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第十六話

41

『永久の愛』の公演最終日は今まで以上の成功を収めた。拍手と喝采が劇場を覆い、多くのおひねりが舞台上に投げられた。幕が下りた後も観客は帰らずシュプレヒコールを上げて役者たちに喝采を送った。


 カーテンコールのためにリーランド、バイロン、ライラが現れると観客の拍手はより一層大きくなった。総立ちになって彼らに声援を送る客の姿は3人に一生忘れえぬ光景となった。


 カーテンコールを終えて舞台袖に戻るとコルレオーネが3人に声をかけた。


「皆よくやってくれた、今日はうまい酒と料理で英気をやしなってくれ」


リーランドは座長をチラリとみると『当然だ』と言う表情を見せた。


「それから、ライラとバイロンには話がある、ちょっと来てくれるか」


そう言うとコルレオーネは座長室に二人を招いた。


                   *


「大体、何のことかわかっていると思うが……」


コルレオーネがそう言うとライラが間髪入れずに答えた。


「都の歌劇団の事でしょ」


 コルレオーネはライラを見たあと深く頷いた。そしてライラを改めて正面から見据えるとフッと息を吐いた。


「ライラ、お前は今日付けで劇団を退団だ」


ライラは目を点にした。


「今日までよく頑張ってくれた。だが、もうお前の場所はここにはない。荷物をまとめて出て行ってくれ。」


 コルレオーネは淡々と言った。そこには娘に対する温情もなければ、女優を扱う座長の配慮もなかった。


「何、言ってんの、あんた!!」


まさかの言葉にライラは唇をワナワナとふるわせ激高した。


 だが、コルレオーネはブチ切れたライラを感情のない眼で見るだけで何も言わなかった。


バイロンは隣でその様子を黙って見ていたが、脳裏に一つの考えが浮かんだ


『ひょっとして……劇団をクビにすることでわざと花道を……』


バイロンは父親の愛情が娘を突き放す形で体現されたとおもった。


 だが、それに気づかぬライラは怒り狂いコルレオーネを思いの限り罵倒した。コルレオーネはうつむいたまま、そのそしりを受け何も言わず沈黙を貫いた。


「あんたは、最低のクソ親父よ、好き勝手しやがって……さっさと死んじまえ!!」


怒りが頂点に達したライラはドアを蹴破るようにして出て行った。


                    *


嵐が過ぎ去った部屋にはバイロンとコルレオーネが残された。


「みっともないところを見せたな……」


コルレオーネがそう言うとバイロンは下を向いた。


「本当は君にも都に行って欲しいと言いたかったんだが……」


バイロンはそう言ったコルレオーネの雰囲気が変わるのを感じた。


「そうもいかないんだ……」


コルレオーネは申し訳なさそうな表情を見せ、おもむろに口を開いた。


「どうぞお入りください」


ドアを開けて入ってきたのはレイドル侯爵の執事、マーベリックであった。



42

「久しぶりだね、バイロン」


マーベリックはヘビのような目でバイロンを見つめると薄い唇で微笑んだ。性格の歪みが現れた表情にバイロンは反吐が出そうになった。


バイロンが呆然としているとコルレオーネが口を開いた。


「すまない……バイロン、こうするしかないんだ……」


コルレオーネはそう言うと机の引き出しから3万ギルダーを出した。


「俺ができるのはこれくらいだ……これで勘弁してくれ……」


バイロンは想定外の展開に言葉を失った。


「さあ、行こうか、バイロン。下に馬車を待たせてある。」


そう言うとレイドルの執事はバイロンの手首をつかんだ。


「嫌です!!」


「遊んでいる暇はもうない。君にはそろそろツケを払ってもらわねば困る。」


マーベリックはバイロンを無理やり連れて行こうとした。


「卑怯なやり方、それでも貴族なの!」


「何とでも言えばいい。」


 手首をつかまれたバイロンは何とかその手を振り払おうと躍起になった。


「私はこの一座で女優をやるんです。そのお金で……レイドル侯爵にお世話になったぶんをお返しします!」


「その程度の小銭で君たち親子を養ってきた労苦は購えない。」


マーベリックはにべもない口調で言った。


「それなら、都の歌劇団に行きます。そこで……」


バイロンが続けようとした時であった、公爵の執事が声を荒げた。


「君に選択肢はない、諦めるんだ!!」


殺気を含んだ怒声がバイロンを襲った。だが、バイロンも反抗した。


「嫌です、私の人生はレイドル侯爵のおもちゃじゃない!!」


