ


ロイドさんの動きはうまくいった。俺はその書類を持ってすぐにそっちに行く。明日の朝にはつくはずだ。モルガンさんにわたりをつけておいてくれ。くれぐれもギルドに悟られないように


ウィルソン』



ベアーは手紙を読むや否や、立ち上がった。


『運が向いてきた!』


ベアーはそう思うと宿屋を飛び出し今度はモルガン牧場に向かった。



78

翌朝、9時であった、ウィルソンは手紙で示した通りの時刻に停留所に現れた。


「モルガンさんに話は通したか?」


 開口一番ウィルソンがそう言うとベアーは深く頷いた。昨日の夕方、モルガンには取引の話をしてベアーは商談の約束を取り付けていた。


「11時に宿屋に来てくれます。」


「よし」


ウィルソンは気合の入った表情を見せた。


                       *


 二人が宿屋のオープンスペースで待っていると11時よりも10分ほど早く、モルガンと息子の牧童がやって来た。


「本当に、取引できるんですか」


小声でモルガンがウィルソンに尋ねると、ウィルソンは自信に満ちた表情を見せた。


「大丈夫です。フォーレの経営者は貴族です。根回しはしてあります。」


そう言うと二人に契約書を見せた。


「以前と変わりはありませんが、この金額でいいですか」


ウィルソンが念を押すように言うとモルガンは契約書をつぶさに見た。


「これでいい」


モルガンは顔を紅潮させた。


「ではここにサインを」


モルガンは満を持してサインした。


「契約成立です。」


そう言うとウィルソンはモルガンと固く握手した。


「では、早速、決済に」


ウィルソンはそう言うと二人を連れて両替商に向かった。



79

両替商でウィルソンはフォーレ商会の振り出した小切手をモルガンの口座に移す作業に入った。


「あの、羊毛ギルドの会員は外の業者さんとは取引できないはずですが」


 亜人の行員がそう言うとウィルソンはロイドの持ってきた書類を見せた。亜人の行員は書類の一番上に書かれた固有名詞を見て唖然とした。


「……上司に確認しますので……お待ちください!!」


 亜人の行員は『ギルド協会』という文字を見ると泡を食ったような表情を見せた。その様子を見たウィルソンは怪しげな目を行員の背中に送った。


「どうやら、両替商もギルドの息のかかった連中がいるようですね」


 ウィルソンがそう言うとモルガンは頷いた。モルガンにとっての一番の心配事はその点であった。


「羊毛ギルドが幅を利かせるようになってから、いろいろな所でその力が……。見えない所で彼らの力は効いてるんです……逆らえば、火事にされた牧場のような目に合うんじゃないかと……」


「大丈夫です。都の『ギルド協会』から出された書類はドリトスの羊毛ギルドじゃ太刀打ちできない。」


ベアーはウィルソンの言った『ギルド協会』という単語に首をかしげた。


「『ギルド協会』ってのダリスにあるすべてのギルドを統括する団体だ。ギルドは民間の団体だが、そこを統括する『ギルド協会』は国の機関で貴族が役員をやってるんだよ」


モルガンとその息子は息をのんだ。


「うちは経営者が貴族だから、直接、『ギルド協会』に物申せるんだよ。」


ウィルソンはベアーにそう言うとドヤ顔を見せた。


                        *


程なくすると両替商のドリトス支店長が現れた。


「書類を見せていただきました。ただちに決済の仲立ちをさせていただきます。」


 『ギルド協会』から出された書類を見た支店長は何事もなかったかのようにフォーレ商会の小切手を処理し、モルガン牧場の口座に入金した。決済にさえ容喙を挟む羊毛ギルドの掟は都のギルド協会から出された書類により効力を失ったのである。


 口座に現金の確認が取れた瞬間であった、モルガンはその場に膝をついて泣き崩れた。


「ありがとう、ウィルソンさん、本当にありがとう……」


 齢50を過ぎて男泣きするモルガンの姿はベアーにとって忘れえぬ光景となった。


                      *


取引が終わるとウィルソンはモルガンとその息子に声をかけた。


「恩着せがましいようで申し訳ないんだが、羊毛の在庫がある他の牧場を紹介してもらえないだろうか。商売柄、鉄は熱いうちに打てってことで。」


ウィルソンはロイドの指示で他の業者からも羊毛を買い取ろうとしていた。


ピンチを救ってくれたモルガンは二つ返事で了承した。


「明日の夜、寄り合いがあるから、そこに連れて行くよ。そうすればフォーレ商会さんのこと紹介できるよ。」


「頼むよ、モルガンさん。それから毛皮の引き取りは後で業者を向かわせるから彼らに渡してくれ。」


「了解だ。」


                       *


 こうして契約、決済、を終えて取引を成功させた二人は意気揚々と宿に戻った。


「すごいですね、ウィルソンさん、あの羊毛ギルドの上を行くなんて」


ベアーがそう言うとウィルソンはかぶりを振った。


「全部ロイドさんの力だ。ドリトスの羊毛ギルドの規約がおかしいと思うや否や、都の協会に怒鳴り込んだんだよ。貴族は問題のあるギルドが出ると監督責任が問われるから、それを見越して秘密裏に交渉して、あの書類を出させたんだ。」


