バイパス 弐
なんだかおかしな方向になっている。
先生と緒峯が頻繁に連絡を取り合っているらしい。
…………嫌な予感がする。
先日の飲みの後、緒峯の連絡先と伝言を先生に渡した。半信半疑だったが、どうやら緒峯の言うとおりだったらしい。即、先生から電話があったそうだ。
なんと言うか……、嫌な予感しかしない。
本音を言ってしまえば、先生の創作意欲を刺激してくれる彼女がこの先も先生と関わりを持ってくれるなら、大歓迎だ。
しかし、コトの経緯や現状を鑑みるに、だまし討ちのような罪悪感が否めない。
最初はどさくさに紛れて強引に仕事を引き受けさせ、更には本人にきっちり説明もなしに4冊分を契約させた。ライトノベルのイラストとしては破格の稿料とはいえ、徹夜明けの正気でないときに契約の話をしたのは、詐欺の手口に近いような気もする。
しかも強引に同居させているし。
ただイラストの仕事という以上の無茶振りをしている気がしないこともないようなあるような……。
……まあ、彼女も子供じゃないんだし。嫌なら自分でキッパリ言うだろうし。大体あの先生に口説かれて落ちない女性がいるとは思えない。最終的に合意なら問題ないだろう。多分。恐らく。きっと。……そうだと良いな、と願っている。
『嫌な予感』は、当然予感だけで終わるはずが無かった。
予定外の先生からの連絡は、仕事についてではなく、それ以外の用件だった。
他社の担当に、余計な誤解を与えた、という。
問題は、その担当が例のゴシップ騒ぎの時の出版社だという、その一点だ。
ゴシップの悪夢再び、となるかどうかは微妙だが、まあ警戒は必要だろうという程度ではある。
先生と電話をつないだまま、即、緒峯も呼び出して巻き込んだ。
……が、緒峯を巻き込んだことを、直ぐに後悔した。
「じゃあ、利用しちゃえば?」
……けしかけてどうする。
愕然としている目の前で、電話の先生と緒峯が不穏な計画を練り上げていく。いや、計画というには雑なのだが、その目的が不穏だ。
「大丈夫よ、そうですって言い切っちゃえば、あの娘が疑わないことは確実だから。この際外堀は埋めとけば良いじゃない。実際、可能性は低くても記事にされちゃうかもしれないってトコは本当なんだし、そこはきっちり手を打っておかないと。まぁあっちだってこれ以上売れっ子作家の機嫌を損ねようとは思わないでしょうから、何もなければ外堀埋めただけ丸儲け」
……電話の向こうで、先生が何を言っているのかが非常に気になる。
先生。希望なんですが、緒峯の甘言に頷かないで下さい。お願いします。
「おっけー、じゃあ後は藤埜サンがもっともらしくあの娘の危機感煽るってことで」
ああ。こうして片棒担がされることになるのか。
いや、もうこの際、片棒でも共犯でもどうでも良い。
最終的に合意なら問題ない。ない、ということにしよう。
翌日、そ知らぬ顔で先生宅に呼び出され、さも深刻気に振舞った。
緒峯の言った通り、彼女は疑う素振りも見せずコロリと騙された。説明したことは、確かに殆どが事実だ。某出版社の不始末など脚色する必要もなく酷い話で、その後のゴタゴタも事実。
ただ、先生の思惑やら緒峯の暗躍は、黙っているだけのことで。
一通りの事情を話し終えたところで、タイミングよく先生が書斎から出てきた。
……はい。これから外堀埋めに行くわけですね。彼女に冷静に考える時間を与えずに。
唖然としつつも先生に促されるままに実家に電話している彼女が、……下手な詐欺師に騙される前に先生に守ってもらうほうが彼女のためかもしれない。