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第十八話

47

レイドル侯爵の馬車に乗せられたバイロンは終始、不機嫌な表情を浮かべていた。


『このままでは使えんな……』


侯爵の執事、マーベリックは彼女の横顔から今までにない強い意志を感じた。


『このままでは、うまくいかんな……場末でママゴトをさせたのは失敗だったか……』


劇団で女優をしたことがバイロンの自我に少なからず影響を与えているとマーベリックは判断した。


『この娘、変わったな……ならば、こちらもそれに合わせるだけだ。』


マーベリックは御者に合図を送ると行先を変更させた。


                     *


 馬車は半日ほど走ると緑豊かな山裾のロッジ前で止まった。澄んだ空気が辺りを覆い、街とは違う雰囲気が展開していた。


「バイロン、降りろ」


バイロンはマーベリックを睨んだ。


「そうか、降りたくないか、それならいい。」


マーベリックは御者に目で合図した。御者は止まった馬車を再び動かそうと馬に鞭をいれようとした。


「せっかく、母親に会えるチャンスだったのにな」


これ見よがしにマーベリックが言うとバイロンの顔色が変わった。


「母はこんな所にいるはずがありません。」


「お前は自分の母親の病状がわかっていないようだな」


マーベリックはせせら笑った。


「病状は進んでいる、半年前よりも……前の病院の医者はさじを投げた。」


バイロンはマーベリックを見た。


「レイドル侯爵はお前たち親子の事を影からずっと見ている。今回、この診療所を手配したのはレイドル侯爵の配慮だ。」


バイロンは言われるや否や馬車を飛び降りロッジの中へと入って行った。


                   *


 ロッジの中は病院に思えない暖かな雰囲気が演出されていて一見すると山間の宿にも見えた。観葉植物が置かれたカウンターが受付になっていてバイロンはそこに向かった。


「母はどこにいるんでしょうか?」


バイロンが切羽詰った表情で問いかけると受付の看護師は怪しむ表情を浮かべた。


「母のリドラです、私は娘です!」


バイロンがそう言うと50歳を過ぎた看護師は2階の部屋を教えた。




 バイロンが教えられた部屋に入ると、そこは個室になっていてベッドと一組のテーブルとイスが置かれていた。杉木でつくられたそれらは部屋と調和し、一見すると病室に見えない造りになっている。


バイロンはベットの上で窓から外を見るリドラに駆け寄った。


「お母さん!」


 リドラはバイロンを見ると微笑んだ。顔色は悪くないし、血色もいい。バイロンは母の様態がそれほど悪くないのではないかと希望を持った。


だが、母、リドラの第一声は驚くべきものだった。


「新しい看護師さん?」


「えっ……」


バイロンはリドラに近寄りその手を取った。


「違うわ、私よ、バイロンよ」


バイロンはそう言ったがリドラは怪訝な表情を浮かべた。


「お母さん、私がわからないの!!」


 バイロンは必死になったが、リドラは首をかしげるだけだった。リドラの見せる困った表情はバイロンにとって想定外であった。



48

そんな時である、病室に担当医が入ってきた。


「娘さんだね、こっちに来てくれるかい」


60を過ぎた小柄な医師はバイロンを呼ぶと部屋の外に出るように言った。


「君のお母さんの状態はあまり良くないんだ。精神面が安定しなくて……」


医師はそう言うとリドラの状況を説明した。


「命に係わる状態ではないけど、これから先はどうなるか我々も予期できない。」


バイロンは呆然とした。


「半年前は、こんなことありませんでした……私の事もきちんと認識できたのに……」


医師は難しい表情を浮かべた。


「町の病院は環境が悪いんだ。君のお母さんのような神経系統の病には負担がかかる。それに薬に副作用もあるだろうし……」


医師は続けた。


「今は自然療法を試しているんだよ。投薬を止めて様子を見ているんだ。ここは空気もいいし、温泉もある。場合によっては今より改善するかもしれない。」


バイロンはその言葉にすがりついた。


「お願いです……お願いです…母を……」


バイロンはそう言うと手提げかばんの中から3万ギルダーを取り出した。


「これで、なんとか……」


医師は小さく咳払いすると金を受けとった。


「あとで事務官に渡しておくから」


医師はそう言うとその場から離れた。


                        *


 バイロンは大きく息を吐くと再び病室に戻り、母の前に座った。


「お医者様とお話は終わったの、看護師さん?」


 看護師と言われたバイロンは再び衝撃を受けたが、どうにもならない現状を変える術がないためバイロンは看護師を演じることにした。


「ええ、終わりましたよ。」


リドラは頷くとベットの隣においた小箱から手紙を取り出した。


「私の娘はね、ポルカって言う港町でお芝居をしているの」


リドラは嬉しそうにした。


「何でも主演なんですって」


リドラはそう言うと、バイロンが送った手紙をバイロンに見せた。


「『永久の愛』っていうお芝居らしいの、ほら見て、この手紙、あの子、興奮しちゃって……」


リドラはバイロンに誇らしげな顔を見せた、そこには娘を思う母の愛があった。


『おかあさん……』


バイロンは嗚咽をこらえきれず、病室を飛び出した。


「なんで……こんなことに……」


想像以上に母の状態が悪く、バイロンは隣接していたベンチに泣き崩れた。


「まだ一年もたってないのに……どうして……」


 バイロンは精神を病んだ母と別れて何とか治療費を工面しようとした日々を思い出した。


「こんなんじゃ……こんなはずじゃ……」


 バイロンがそうひとりごちた時である、バイロンの前にマーベリックがやって来た。


                    *


「どうした、母親の病んだ姿を見るのはこたえるか?」


マーベリックは感情のない眼でバイロンを見た。


「もとはと言えばお前のまいた種だ。お前があの時、間違えなければこうはならなかったはずだ。」


 マーベリックはバイロンの過去を抉るようにして言い放った。言われたバイロンは唇を噛むと体を震わせた。


「どうする、バイロン、取引するか?」


バイロンはマーベリックを見た。


「お前が一年、いや半年、レイドル侯爵の犬として仕えるなら、お前の母親の面倒をみてやってもいい。」


マーべリックは乾いた声で続けた。


「この診療所は優れた薬師もいるし天然の温泉も湧いている。自然療法とやらで、お前の母親の容態が快方に向かうかもしれんぞ?」


マーベリックは蛇のような目でバイロンを見た。


バイロンは肩を震わせた後、マーベリックを睨みつけた。


「いいわ、それで……」


マーベリックはジットリとした眼でバイロンを見た。


『いい顔だ』


 想定した展開通りに事が運んだマーベリックはほくそ笑んだ。だがそれは一瞬のことで、彼の脳裏では次の計画を実行するべく悪意の渦巻く計算が始まっていた。


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