出会い
ここは帝国領ドワーフの森。
鬱蒼と木々の茂る中、おおよそ人の通る道筋も途絶えた場所で、若い一人の少女は格闘していた。
相手はというと、…紫色の一見可愛らしい花をつけた、マンドラゴラ。
ただし、少女の目的はその愛らしい花ではなく、根の部分なのだが。
「おねがいっ…抜けてよ…っ…」
メキメキ…
革手袋を履いた両手で、少女は思いっきり茎を引っ張る。
やがて、その植物の土に植わっている部分から、少し白っぽい根の部分が現れてきたことに気がつく。
今だ、と少女は足を踏ん張り、体全体を使って一気に力を込める。
スポン!
「わあっ!!」
少女は、マンドラゴラが勢いよく抜けた弾みで盛大に尻餅を付いた。
ふんわりした茶色いショートボブの髪の毛が、土埃で舞い上がり、一張羅の旅装束が泥だらけになる。
「ぬ、抜けた…」
まだ幼さの残る、しかしやりきった感溢れる表情で、少女ーローランは手元を見た。
そこには、なんとも言えない奇怪な形の物体。マンドラゴラの根っこである。
マンドラゴラ自体がかなり希少価値の植物で、その根は様々な高級薬を生み出すことが可能なため、これを市場へ持って行けば、それなりの金額になるはず。
ローランがしばし呆然としていると、遠くの方でカサカサと草むらの揺れる音がした。
はっと彼女も我に返る。
マンドラゴラは、人間にとって希少な植物、それは、この森に住む魔物にも同じことが言えるのだった。
慌てて、治癒魔術師でもあるローランは、即座に結界を張る魔術を唱えようと、印を結ぶために片手をかざした。
「…ええっ!わあっっ!!」
草むらの影から伸びてきた、長いものが突然足に巻きつき、引っ張られてバランスを崩す。
長いものは蛇のようにうねり、ローランの左足にぐるぐる巻きつき、そして振り上げた。
「わあああああっ!!」
ローランは蛇のようなものに逆さ中釣りにされてしまった。
そして、茂みの向こうから、蛇の本体が姿を現す。
「なあに?私の大切な物をとったのは貴方かしら…?」
怪しい、しかし妖艶な女性の姿をした魔物、ラミアー。
真っ赤な唇からは、細長い舌がチロチロと覗き、豊満な両胸には毒々しい蔦が絡みついている。
そして腰から下はとぐろを巻いた蛇のような足。
およそ人間とは異なる、黒々とした瞳は夜の猫のように細く鋭い。
滅多に遭遇しない、上級魔物である。噂では、姿を見て生きて帰れた者はほとんどいないとか…。
「ああああののの…」
贔屓目に言っても、小さい集落などで一二を争う程度の、普通の治癒魔術師のローランが、まともに渡り合えるはずもない敵である。
…わたし、これで終わりなのかな…?
「死」の文字が頭に浮かびかけた時、何かが空中を舞った。
「ギャアアアアッ!!!!」
悲鳴がなぜか、ラミアーの方からした。とともに、魔物の蛇状の足からローランの体が放り出される。
勢い良く飛んだ、と思ったら、何かにドシン、とぶつかった。
....予想より痛くない。
「チッ」
ぶつかった何かから舌打ちが聞こえ、グッとローランの体は何かに固定される。
ローランは、恐る恐る顔を上げて、ぶつかった「何か」を見上げると、それは黒ずくめの人間らしきものだった。その黒ずくめから伸びた腕に自分は小脇に抱えるようにして固定されていた。
「ガキが。鈍臭いんだよ」
その黒ずくめは、言い聞かせるようにローランの顔を覗き込んだ。
朱金の瞳に射抜かれる。
目の前に現れた常識の枠を超える美貌に、ローランは驚いて息を飲む。
漆黒の髪が、さらりと輝きを放つ瞳にかかり、その様は男の危険な色香を助長させていた。
すぐに男は、対峙した魔物の方に顔を向け、侮蔑の表情を作る。
「まだこんな中途半端な魔物がいやがったとはな… 見苦しい」
嘲りの言葉に、自らの血にまみれたラミアーは、息を飲む。
「ッ…」
「さっさと消えな。さもないと、俺の気分次第でどうにかなるかもわからないなあ…」
ククッ、と男は口の端を揺らす。
もはやどちらが魔物なのか。
「くそッ!」
本性なのか、口汚く罵りの言葉を吐きながら、ラミアーは足早に逃げ去って行った。
思いつくままに書いてます…
まだこれから人は出てきます。