第十三話
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『命をかけたコント』を終わらせた後、ベアーが老婆に羊毛業者の事を尋ねると、老婆は一件の牧場の名を上げた。ベアーは老婆に感謝すると早速、教えられた牧場へと足を向けた。
牧歌的な雰囲気が続く道を1時間ほど歩くと目当ての牧場が視界に入った。
『あれだな』
ベアーは牧場の入り口にある看板に目を止めた。
『モルガン牧場か……だいぶ寂れてるな……』
ベアーは牧場の中に入るとその様子を眺めてみた。
牧場には放牧された羊たちを犬を使って追い込む牧童の姿があった。寂れた看板の印象とは異なり多くの羊が牧羊犬に追われていた。ベアーはその様子を見ていたが一つのことに気づいた。
『指笛で犬をコントロールしてるんだ。』
ベアーは初めて見る光景に息をのんだ。
甲高い指笛の音がすると犬は羊の群れを後ろから追い立てた。その後、短めの指笛を牧童が連続して吹くと、今度は左手から羊たちを追い込んだ。
『ああやって羊を厩舎に追い込むんだ……』
ベアーがその様子を感心して見ていると指笛を吹いていた牧童がベアーの方にやって来た。
「何か、ようかい?」
「あっ、僕、フォーレ商会で見習いをしている者ですが羊毛の事についてお聞きしたいと思いまして」
ベアーが如才のないトークを見せると20歳くらいの亜人の牧童は訝しんだ。
「うちはギルドからの紹介がないと、何もできないぞ」
牧童はそう言ったが、その目はそうではなかった。顎で羊のいる厩舎を指すとそっちに来いという合図を送った。
ベアーはコクリと頷くと、しばらく時間をおいてから牧童の後をおった。
*
ベアーが厩舎に入ると亜人の牧童が朗らかに話しかけてきた。
「さっきは、悪かったな。ギルドの奴に見られるとまずいんだ。」
「いえ、そんなことはありません。」
「ギルド抜きでの商売はやばいんだよ」
そう言うと牧童は厩舎の一角にある風通しのよさそうな場所へとベアーを案内した。
そこにはかなりの数の羊毛が積まれていた。
『すごい数の羊毛だな……』
ベアーはそれを見ると早速、羊毛に関する質問を牧童にぶつけた。
「羊毛の種類、数量、それと価格を教えていただけませんか。」
牧童は頷くと羊の品種とそれぞれの数量と価格を述べた。ベアーはそれをメモすると牧童を見た。
「うちとしてはある程度の数量が必要なんですが、現金値引きはありますか?」
「現金で一括払いなら変わるね。ただそれなら親父に聞かないと、でもうちの親父は子供じゃ交渉しないぜ」
「大丈夫です、うちもきちんとした購買担当がいますから。その担当をつれて行きます。いつなら親父さんに会えますか?」
「そうだな、明々後日の午後なら、時間が取れる」
「わかりました、明々後日の昼過ぎにくるようにします。」
「それから、ギルドには内緒だぜ」
ベアーを見る牧童の表情は真剣だった。
「わかっています。」
ベアーは牧童の意をくみ取って静かにそう言うと挨拶してモルガン牧場を後にした。
これほど簡単に羊毛の買い付け交渉にありつけるとベアーは思わなかったので正直うれしくなった。
『何か貿易商の仕事をしてるってかんじだな……』
ベアーは自分の行動がフォーレ商会に貢献しているようで小さな自信がわいた。
『あとは明々後日の交渉がまとまれば……』
ベアーは羊毛が馬車に乗せられ運ばれる姿を脳裏に描いた。
35
ベアーは夕方になり、待ち合わせの場所でウィルソンと落ち合った。
「どうだっだ、そっちは?」
ベアーはモルガン牧場でのやり取りを伝えた。
「そりゃ、前進だな、よくやった。こっちもいろいろ話を聞くことができた。」
二人は宿に入ると遅めの食事をとりながらこれからの戦略を練った。
「明々後日はモルガン牧場の生産者と話をするとして……明日と明後日は情報収集だな。」
