魔城からの脱出 ③
ダストシュートの先、ゴミの集積所は秘密の抜け穴とつながっている。こんな時の為にと、先人が残しておいてくれた脱出路だ。 誰が造ってくれたかは知らないけど、ありがとう、まじ助かった。
感謝の心で真っ暗な通路を抜け、外に出る。するとそこは城のちょうど裏手だった。
(良かった・・・・。ここからなら裏の森まですぐだし、夜陰に乗じて逃げられそうだわ)
ほっと息を吐いた。
でも、呑気にしていられる時間はない。今だって耳を澄ませば遠くの方から金属の触れ合う音と、地響きのような振動が伝わって来ているのだから。
あれはきっと兵士達の甲冑の音、地響きは行進の足音だ。私が今居る場所は城の後ろ側。間に巨大な魔城を挿んでいる。なのに奴等の気配をひしひしと感じてる。もう、距離が無い ? もう、時間が無い ?
に、逃げなきゃっ、速くっ、速くっ、速くっ !
途端に焦りが舞い戻る。でも私は焦る気持ちを無理やり押し殺し、ぐったりしている魔王の体を引きずるようにして森に分け入った。 落ち着け、自分。今とれる最善の道を間違わないように、と。
今日は絶好のお月見日和。照らす物がなくても、足元に不自由はないはず。でも、ここはその光も届かない鬱蒼とした森の中。慎重に進路を確認しながら進む。
一歩、また一歩、足を前に進めながら私は迷っていた。このまま森の奥に進むか、道沿いを行くか。
「どうしようか。森の奥の方が安心だけど、暗過ぎるんだよね。ぜーんぜん見えない」
「それに魔獣がいる可能性もあるしな」
「・・・・・・まじで ? 」
それを聞いてしまったら、私が選べる選択肢は後者しか無い。
除草や、スコップで穴を掘る作業には定評がある私だけど、いかにも魔な外見の獣と闘うなんて無理だし。今の弱った魔王では、そんなゴツイ魔獣を相手に出来そうにないし。戦力は望めない。
つまり、魔王はあてに出来ない。何かに出くわしたら私だけで対処しなくちゃいけないわけだ。魔獣と人間、相手にするなら・・・・やっぱ人間だろう。魔獣は無理だ。話し通じないし。大概、肉食だし。
そんなことで素直に道沿いを歩く事にした。
「っつ」
魔王がよりかかる肩が急に重くなる。
「どうしたの、苦しいの ? 」
覗き込んだ顔は、白く冷たそうなのに玉のような汗をかいている。息も荒く、呼吸が浅い。
・・・・おかしい。具合が悪いのは何時もの事だけど、今回のこの苦しみようは尋常じゃない。何時もと違う。もしかして、城の大鏡が壊された事と何か関係しているのだろうか。
「とにかく、ちょっと休もう。さぁ、この木によりかかって」
私の腰くらいの高さがある雑木が生える後ろの木に、魔王を座らせ、もたれかけさせた。ここなら鬱蒼と茂った柴が姿を隠してくれる。
「すまない、アンコ」
荒い呼吸の間から、詫びの言葉が吐き出された。私は、その言葉を聞かなかったことにして、汗ばむ顔に張り付く数本の髪を、はらってやろうと手を伸ばす。と、その手を魔王が引き寄せ、自分の唇に押し当てた。
血の気の失せた冷たい唇とは対照的に、洩れる息はとても熱い。その温度差が今は凄く怖い。随分前に亡くなったが、病床に臥した祖母を思い出すのだ。祖母も最後の時はこんなだった。
怖い。もしも、魔王も祖母と同じになってしまったら・・・・。考えただけで足から力が抜けそうだ。
でも、顔には出さない。それどころか何でもないふうを装って笑ってやった。ついでに、いつもやっているように頭を撫でてやる。今、一番不安なのは具合の悪い魔王本人だもの。私は平然としていなくちゃ。
「いいのよ。何があったって、あんたと離れるつもりないし。全くないし。だからこれは、言うなれば自分のためなの。気にしないでよ。それと、時化た顔しないで、運気が下がるわ」
「アンコ・・・・」
それ以降、土仕事で荒れる私の手に長い指を絡める彼は、もう、「一人で逃げろ」とは口にしなかった。上等。上等。それだけで私は満足。
今、言ったように私はこれからも魔王とずっと一緒にいるつもり。だから、彼にも覚悟を決めて欲しかった。私と一緒に生きて、私と一緒に死ぬ覚悟を。
――――でも、死ぬのはここじゃないのよ。こんな薄らっ寒い森の中でなんて、まっぴらごめんだね。絶対、逃げきって、絶対生き延びてやるんだからっ ! そんでもって、ここと正反対の温かい南の島で魔界を再興してやる !!
白い砂浜。水色のドリンク。咲き乱れる花々。
サングラスをかけた魔王がビーチに寝そべると、私が尽かさずオイルを塗ってやるのだ。べったべたの、ぬっるぬるに。
『ア、アンコ。そこは自分でやるぞ ? 』
『良いではないか、良いではないか』
『アンコッ !! 』
赤い情熱の太陽が地平線の彼方に消えてしまっても、一つに重なった影が別たれる事はなかったのだった・・・・・・・・。
「だっっーーーーーー !! ロマンチッーーークッ !! 」
再興ですか ? 最高ですよッ!
目くるめく未来を想像すると死ねる気がしない。今ならば、例え頭を吹き飛ばされようと蘇生する。
「ア、アンコ ? 」
「え、あ、ああ。大丈夫よ。平気。OKよ。何でもないわ」
(やっべ。一瞬、別の世界に行ってたわ私)
下から向けられる心配げな目に、安心させるように言って立ち上がり、木から離れた。
「私、ちょっと偵察してくるわ。直ぐ戻るからさ」
「駄目だ、アンコ」
「大丈夫よ。地の利は完全にこちらにあるわ。心配しないで」
「だがーー」
「いいから」
今度こそ、魔王に背を向けると、柴を掻き分け森を出た。そして下草の茂る道を数歩、歩いたかの所で、
「おい、お前、こんなとこで何をやっている ? 」
「 !! 」
唐突に、物陰から声を掛けられた。
低い男の声に、一瞬、頭の中が真っ白に。
(あーーーっっ、私の馬鹿っ。ちゃんと確認してから出なきゃ駄目でしょうがっ ! )
大丈夫、言った傍から見付かった。
これを書いていた時は、何だかとても逃げたい気分だったのです。でも、もう、厭きちゃった・・・・。
というか、マジでどこに行くんだろう ?