ベアーは『さすがロイドさん』という表情を見せた。


「だが、それだけじゃないぞ、商売面でも相変わらず剃刀並みのキレをしている」


ベアーは息をのんだ。


「性質の悪い羊毛ギルドのせいで牧場の連中は皆、経済的に困窮している。おまけに在庫も抱えているはずだ。ロイドさんはそこに目をつけているんだ。」


ウィルソンはしたたかな商売人の顔を見せた。


「『親切は武器』だってよ、さすがだね、うちの大将は」


 経営的に厳しい牧場を救うホワイトナイトとしてあらわれ、現金決済して困った生産者を助ける。一見すれば正義の味方だが、羊毛を買い取る金額は市価よりもかなり低い。商売としては完璧であった。


『相手の弱みに付け込むわけではなく、助ける形をとりながらしっかり安値で羊毛を買い取る……さすがだな……』


ベアーは『親切は武器』という言葉に恐ろしさを感じた。



80

ベアーとウィルソンはモルガン親子の口利きで羊毛牧場の寄合に参加した。集会場といわれるロッジ風の小屋が会場ですでに多くの牧場主が集まっていた。


「じゃあ、フォーレ商会で在庫の羊毛を買ってくれるのか?」


寄合に参加した生産者が声を上げた。


「そうだ、昨日、うちは両替商で取引させてもらった。」


モルガンが取引したことを明らかにすると、その場の一同は色めきたった。


「本当か?」


 亜人の牧場主がそう言うとモルガンは取引した契約書と両替商で発行された残高証明を見せた。


「具体的な金額はちょっと見せられないけど、これで嘘じゃないってのはわかるだろ」


モルガンは両替商で発行された残高証明を金額部分をふせて周りの者に見せた。


「本当だ……でもギルド外の業者とは取引禁止だろ、大丈夫なのか?」


別の生産者が恐る恐るそう言うとウィルソンが胸をはって声を上げた。


「大丈夫です。フォーレ商会は!!」


ウィソンはそう言うと都のギルド協会で発行された書類を見せた。


「ドリトスのギルドと都のギルドでは格が違います。ドリトスのギルドの取り決めはこの書類の前では役に立ちません。」


都のギルド協会の名を出すと先ほどの亜人が声を上げた。


「知ってるぞ、『ギルド協会』。ダリスのギルドを統括するところだろ!」


そう言った亜人の生産者は顔を紅潮させた


「この話……本物だ……」


 亜人の生産者がポツリと漏らすと今まで疑心暗鬼だった他の生産者も目の色を変えた。


                          *


 ギルド協会の書類は寄合で大きな力を発揮した。在庫を抱え、経営のやりくりに困った生産者たちはこぞってフォーレ商会と売買契約を結ぼうとした。


「在庫の確認をさせてもらって、そこで金額を決めます。その後、両替商で皆さんの口座に現金を振り込みます。」


 ウィルソンがそう言うと生産者たちはこぞって商談の日取りを決めようとした。その目は現金に飢えているのがベアーにさえわかるほどであった。


「じゃあ、明日から早速始めましょう」


ウィルソンはそう言うとご満悦の表情を浮かべた。


                          *


ベアーはその時、炭焼き小屋の主人が言ったことをふと、思い出した。



『正面が駄目なら搦め手から攻めればいい』



その言葉はベアーの中でくすぶっていた寺院に対する不愉快な思いに風穴を開けた。


『多くの生産者がうちと取引すれば、羊毛ギルドの異常性が知らしめられる。そうすれば、ギルドと金銭上のやり取りがある寺院も怪しまれるはずだ。』


 ベアーは羊毛ギルドの横暴さが取引を通して明るみになれば、間接的ではあるが寺院に道徳的な打撃が与えられると確信した。


『だけど、羊毛ギルドの性質の悪さを暴露したところで、トーマスさんの濡れ衣が証明されるわけじゃない……』


 ベアーは寺院の闇を表面上撫でただけでその核には届いてないことに気づいていた。


『客観的な証拠がないと……』


 使途不明金の話でさえなおざりにされた審問の結果はベアーの思考を慎重にさせた。


『だけど、これは大きな一歩だ』


ベアーの中では反撃ののろしが上がっていた。

  


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