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第十五話

39

ベアーとウィルソンはモルガン牧場の牧童を通して経営者であるモルガンに会うことができた。モルガンは恰幅のいい中年の男で人のよさそうな顔をしていた。だががギルドの眼は相当気にしているようで二人を母屋には入れず、羊の厩舎で話し合う選択を選んだ。



「ここで話すなら、目につきにくい。あんたたちには悪いが我慢してくれ。」


「気にしないでください。ここ二日でギルドの幅の聞かせ方は嫌と言うほど思い知らされました。そちらにとって安全な方法で構いません」


「ギルドに関してはこっちも困ってるんだ……」


モルガンの物言いは明らかにギルドに対する不満を含んでいた。


「では早速ですが、在庫の羊毛をみせていただきたいんですが」


ウィルソンがそう言うとモルガンは快くそれを受けいれた。


                    *


ウィルソンが倉庫で見たのは山積みされた羊毛であった。


「想像以上の量ですね……」


「ああ、一昨年からの分もあるんだ。」


モルガンは抱えた在庫が売買できない現状に顔色を悪くした。


 ウィルソンは目聡く羊毛の状態を確認した。40分ほど手に取りながら毛質を確認しつつ検分した。


「これ全部、買い取ったら、いくらになりますか?」


モルガンは驚いた顔を見せた。


「全部って……」


「金額次第ですけど、うちは現金で買い取りますよ」


モルガンは喉をゴクリとさせた。その顔には明らかに『売りたい』という意志が現れていた。


ウィルソンはその様子を見逃さなかった、すばやくメモ帳に金額を記すとモルガンに見せた。


 見せられたモルガンは唇を震わせた。その唇の震えは金額に対する不満ではなかった。


「いかがですか?」


 ウィルソンは淡々とした口調で言った。そこには無理強いしたり、ネコナデ声を出して相手をかく乱するような嫌らしさはなかった。


モルガン困った表情を見せた。その後、ウィルソンの顔を見ると本音を漏らした。


「本当はこの値段なら、売りたいんだ。だがギルドが……」


モルガンがそう言うと息子の牧童がそれに続いた。


「去年、ギルドの掟を破って在庫を売った業者がいたんだけど……その牧場が原因不明の火事になって……」


ウィルソンは目を大きく開けた。


「今のギルドは昔のやり方じゃないんだ……だから取引がばれたら……」


モルガンの顔は蒼くなっていた。


「親父、どうするよ、ギルドからの借金もあるだろ……」


牧童の息子は多少のリスクをおってでも売りたいと思っているらしくモルガンを見た。


モルガンは困った顔をして沈黙した。


「借金の金額が折り合えば、別の方法もありますよ」


様子を察したウィルソンはそう言って助け舟を出した。


「羊毛の買い取り価格の分だけお宅の借金をうちで引き受けましょう。債権者もそれなら文句を言わないはずです。」


 ウィルソンはモルガンの借金をロイド商会で引き受け、その借金の金額を羊毛で支払ってもらうという案を出した。借金のカタに羊毛を差し押さえる方法なので直接の商取引でないためギルドも手が出せない、悪い取引ではないはずだ。


だがモルガンの表情は暗いままだった。


「ちょっと待っててくれるか……」


モルガンはそう言うと母屋に行って借金の証文をとってきた。


「これを見てくれるか」


 ウィルソンは渡された証文を手に取ると内容を吟味した。特に裏に書いた細かい部分には時間をかけて目を通した。


「こりゃ、縛ってあるね……完璧に」


ウィルソンは『どうにもならん』という声を上げた。


「ギルドの借金は外部の人間が肩代わりすることはできないんだ、それをすれば掟破りとして扱われる。掟破りになればドリトスのマーケットから締め出される……」


モルガンは小さな声で漏らした。


借金の証文をチェックしたウィルソンは眉間にしわを寄せた。


「モルガンさん、こりゃ、明らかにおかしい。こんなギルドは普通ないよ。確かに利子に関しては高くないよ、だけど取引に関してこれほど厳しい文言はない。債権の譲渡もできないし、それにジャンプもできないじゃないか」


