魔城からの脱出 ①
あらすじにも書きましたが、日常を切り取った話しです。きれっぱしです。ここは、きれっぱしの「置き場」です。
そんな感じでも「良いぞ」という方は、どうぞよろしく。
この衰退する魔界に異世界トリップして来て約4年。日々の暮らしは大変だった。
畑仕事をしたり、事務仕事をしたり、食料の確保の為に山に入り、名も知れぬ巨大生物と闘ったり、魔王の病人食を作ったり、魔王の床ずれを気にしたり。・・・・・・・・人様に言えないような事も、いろいろあった。てか、した。
でも、ここまで、こんな切羽詰まった状況に陥った事があっただろうか。
いや、ない !
――――どうして、どうして、こんな事になったのか全く理解出来ない。
(つか、理解したくもないっつーのーーっっ !! )
下に歪む天上。大きく亀裂が入る壁。ずっと止む事の無い地響き。
「魔王っ ! 魔王っ ! どこっ、どこにいるのっ !? 」
眼前に迫るのは、いつ落ちて来てもおかしくない天井。あれに直撃されたら一巻の終わり。だって私は、この魔界の住人達と違って、何の力も無いただの人間なんだから。
「ひっ ! 」
口を開けたドラゴンの彫刻が施されたドアノブに手を掛けた瞬間、私の無防備な頭をこぶしより大きなサイズの石が掠める。足元に落下したそれは、堅い音を立て2~3回転がり壁に当たって止まった。
それを見て思わず、ひゅっと息を呑む。
落下物が直撃した場所が、その衝撃で激しくへこんでいたのだ。もし、あれがもう少しずれていたら。私の頭の上だった・・・・。
「ま、まおうっー ! 魔王っー ! 」
狂ったように魔王を呼びながら、室内に飛び込む。気が急いておかしくなりそうだ。
栄養と魔力不足でよたっている彼を見つけて、速くここから逃げなくてはならない。このまま此処にいたら二人ともペチャンコだっ !
「あっ、魔王 ! 」
調度品の少ない、だだっ広い室内の中央に目当ての人物らしき人影を見つける。ああ、いた。見つけた ! 私は急いで駆け寄り、うつ伏せに倒れている彼の広い肩を抱き起こした。
「しっかりしてっ」
「ア、アンコ・・・・」
目蓋が上がり、真紅の瞳が薄っすらと姿を現す。こんな時でもハッとするほど綺麗な色。私は、その何とも言えない色に引き込まれそうになり、慌てて気を引き締めた。名残惜しいが、魔王を愛でるのは後だ。今は目の前に突き付けられた現実を見なければっ。
「どこか怪我を ? 」
パッと見、彼の外見に血が出ている箇所は見当たらない。でも、ただでさえ青い顔色が何時もの三倍、青白くなっている。これでは魔王というより幽鬼だ。
しかも身体に力が入らないようで長い腕はだらりと垂れたまま。ぴくりとも動かない。たぶん、もう自力では身体を起こすことも、四肢に力を入れることも出来ないのだ。
いつにも増した具合の悪さに危機感を煽られながら心の中で、落ち着け、落ち着けと、何度も繰り返す。今は私がしっかりしなくては。生き残れるものも生き残れない。
「部屋の真ん中は危ないから、あっちへ行くよっ」
後ろから、魔王の脇の下に手を入れ引き上げる。大柄な彼の身体は重くて、ずるっ、ずるっと少しずつ引き摺って運ぶのがやっとだった。瓦礫の散乱する床に長い黒髪が広がり石粉で白く汚れる。私が毎日、念入りに手入れをしている自慢の黒髪が見るも無残。それを見たら、何だか良く分からない悔しさで胸がいっぱいになり下唇を強く噛んだ。
それでも歯を食いしばり広間から廊下に避難する。広い面で囲まれた部屋よりも、太い張が多く廻らされたここの方が、まだ強度がある筈なのだ。
「とりあえず目を開けなさいよ魔王。これはいったい、どういう事なの」
「アンコ・・・・」
膝の上に魔王の頭を乗せ、軽く揺さぶる。色味の無い顔をした彼は、聞き取れないくらい小さな声で答えた。
「この城はもう直ぐ落ちる。いや、もう落ちていると言ってもいい。アンコ、今ならば逃げる事も出来よう。早く行け。私に構うな・・・・」
「馬鹿なこと言わないでよ。お願いだから今のこの状況を説明して。どうして・・・・どうして、この魔城は崩れ始まっちゃったのっ ! 」
その時、「どすん」とも、「どどん」とも言い難い物凄い音と共に、さっきまで居た部屋の天上部分が崩れ落ちた。私の叫びのような疑問の声と、ほぼ同時だった。
「っ !! 」
こうしては居られない。私達が居るこの場所も、ああなるのは時間の問題。冷たい汗が背中を伝う。これは一刻も早く逃げなくては、と立ち上がった私の腕を下から魔王が引く。
「アンコは、この城の最上階に安置された大鏡を覚えているか」
場違いな質問に戸惑った。
「え、ええ。前に一緒に見た、やたらでっかい鏡の事でしょう」
何層にも重なり天高く聳える黒い城。魔城の最上階には、世界の全てを映し出すという大鏡がある。私も一度、魔王のリハビリがてら階段を上り見に行った事があった。それはそれは禍々しい程美しい鏡だった、が、それだけの物だ。別に暮らしの役に立つ物ではない。だから別段意識した事は無いし、記憶の彼方に埋もれていた。綺麗な飾り物。その程度の認識だ。だいたい、美しい役立たずは、もう間に合っている。