想像以上に抵抗するバイロンにさしものマーベリックも手を焼いた。


「いいかげんにしたまえ!」


 マーベリックがそう言った時であった、どこからともなくバイロンの守護神が現れた。



43

「おい、その手を離せ、この糞野郎!!!」


三白眼の眼を見せマーベリックの前に立ちはだかったのは、ラッツであった。


「君には関係ないことだ、そこをどいてくれたまえ」


 マーベリックは蛇のような目をしてラッツを睨んだ。コルレオーネがちびりあがった目である。


 だが、ラッツにそれは通用しなかった、惚れた男の見せる気概は執事の醸す負のオーラを吹き飛ばしていた。


それを察した侯爵の執事はバイロンの手を放すとラッツに目を向けた。


「よかろう、相手をしてやる。」


 マーベリックはそう言うとラッツに人差し指を向けた。『かかってこい』という仕草を見せるとニヤリと笑った。


「執事のくせに……なめんなよ!!」



 ラッツは助走をつけると執事の顔面に右フックをかました。渾身の一撃は執事の顔面をとらえるはずだった。だがマーベリックは何事もないようにその一撃をいなした。


「その程度か?」


執事は残念そうに一言漏らした。


「ふざけんじゃねぇ!!!」


ラッツは怒りに震えた。


「俺たち、平民は貴族のために生きてるんじゃあねぇ、お前らの勝手にされてたまるものか!!」


ラッツはそう言うと再び飛びかかった。


だが……次の一撃もかすりもしなかった。


「どうした、あたらんぞ?」


ラッツは歯がゆい表情を執事に向けると奇声をあげた。


「クソ野郎!!!」


 全身全霊をこめたラッツの正拳突きは執事をとらえたかに思えた、だが当る寸前で執事は身をかがめて拳をかわすとカウンターのアッパーをラッツの顎に叩き込んだ。


手加減したとはいえ急所をとらえた一撃はラッツの体を地面に沈めた。


「根性は認めてやろう、だがその程度では愛する者は守れんぞ!」


レイドルの執事は冷めた目で突っ伏したラッツを見下ろした。


 だが、ラッツは立ち上がろうとした、その足元はふらつき、目の焦点はあってない、それでも立ち上がろうとした。


「止めておけ、小僧、無駄だ」


マーベリックはそう言ったが、ラッツは再び立ち上がった。


『馬鹿が…』


 内心、そう思ったマーベリックであったが次の瞬間、その思いが間違いであることに気付かされた。気づけばマーベリックは無様に地面に尻餅をついていた。


 ふらついたラッツは拳の一撃をやめてタックルをかましたのである。ラッツのフェイントに嵌ったマーベリックはもろにその一撃をくらったのだ。


「どうだい、貴族の執事さんよ、平民に尻餅つかされるのはよ」


 ラッツが焦点定まらぬ目でマーベリックにそう言った時である。マーベリックの眼に黒い焔がともった。


 マーベリックはラッツの手を素早く振り払うと体を入れ替え、馬乗りになった。


「貴族への侮辱、容赦はせんぞ!」


 言うや否やマーベリックは拳の一撃をラッツの顔面に叩きつけた。嫌な音が劇場の裏道に響いた。


「やめて!」


再び拳を振り上げたマーベリックに対しバイロンが止めに入った。


「お願いやめて、ラッツが死んじゃう……」


すでにラッツの鼻は潰れ、歯が欠けていた。


「何でも、言うことを聞きます。だからこれ以上は……」


バイロンはラッツを覆うようにしてかばった。


 急速に殺意が薄れたマーベリックは馬乗り状態から立ち上がった。バイロンはそれを見てマーベリックに懇願した。


「お別れの挨拶をさせて……」


 マーベリックは尻についた泥ほこりを払いながら『早く済ませろ』と顎をしゃくった。


                     *


「ごめんね、ラッツ。こんなになっちゃって……」


バイロンは涙を流しながらラッツの腫れあがった顔を見た。


「行っひゃ、ダメだ、ばイロン。自分の人生は自分で……」


 殴られて滑舌がはっきりしないが、ラッツが言わんとしていることはバイロンにも十分理解できた。


「ありがとう……」


バイロンはそう言うとラッツの上体をおこした。


「さようなら、ラッツ…」


 バイロンは腫れ上がったラッツの唇にキスすると哀しげな表情を浮かべ馬車に乗り込んだ。


 御者が鞭をいれ馬車が走り出したが、ラッツは体中の痛みのため立ち上がることができなかった。


『クソッ、クソッ……クソッ』


少年の熱い思いは届かぬままに終わりを迎えることとなった。



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