 ジャンプとは借金の利子だけを払い、翌月(翌年)に借金の支払いを伸ばす方法である。元本の返済が滞る場合は倒産を防ぐためによくとられる手法である。


「そうなんです、ジャンプは今年から一回だけなんです。それも一度ジャンプすると次は耳をそろえて全額返さないといけないんです。」


モルガンは頭を抱えた。


「来月からは金利だけ払うジャンプはもうできないってことですね……」


 ウィルソンは借金の払い方にさえケチをつけるギルドのやり方に『異常性』を感じた。通常、金利が何もしなくても手に入る『ジャンプ』という手法は債権者にとっても悪い話ではない。倒産されて債権が焦げ付くよりもはるかにマシだからである。だがモルガンの証文には『ジャンプ』が一度しかできないと記されていた。


そんな時である、モルガンが口を開いた。


「ウィルソンさん、裏でばれないように取引できないかね……借金がギルドに払えないとこの牧場が持っていかれるんだ。取引の価格はもっと下げてもいいから!」


モルガンは血走った目で懇願した。



だが……ウィルソンはそれを断った。


「困ってるのはわかるよ、うちも助けられるならそうしたい。だけどね、うちは経営者が貴族なんだ。だからそうした商売はできない。帳簿上に乗せられない商品や金は扱えないんだ。」


ウィルソンは静かにそう言った。


「正規の手続きを踏まないと、うちでは無理だ。それに下手な取引をすればあんたの所も火事や事故で……」

ウィルソンはギルドの性質から何が起こってもおかしくないと思い始めていた。


そんな時である、牧童の息子がウィルソンに向かって土下座した。


「何とか頼みます、元は俺のヘマで作った借金なんです。牧場をとられるのは何とか回避したいんです、おねがいします!!!」


 ウィルソンは牧童の息子の姿を見て何とも言えない表情を見せた。そこには商人としてのあざとい計算は浮かんでいなかった。


「一つ方法があります。ですが、それは私の一存ではどうにもなりません。少し待っていただけますか」


モルガン親子はすがるような目をウィルソンに向けた。


「どうなるかわかりませんが、全力はつくします。」


そう言うとウィルソンはベアーを促して厩舎から出た。



40

ベアーは牧場を出るとウィルソンに話かけた。


「あんなこと言って、大丈夫なんですか?」


 ベアーはギルドのあくどさを知るにつれ、取引が邪魔をされるのではないかという疑いを持った。


「お前の心配はもっともだ。このギルドならやりかねんな。俺も内心、危ない橋をわたっているとおもっている。」


ウィルソンは『ジャンプ』さえまともに認めないギルドに疑問をもった。


「だが、この話はうまくいけば大きなリターンがある。」


ウィルソンは空を仰ぎ見た。


「勝算はあるんですか?」


「何とも言えん、だがあのギルドの規約は明らかに異常だ。その点をつけば何とかなるかもしれん。ロイドさんに報告して指示を仰ぐ」


ベアーが頷くとウィルソンは先ほどと違う顔を見せた。


『あの金額であれだけの羊毛が買えるなら……こっちとしてはうま味があるな。』


すでにウィルソンの顔は商魂たくましい商人のそれに戻っていた。



「俺はこの足でポルカに戻る。お前はまだ廻ってない他の牧場の様子をみてこい。出来れば在庫の羊毛も確認しろ。」


「わかりました。」


ベアーが勢いよく返事をするとウィルソンは続けた。


「俺が牧場に行くよりお前が御用聞きのような形で行ったほうが、何か聞きだせるかもしれん。出来るだけのことをやってみてくれ。」


ウィルソンはそう言うと近くにあった駅馬車の停留所から幌馬車に乗った。


「頼んだぞ!」


ウィルソンを載せた幌馬車はポルカに向けて車輪を巡らせた。




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