しかし、あの鏡が今のこの状況と何の関係があるのか。小首を傾げた。
「あの鏡の機能は『遠見』だが、それだけではない。魔界創世から聳える、この魔城の維持もその力の一つ。むしろ、そちらの方の役割が主だ」
「維持 ? 」
「ああ。それと、人間界と魔界を隔てる守りの結界。あれを張るのも鏡の役割」
「ちょっ、ちょっと待って ?! なんか、とてつもなく嫌な予感がするんだけど。もしかして、もしかしてだよ。この状況って、そのーーーー」
「その、大鏡が何者かに破壊された」
「うはっ ! 」
嫌な予感の的中に髪の毛が逆立つ思いがした。だって魔城の崩壊と結界の損失は、そのままこの魔界の破滅を意味しているんだもの。ショックを受けない方がおかしい。
安定しない天候と、魔族達の力の衰退に、常々「もう、この魔界、滅亡すんじゃね ? 」と思っていたが、まさかこんなに早く現実になるなんて・・・・・・・・。
「でっ、でも、いったい誰がそんな事をしたっての ?! 」
「わからん。だが私は職業柄、人間に怨まれることが多いからな」
「え、魔王って職業なの ? 」
だったらもう少し、自分にあった職種を選びなさいよ。キノコとか。と、ちょっと脇道にずれた私のボケに、突っ込むわけでは無いだろうが、床の亀裂がいっきに蜘蛛の巣状に広がった。パシパシパシーーっと。
もう、私達のいる廊下にも届いている。それに気付いた魔王が、自分の肩に添えられた私の手をそっと外した。
「もう行け・・・・アンコ。最後まで情け無い王ですまなかった。今度、生まれ変わってくる時は、お前の言いつけどおり椎茸を食べられるよう努力しよう。・・・・さらばだ、私の毒女」
「はぁ ? 」
なに言ってんの。それじゃまんま最後の言葉じゃないの。栄養が足りなくて、とうとう頭のネジが飛んだか ?
「あー、はいはい。戯言はいいから、ちょっと待ってて。私の力じゃ、あんたは持ち上がらないの」
「駄目だ。お前だけでも逃げるのだ。早くっ」
珍しく私にたてつく魔王に、びしっと言ってやる。
「うるさいよ。ぐちぐちそんな事を言っている暇があるんなら、セクシーポーズで応援でもしてなさいよ。頑張ってる私を」
「な、なにを言ってーーーーっぅ ゴッ !! 」
「私を」の「を」のところで立ち上がる。その時、膝の上に置いていた魔王の頭が石の床に落ちた。結構な勢いだったから、とっても良い音がした。ゴッと。まるで漫画みたいに。
が、静かになったので良しとする。
(ああ・・・・この位で気を失うなんて、余程、魔力が無くなっているんだ。可哀想に・・・・。いや、今はそれよりも、この状況を乗り越えるのが先だな)
粗末な服の裾をひるがえし、魔王を運ぶアイテムを探しに走り回った。寝室、執務室、集中治療室。
鶏がらの様に痩せてしまった私の身体では、魔王を引き摺って運ぶのにも限界があった。ましてや、こんな状態の城からの脱出なんて不可能。絶対何か道具が必要なのだ。何か、何かいい物は・・・・。
「あっ、これがいい。丁度いいじゃない ? 」
お局様の妖怪が出るともっぱら噂の給湯室の前に、小型のキッチンワゴンを見つける。華奢で可愛らしいとってを引っ掴むと一気に加速し、魔王の元へと踵を返した。途中、上に乗っていたポットが空を飛ぶ。
――――ガラガラガラガラッ !
「魔王ーーーーっ。お待たせーっ」
声を掛けるけれど何の反応も無い。屍のようだ・・・・ってわけいくか。許さないよ。そんな事。
心配半分、苛立ち半分で、伸びた、いや、横たわったままの魔王を揺さぶる。けど、目を覚ます気配は無い。昏睡がかなり深いらしい。
余程、体が衰弱していたのだろうか。仮にも魔王と名を名乗る物が、何も出来ずに人形のようになすがままにされている。情けない。悔しい。悲しい。
それもこれも、この世界が安定しないのが悪い ! 鏡を壊した馬鹿者が悪い !
苛々する。むかむかする。
どうしたって収まらないむかっ腹を原動力に、せいやーっと大柄な魔王の体を持ち上げ、ワゴンの上に引き上げた。
本来、軽食や飲み物のポットを運ぶ華奢なキッチンワゴン。用途の違う使用方法に、車輪がミシミシ音を立て悲鳴を上げる。きっとこれは取説の禁止事項欄の、ど頭に書いてあるだろう暴挙。でも、しょうがない。なにせ、今は命が掛かっているんだっ。それを聞けば製作者もきっと分かってくれるはず !
「頼むから壊れないでよっ」
私のお願いに返ってくる「むりー」いとうような軋みを聞かなかったことにして長い廊下を爆走した。一目散に目指すは、隣の塔のダストシュート。あそこからなら階段を使わずに地上へ降りることが出来る。ぶっちゃけ多少の危険はある。なにしろ、あそこは巨大ゴミ箱へ一直線の滑り台なので。
チラホラとお声を頂いていた続編の、ようなものです。ですが、きっと待っていてくださった貴重な方をがっかりさせる事請け合いですな。
何度も言います。ここは、置き場です ! ぶつっと始まり、どばっと終わる。そこにストーリーはあるようで無いようで・・・・・蝙蝠だけが知っているー。