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楽園の片隅 ②

「はぁ・・・・」


 重い溜め息が私の頭に降ってくる。

 さっきまで、まるで楽園のようだった庭が今では針の筵。まさに、天国から地獄だ。

 それから「まったく、お前達ときたら・・・・」その堅い声に、申し訳ありませんでした ! と、謝って逃げ出したいのをぐっと堪え佇む私を、この屋敷の跡継ぎであらせられるアレク様は青灰色の目でちらりと一瞥しただけで視線を前に戻し、ぶうたれる双子様を威圧感たっぷりの声で叱り始めた。

 

 アレク様のお歳は20の半ばを幾つか過ぎた頃。双子様と良く似た亜麻色の髪をすっきりと後ろに流し整え、一分の隙も無くスーツを着こなす。たいへんな美丈夫であらせられる。その御性格はというと、歴史あるお家を背負って立つに相応しく、真面目で厳格。そして結構・・・・口煩い。


「アンドゥレは、お前達の玩具ではないと何度言ったら分かるのだ。お前達は、もう我が儘を言って良い歳ではないのだぞ」

「アンドゥレは玩具なんかじゃないよ ! そんなの知ってる。アンドゥレは玩具じゃなくて友達だ。メイドだけど、友達なんだ」

「うん、そうだよ。アレクお兄様は間違ったことを言っているよ」


 歳の離れた兄であるアレク様に、食って掛かる双子様。

 一方アレク様の方は、その反抗的な態度に怒りが増したらしく叱る声が益々、低くなっていく。そして、それに比例して顰めた眉の皺も深くなっていった。ついでに、私の顔は青くなっていっている筈だ。

 ど、どうしよう・・・・不味い事になったぞ。

 このままお二人が反抗的な態度を取り続けたら、きっとアレク様はこの事を奥様や旦那様に報告するだろう。そうなったら大事になってしまう。お二人が逃げ回るくらい大嫌いなお勉強の時間を増やされてしまうかもしれない。それでは困る。大奥様だってお二人が遊びにこられるのを楽しみにしているのだ。

 焦る気持ち。でも、新人メイドである私に出来る事は何も無い。言い合う御三方を傍で見守るしかない。


「だいたいお前達ときたら、アンドゥレアンドゥレと、毎日毎日」

「なんだよ、お兄様こそ」

「もしかして、お兄様って」


 ポンポンと出て来る不平不満。実にリズミカル。


(うわー、まさに舌戦ですねぇ。何だか目が回ってきますよ)


 そんな小気味好い言葉の応酬をクラクラしながら横で聞いていた私は、ふと、あることに気付く。御三方の眉間に、同じ様な深さの皺がよっているのを発見したのだ。

 良く似た顔立ちの3人の同じ癖。――ああ、やっぱり兄弟なのだなぁ。性格が全く違っていても、癖は似るものなんだ。へぇー、と変なところに感心してしまった。

 何というか・・・・・・・・微笑ましい。


「----何だ、アンドゥレ。お前、今、笑っただろう」

「えっ ! いえっ」


 微笑ましいと思ったのが思わず顔に出てしまったらしい。

 

「随分と余裕だな、アンドゥレ」


 急にアレク様の怒りの矛先がこちらを向いた。

 青灰色の瞳が眇められ、私を睥睨する。----こ、こわいよぉぉ。


「だいたいアンドゥレ、お前の仕事は何だ。子守か。違うだろう」

「ははは、はいっ ! 申し訳ございませんっ」


 ガバッと頭を下げた。米搗きバッタよろしく何度も、何度も。まるで馬鹿の一つ覚え。でも、緊張で体も頭の中身も強張って、上手い謝罪の言葉が出て来てくれない。

 そんな私が哀れに見えたのか、双子様が私の前に立ち、アレク様に向ってぷんすか抗議をし始めた。

 益々、ヒートアップしていく舌戦 ! 


 ( わ、わたしを間に挟まないで下さい~~~っ )


 右から左から飛んでくる説教と苦情の言葉の矢に、途方に暮れた。もうお手上げだと視線を宙に向けた時、

――――カララン。ベルの音。

 はっとして、東屋に走った。

 この音は大奥様がメイドである私を呼ぶ合図なのだ。

 

「はいっ、ただいま参りますっ」


 実は、走りながら内心ホッとしていた。だって針の筵のような場所から逃げられるのだもの。

 そんな事を思う私は、メイド失格である。すみません。私を信頼して仕事を任せてくれる大奥様に、心の中で詫びる。でも、こういう場合、本当にどうしたらいいのか分からないのだ。

 もしかしたらこの仕事、向いていないのかも、と思いながら東屋に戻ると大奥様が情けない私を柔らかな笑みで迎えてくれた。


「アンドゥレ、あの子達の相手はその位にして、今度は私の相手をしてちょうだいな」

「長くお傍を離れてしまって、申し訳ありません。ほんのちょっとのつもりだったのですが・・・・」


 頭を下げる私に、しょうがないわよと大奥様が笑う。


「貴方はあの子達のお気に入りだもの。ちょっとのことでは手放したりはしないでしょうよ。でも、それはどうやらツイン達だけじゃなくアレクも、のようね。まぁ、子供みたいにはしゃいじゃって」


 はぁ ?! アレク様が私の事を ?! そんなそんなっ、滅相も無い事ですっ。

 うろたえて頭を振って否定する。

 アレク様には常日頃から御叱りの言葉ばっかりで、気に入られているなんて事実は全く微塵も無いのです。もしろ、その反対です ! 


