魔城からの脱出 ④
突然訪れた最悪の事態に、胸が早鐘を打つ。ドクドクドク。その大きな脈動に血管が突き破られそうだ。
(でも、慌てるな・・・・。落ち着け、落ち着け自分 ! )
ここで慌てて逃げ出したり、抵抗なんかしたらモロばれだ。自分が魔王側の者だって言っているようなもの。
こいつ等の目当ては、たぶん、いや、十中八九この魔界の長である魔王。今、その魔王は私の後ろに居る。彼の姿は藪の中を覗き込まなければ見えないだろうが、油断は出来ない。怖いからって軽はずみで安易な行動は取れない。全ては私のこれからの対応にかかっているっ。
私はピクピク動く気持ち悪い首の血管を何気なく手で押さえ、精一杯『普通』に振る舞った。
「あ、あの、私、普通の人間です」
(ああぁぁぁあーーーーーっっ !! バカ ! 私の馬鹿っ、普通の人間が自分の事、普通って言うか ?! 逆に怪しいだろうがっ ! だいたい、そんな台詞、信じる奴どこにいるんだっ ! )
胸中で頭を抱え、どったんばったん転がり回った。出来る事なら、そのままフェードアウトしてしまいたい思いだ。私は一瞬、全てを諦めた。絶望に目の前が暗くなる。
こんな戯言、余程ネジの緩んだ頭を持った人間でなければ信じてくれない。でも、そんな人間は――――・・・・。
「なんだ、そうか。人間か」
(―――― ここに居たっ !? )
「え、マジでっ ? 」
思いもよらない馬鹿兵士の発言が信じられなくて思わず素で聞き返してしまった。本当に、言葉のままで信じたのだろうか。
・・・・それにしても、今、ここに居るということは、こいつは偵察兵なのだろうね。敵地の環境や状況を偵察し、本体に繋げる。それが仕事の筈だ。なのに、こんな体たらくで良いのだろうか。もしも私がこいつの上司だったら間違いなく、こいつは辺境の地に左遷する。それでも使えなければ、強制収容所にでも送って、一生、刺身の上に小さな菊を置く仕事をさせてやる。私、無駄は出さない主義だ。
「ん、どうした、女 ? 」
内心、思いっきり馬鹿にしている私の態度に何かを感じたのか、兵士が「?」と首を傾げる。その疑問の目に、何でもないのよぉ~ っと言いつつ体を横にずらした。藪の入り口を隠すためだ。
( 私の後ろには魔王がいる。気を抜くな。例え相手が、重度のアホウでもっ )
「え、ええーとぉ。私、道に迷っちゃってぇ。気が付いたらぁ、ここにいたんですぅ。あのう、兵隊さんはぁ、どうしてここにぃ ? もしかしてぇ、私の事を探しに来てくれたんですかぁ」
思いっきりしらばっくれた。
私は女優。今の私の役は、魔界に迷い込んだ村娘A子。ちょっと野苺を摘みに来て迷っちゃったのよ~。だ !
不安そうな顔を作り、演技する私を兵士は信じたようだった。色黒の人の良さそうな顔に、暖かい笑みを乗せる。
「そうか、そうか。それは難儀だったな。女、お前は気付いていないかもしれないが、ここは魔界なのだぞ。たぶん、お前は緩んでいた結界から入り込んでしまったのだろうな。ううむ・・・・送っていってやる。と、言いたいところだが、今はそうもいかんのだ。残念だが私が探しているのはお前ではなく、もっと別のものなのだ」
「別の・・・・なにを ? 」
魔界と言う言葉に、特別反応しない私を不審に思いもしないのか、兵士が私の誘導のままに言葉を続ける。私の予想では、兵士の口から出る次の言葉は魔王。だけどそれは、
「それはな、聖女様だ」
「はぁ? 聖女ぉ ?! ここに ? 魔界に、聖女 ? 」
そんな何やって生計を立てているんだか分かんない奴が、この魔界に居る筈がないだろうが。ここは働かざる者食うべからず。つか、いつだって食糧不足でかつかつなんだ。そんな何も出来なさそうな女、置いておく筈がない。馬鹿かこいつ等は。
――――いや、でも待てよ。
前にも聖女だとか何だとかほざいていた馬鹿がいたな。・・・・ああ、そうだ。最近攻め込んできた金髪勇者だ。あいつらが私の事を、聖女とやらと間違えたんだった。
ん ? ・・・・もしかして、あいつらが変な噂を流した ? 魔界に聖女あり。とか ?
だ、だとしたら、許さんっ。あの時は金の匂いのする菓子折りに免じて見逃してやったが、今度会ったら―――― 固形燃料の刑だっ ! ばっちり固めたら、45gずつに切り分けて宴会の子鍋用の燃料に使ってやる !!
聖女と間違われた時、貧相だとか、鶏がらだとか言われた罵詈雑言を一緒に思い出し、怒りが倍になった。
「我等は魔城に囚われている聖女様を御救いするために来たのだ。だから、お前達に付いて行ってやる事は叶わぬのだ。すまんなぁ」
内心、怒りの火がぼうぼうの私に気付きもしない兵士は、すまなそうに頭を掻く。まったく呑気なことだ。このおじさん、きっとその内騙されて痛い目に遭うね。今後、軽はずみに判子とか突かないのをオススメするよ。
「あー、平気平気。方向さえ教えてもらえれば自分で帰―――・・・・・・・・え ? おまえ、たち ? 」
達 ? 今、複数形で言ったの ? 私の聞き間違いじゃなくて ?
「ああ。もう一人いるだろう ? そこに」
あれれ。と、思った時にはもう遅く、兵士は意外に機敏な動きで私を回り込み後ろの藪の中に行こうとしていた。
「あっ」
――――まずいっ。見付かるっ ?!
いつの間にかヒロインの、脳内一人コント劇場に・・・・。魔王さん、起きてください。