バイパス 肆
打ち合わせは、出版社近くのカフェを指定された。
どんな顔で打ち合わせに行けば良いのか。……と思っていたら、来たのは先生一人だった。何でも彼女は具合があまり良くないらしく、家で寝ているそうだ。
…………先生。ナニヲシタ。
先生も微妙にお疲れ気味のようで、いつもなら緑茶を頼むのに珍しく玄米茶と和菓子のセット。疲れているときは甘い物デスヨネ。
とりあえず、緒峯にバレるまでは、自分は何も知らない。知らないったら知らない。男女二人で温泉宿に泊まろうが、無いときは何も無い。……いや、流石にそれは自己暗示にも無理があるな。
「原稿は、予定よりもはかどっていますよ。昨日でおよそ最後までは見えました。後は全体を見直せば良いくらいです」
「凄い、ですねそれは」
先生の言葉に、思わず言葉が出た。
「随分と順調に進んでいますね。……やっぱり、イラストがあるとイメージが固まりやすいのでしょうか」
彼女が関わってからの進捗状況が、優等生にもほどがある。実際先生は、大抵は締切を守るが、書けない時は全く筆が進まなくなる性質だ。一度止まるとにっちもさっちも行かなくなって、結局話そのものを零から書き直すこともあるくらいだ。それが。
「そうですね。非常に助かっていますよ。先日も、他社の原稿ですが、助けてもらいましたし」
他社の。……例の、アレか。そこは助けなくても良いところだが。
「じゃあ、ますます手放せませんね」
少しトホホな気分で、もうココは腹を括るべきかと開き直った。
先生に良い作品を書いてもらうために、彼女はこのまま先生の側にいてもらおう。
緒峯が何か言って来たら、合意で押し通そう。先生のために盾になりますよ。気分はデモ隊に立ちふさがる機動隊員だ。ポリカーボネイト製の盾って通販で売ってるかな。
「…………そうですね。もう彼女無しでは考えられません」
先生は、小さく呟いて、控えめに口元を緩めた。その表情はヤバイです。オトコでも切なくなる。
「っっっ先生っ、協力します! 全面的に協力しますから!」
だから緒峯に負けずに彼女をゲットしてください! いや、もうゲット済みみたいだけど!
「ありがとうございます」
晴れやかな先生の顔を見て、改めて担当として作家のバックアップに全力を尽くすと誓った。
そして、月曜日。
先生はもう原稿を上げていて、早速挿絵の打ち合わせをした。彼女はなんだか一つ壁を越えた様で、意欲的にラフを何枚も描き上げてくれた。
なまじ絵が上手いものだから、マッチョの破壊力が素晴らしかった。この話、主役は別なのに、マッチョの印象が強すぎる。挿絵にはなるべくマッチョのシーンは避けたい。どうやらその点は彼女も同意みたいだ。
脇役たちも丁寧にデザインしてくれて、仕事に対する熱意が少し増したようだ。チラッと先生を窺うと、満足そうにその様子を眺めている。
……ヤッパリそーゆーことデスカ。お互い何か変化があったみたいデスネ。合意ですね。コレは合意の上なんですね。じゃなきゃ彼女が普通に仕事してるはず無いですもんね。
じゃあ、緒峯のコトはどうにか引き受けますから。お二人の邪魔はさせません。
……せめて骨は拾って欲しいですが、お願いしても宜しいでしょうか。