「・・・・・・・・誰が、子供みたい、ですか。お婆様っ」

「あら、アレク。貴方だけ ? 暴れん坊の双子達はどうしたの」


 自分の言葉を簡単にスルーされたアレク様は、何かを言い掛けたけれど諦めたように言葉を飲み込み、はぁぁぁと、重い溜め息をつく。そして、大奥様の質問に答えた。


「双子には、午後の授業をさぼった罰として山のような宿題を出してきました。ですから、暫らくは大人しい筈ですよ」

「あの二人、やっぱりお勉強をエスケープしていたのね。しょうがない子達だわ」


 呆れたように言う。でも、大奥様の顔から笑顔が消える事は無い。孫であるお二人が、余程かわいいらしい。


「アンドゥレ、お茶を淹れてちょうだい。なんだか、喉が渇いてしまったわ」

「はい」


 ポットに手を伸ばし、お茶を淹れる用意を始める。

 すると目の端に、苦虫を噛み潰したような表情のアレク様が映った。私は、おずおずと、


「あの、アレク様もいかがですか」


 と、白磁のポットを持ったまま聞いてみた。すると、じろりと睨む目。


「・・・・・・・・・・・・・いただこう」


 言葉は丁寧だけど、どこかぶっきら棒な返答が帰って来た。その、ばつが悪そうな表情に大奥様が「そういうところが子供っぽいのよね、貴方は」と、からからと笑う。

 静かだった東屋がいっきに華やいだ。

 ああ・・・やっぱりこの庭は、なんて美しいのだろう。



 その日のお勤めが終わった私は、屋敷から御暇しようと裏口の門戸に手を掛けた。防犯上仕方のない事だが、この頑丈な門は、かなり重く開け閉めも一苦労。どうにかならないものかと、毎日思っている。


「よし」


 腕に力を込め、門を押すタイミングを計っていると、後ろに人の気配。


「あら、アンドゥレ。貴方も今、帰り ? 」


 掛けられた声に振り向くと、お針子のモリィが大きなバスケットを抱えて、歩いてくるところだった。


「ええそうよ。私は大奥様の午後のお茶の時間までが仕事なの。後はベテランのメイドにお任せよ」

「なら、久しぶりに一緒に帰りましょう」


 疲れたわねぇと、首を回すモリィは町にある仕立て屋の娘。そしてお針子だ。小柄な体を包む、ふんわりとしたワンピースやエプロンは自らの手作りだそうだ。その、柔らかいシルエットは、ふわふわとした可愛らしいモリィに良く似合っている。だが、ただ単にデザインが優れているだけではなくて、縫い目の乱れ、布の引き攣れ一つ無いその仕事振りには、かなりの熟練した技術が窺い知れた。

 幼さの残る見た目に反した技術を持つ彼女は、店に持ち込まれた仕事の他に私が勤めている屋敷の仕事も請け負っている。

 屋敷の仕事は店に持ち帰らず、屋敷でこなす。なんでも、結構な量があるから、ここで取り掛かった方が効率が良いらしいのだ。それに、中には宝石が使われた高価なドレスもある。客が頻繁に出入りする街の店より、強固な警備の屋敷の方が余ほど安全で安心なのだと何時だか言っていた。


「ねぇ、アンドゥレ。今日の昼過ぎのことなんだけど」


 声を掛けられ隣を向くと、私の顔より低い位置から、はしばみ色の大きな瞳がこちらを見ていた。その目には何故か悪戯な色が浮かんでいる。

 何だか意味ありげ。はて、なんだろう。今日は一日の大半を庭の東屋で過ごしていたのだが、私がいない間、屋敷の方で何かあったのだろうか。


「何があったの。というか、何をニヤニヤしているの ? 気持ち悪いなぁ」

「私ね、今日は朝からずっと南側の作業室にいたのよ」

「うん」

「あそこって、大奥様の東屋がよく見えるの。ついでに言うと、反響の具合かしら、音なんかも結構聞こえるのよ」

「・・・・・・・・・・」


 あ、嫌な予感。それって、もしかして・・・・。



 

 


 


 


 


 

 

 


 最近、「エタる」の意味を知りました。

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