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魔城からの脱出 ⑥

幾らか生気が戻ったとは言え、まだまだ足元がおぼつかない魔王の手を引き、城の北側に急いだ。

 そこには私達が『畑』と呼んでいる温室のハウスがある。そこそこの大きさで、全部で四棟。その『畑』の中で、天候に左右されない作物の実験栽培を行なっているのだ。


 私が魔界に来てから4年ほど経つが、その頃から不思議な事に、それまで無かった植物がぽつりぽつりと現れ出した。山で野で。それは何故か私が良く知っている野菜やキノコに良く似ていた。

 試しにそれを採取して、育ててみる事に。暫らくして、食用になると解ってからは、種を採り、株を増やし、今年はもうハウス四棟。近々、増棟の予定もあった。


 収穫は間近。もう少し。もう少しで、まとまった料の食料が確保できる所まで来ていた。収穫祭の準備だってしていたし。


―――― それなのにっ ! 


「どうしてっ、ねぇっ、どうしてここまでするのっ ?! 」


 そんなに聖女が欲しければ勝手に連れて行け。邪魔したりなんかしないから、好きにして。だから私達の事は放って置いてっ。

 喉が裂けるほど叫んだ。でも、痛みなんか感じない。今は自分の体どころじゃ無かった。ただ、ただ、何者かの理不尽な仕打ちに噴出する憤りを喚くだけ。その他には頭が回らない。

 

 一目で素人が造ったと知れる、歪んだ形の一棟目のハウス。

 具合が悪くなった時のためにと建てた、魔王専用の小さな東屋。

 へのへのもへじの案山子。

 ハウスの入り口に立てられた看板は、珍しく魔王が自信満々で書いた。意外に達筆で驚いたものだ。


 どれもこれも四年間の思い出が詰まってる。私達の努力の結晶。何よりあれは魔界の、魔族の、私の、希望。

 それら全てが、燃えている。

 今、私の目の前で。


「アッ、アンコッ、駄目だっ ! それ以上先に行ったら炎に巻き込まれるっ、離れろっ ! 」

「だめっ、だめっ、放してーーーーーっっ !! 」


 紅蓮の炎は全ての棟を舐め、天を突くような火柱を作る。正に、真っ赤な壁だった。その目の前にいる私の頬が熱風でちりりと焼ける。

 

「いいから手を放してっ、魔王っ」

「駄目だっ」


 頭では、もう無駄だと分かっていた。でも、どうしても諦めきれない。「もしかしたら」を心の中で何度も繰り返してしまう。もしかしたら中の野菜達は無事なんじゃ、と。それは、小さな、小さな、望み。縋れないほどに弱々しい。でも、どんなに小さくても希望は希望。確実に、まだそこにあるっ。

 

 ( 速く行かなくちゃっ、無くなっちゃうっ ! 全部、全て。私達の希望がっ ! )

 

 駆け出そうとする足。でも、後ろから羽交い絞めにする腕がそれを許さない。その小さな体の何処にそんな力があったのか、魔王は暴れる私を完全に押さえ込んでいた。

 その時、半狂乱になる私の目の前で、ひときわ大きな風に煽られた火柱が、骨組みごとハウスを巻き上げた。

 風の甲高い叫びの隙間に、希望の断末魔が聞こえる。そして、火の粉を撒き散らしながら地面に落ちて砕けた。粉々のばらばらに。


「・・・・っ」


 今までの私の全てを無かった事にされたような気がした。突如、私を覆う虚無感。体中の力が抜ける。今まで張っていた気も途端に萎み、萎えた足は役目を放棄する。ガクンと崩れ、そのまま地面に座り込んだ。今、自分の中が何も無い空ろになっている実感があった。からっぽだ。逆さに振っても何も出てこない。もう、何も無くなってしまったんだ。城も畑も。


「アンコ、すまない」


 座り込み、赤い火柱をぼんやりと見詰める私を後ろから、ぎゅっと抱きしめる腕。その細い腕の温もりに、自分の手にはまだ大事なものがあると言うことを思い出した。


「頼むから泣かないでくれ」


 自分の方こそ泣きそうな情け無い声で、魔王が可笑しな事を言う。


「はぁ ? 何言ってんの ? 泣いてなんかいないし。どこに目をくっつけてんのよ」


 絶対に認めない。

 やけにぼやける視界や、頬に濡れた感触があったとしても。

 振り返らず、しがみ付いた魔王をそのままに、精一杯虚勢を張った。


 ( 負けるもんかっ )

 