ウィルソンはそう言ったが、その顔が急に真剣になった。
「ギルドの連中は俺たちのことを快く思ってない、気を付けて動けよ。嫌がらせの可能性はあるからな」
ベアーは頷いた。
*
それからの二日間、ベアーとウィルソンは在庫を売ってくれる業者を探すべくドリトスを奔走したが、どの生産者も首を縦に振らずその成果は芳しくなかった。想像以上に厳しい結果で驚きの方が大きかった。
「どこもギルドの力が働いてるな……」
「話さえ聞いてくれない所もありましたね」
「ああ、門前払いされたところもあったな」
二人は合わせて10件の羊毛生産者にコンタクトをとったが、どこもいい返事はしなかった。
「どの牧場も本心は違うんじゃないですか」
「ああ、取引に応じそうな連中もいるにはいるな」
二人は宿で夕食をとりながら二日間の状況を分析した。
「でも、ギルドに不満があるのは間違いないですね」
ベアーがそう言うとウィルソンは頷いた。
「とにかく、明日のモルガン牧場の出方をみてからだ。それより、今日は休もう、もう足が棒だ」
二日の間で30km以上歩いているためウィルソンは疲れた表情をした。
翌朝、二人は簡素な朝食を終えるとモルガン牧場に向かった。その道すがら、二人は各牧場の状況を確認したがギルドの幅の聞かせ方が『異常』だという考えに行きついた。
「暖冬が続いて在庫を抱えているなら多少、値段が下がっても売るはずなんだが……」
ウィルソンは『ありえない』と言う顔をした。
そんな時である、ウィルソンはベアーのバックパックに鼻を近づけた。
「お前、そのバック……匂うな…」
ベアーは不思議そうにウィルソンの顔を見た。
「変わった匂いがする」
言われたベアーはバックパックに鼻を近づけた。バックからはそこはかとない異臭がしていた。いい匂いではないが臭くもない、何とも言い難い匂いだった。ベアーはバックパックを肩から下ろすと中を見た。
『この匂い……屋台で買った『饅頭』からだ』
ベアーは怪しい亜人から買った『饅頭』を捨てるのを忘れ、バックパックの中にしまいこんでいた。どうやらそれが発酵したらしく匂いを醸すようになっていた。
ベアーはカバンから『饅頭』を出すと捨てようとした。
「ちょっと待て、ベアー、それ……」
ウィルソンが目を大きく開けた。
「それ、撒き餌だ!」
ウィルソンはそう言うと『饅頭』をマジマジと見た。
「これはな、『黄金羊』を呼び寄せるための餌だ。」
「『黄金羊』?」
ベアーが不思議な顔をするとウィルソンは口を開いた。
「俺が小さかったころ、『黄金羊』は田舎の方で結構、出没してたんだよ。かなり狂暴でな、家畜を襲うんだ。だけどその毛は珍重されて当時のマーケットでもかなりの値段で売れたんだ。」
ベアーは興味津々の表情で話を聞いた。
「お前の持つその饅頭は『黄金羊』をとるための撒き餌でな、30年前は結構、いろいろな所で売ってたんだ。だけど、そのレシピは秘密にされててな、一部の亜人だけしか撒き餌を造れなかったんだ。当時はその撒き餌を求めてハンターが各地に出向いたって言う話もあるくらいだ。」
ベアーは素直に感心した。
「ウィルソンさんは『黄金羊』をみたことあるんですか?」
ウィルソンは首を横に振った。
「だが、その毛なら一度見たことがある。都の皇女の戴冠式の時に召物として使われるんだけど、たまたまマーケットで取引されるのを目にしたな。」
ウィルソンは懐かしそうに言った。
「だが『黄金羊』はもう絶滅したからな……」
「じゃあ、もうこの『饅頭』も意味がないですね。」
「多分な……だけどプレミアがついてるかもしれないぞ」
冗談半分でウィルソンはそう言ったがベアーは真に受けた。
「取っておくことにします。」
ベアーはキリッとした表情でそう言うとウィルソンは苦笑いした。
そこには、
『余計なこと言うんじゃなかった……』
と言う含みがあった。