 そう強がる私に魔王は、すまないと繰り返し謝る。まるで呪文の様に、何度も何度も。


「どうして謝んのよ。あんたは何も悪くないじゃない」

「いや、私が悪い。私が魔王なのがいけない。私と一緒に居るから傷付けられる」

「だから、それは―― 」


 自分が、自分が、と自分を責める彼を止めようとする。が、私にしがみ付く腕にいっそう強く力を込め、それをさせない。そして、苦しげに吐き出した。


「でも、放してやれない。――いや、放してやらないっ ! お前を傷付けると分かっていても、この手は離さないっ。だから・・・・・・・・すまない。私には、謝る事しか出来ない」


 私の首筋に顔を埋め叫ぶ。

 いつも、ぼんやりさんな彼にしては強い口調だった。でも、口ではそう言っていても、私にしがみ付く手が細かく震えるほど堅く握られている。それは彼の不安を如実に表していた。

 でも、何が怖いの ? もしかして、私が拒絶するとでも ? 逃げるとでも思ってる ? 

 へタレだ。省エネタイプになって、幾分しゃんとしたかと思ったけど、中身はいつものスライム魔王だ。やっぱりこいつには私が付いていてやらなくちゃ。

 魔王の腕の中で体を反転。正面から向き合った。

 そして、焦点がぼやけるほど顔を近づけると透き通る真っ赤な目に、爛々と目を輝かせた私の顔が映り込む。


「ねぇ、手を放さないって、いつまで ? 」

「・・・・ずっとだ」

「魔界が滅びても ? 」

「ああ、勿論」

「世界が無くなっちゃっても ? 」

「常世まで」


 言い切った凛々しい顔の目蓋を舐めた。途端に、凛々しかった表情が恍惚に溶けた。その顔で、もっとと強請るように擦り寄ってくる魔王。でも私はそれを押し留め、体を離して立ち上がった。死んだ先までもを約束してくれた魔王の言葉に、立てた覚悟を思い出したのだ。

 覚悟。それは魔王と一緒に生きて、一緒に死ぬという事。そして、死ぬのはこんなつまんない場所でなんかじゃない。それはもっと素敵な所であるべき。それこそ南の国とか。

 よし。そうとなったら、こうしてはいられない。今、私がやるべき事。それは、


「 逃げるわよっ ! 」


 急に立ち上がった私を魔王が「え ? 」とした顔で見上げてくる。コロコロ変わる私に着いて来られない様だ。相変わらずのぼんやりさん。でも、そこが可愛い。


「逃げて、逃げて、逃げまくって、魔界を再興すんのっ。そんでもって、人間どもに復讐してやるっ ! 」


 背後で上がる火柱にも負けないくらい燃え上がった。


「さぁ、立ってっ」


 いきなり勢い付いた私を不思議がる魔王を立たせ、手を繋ぎ走り出す。 とりあえず、さっきの兵士に教えられたとおりに南の空の星を目指して。

 藪を掃い、森を抜け、小高い丘に上がり見下ろすと、月の光を受け蠢く者達が到達点である魔城を飲み込むのが確認できた。

 それは、完全に城が落ちた瞬間だった。

 私はその光景に向って、高々と中指をおっ立てた。


「ぢくしょーーーっ !! てめーらぁ、絶対に一族縁者根絶やしにしてやっかんねーーーっっ。おぼえてろぉぉぉ !! 」


 男も、女も、子供も、老人も。ついでに、今回の事の現況を招いた聖女とやらも同罪だ。全員ぐるっとまとめて滅ぼしてくれるっ。

 いや、勿体無いから何時もの様に固形燃料にしてリサイクルだ。そしたら魔界名物として大々的に売り出してやる ! 通販だってしてやるんだからっ。


 精一杯の悪態をつき、目の端にチラつく炎の赤い色を頭を振って振り切り、また暗闇の中へ駆け出した。


 闇なんて怖くない。人間なんて怖くない。私には魔王がいる。この男さえいれば私は無敵だ。


「 月夜の晩だけと思うなよーーーーっっ !! 」


 叫んだ私の後ろから


「アンコ、私の毒女・・・・」


 恍惚と呟く声。

 ちなみに、毒女とは人間界で言うところのマドンナ。または女神様。

 何の力も持っていない私は、そんなふうに言って貰えるほど良いものじゃない。今だって尻尾を巻いて負け犬の遠吠えが関の山。情けない。本当は、弱い私。


 ・・・・・・・・でも、お願いだから傍にいて。

 何があっても傍にいて。

 いつか取り戻した城のてっぺんで笑う、その日の先までも。

 


 


 



  


 

 


 

 ヒロインが着地した場所は、チンピラでした。どこで間違ったか分かりません。

 本当は、ここで終わらせる気でした。でも、やっぱりもう少し続けさせて頂きます。ヒロインを真人間に戻すまでは何とか。

 

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