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敏腕編集への道  作者: むかしむかしあるところでね
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バイパス 壱




「んっふっふー、読んだわよ~」


 呼び出された居酒屋で、緒峯は既に出来上がっていた。


 どうやら機嫌は良いらしい。この場合、酒を押し付けられるのは確実だ。終電までの時間と明日の仕事を瞬時に計算し、最後まで付き合う覚悟を決めた。


「じゃあ、生一つと、……チーズ味噌?ってどんな?」


 本日のお勧めメニューを眺めて、目を引いた酒肴をいくつか頼む。いつもながらこの店のメニューは取りとめも無い。が、旨いことは確かなので問題はない。


「じゃ、かんぱーい!」


 早速運ばれたジョッキとワイングラスで乾杯した。


「……何に?」


 何でこんな上機嫌なのか。呼び出しの電話もかなりハイテンションだったが。


「そりゃー、あの娘の仕事に決まってるでしょー? 良い仕事したみたいじゃない」


「もう読んだのか。発売日は来週だが」


 現物が刷り上ったのは、一昨日だ。昨日、先生に届けに行った。


「一冊目と、ちょっと変わったわよね~? あれ、あの娘のせいでしょ。全体的にちょっとだけ柔らかくなった。イラストに引き摺られちゃった? アッハッハ~!」


 ……既にどんだけ飲んだんだ。


「そんなこともない。もともと、今回はイラスト先行で書く予定だったわけだし」


 実際、先生は書き直しているわけだが、少し癪なのでそこは伏せておく。


 ちょうど良いタイミングで、チーズ味噌とやらが運ばれてきた。どうやら、チーズの味噌漬けらしい。チーズと味噌のくどさを大葉がフォローして、酒肴としては、ビールよりも日本酒に合いそうだ。きりっと冷えた辛口。如何せん自分は日本酒なら一合も飲めばヘベレケになってしまう。微妙に残念だ。


「んで、その後の予定はどうなのよ。こっちもねー、名指しでアシの仕事とか、断るのもキツイんだけど。あの娘、絵は確かだし手は早いし仕上げは丁寧だし、おまけに修羅のギスギスした空気和らげてくれるし、すっごい貴重なんだけど」


 横からチーズ味噌をつまみながら、緒峯が言う。


 なるほど、確かに。絵の知識はないが、スケッチブックに落書きをしているところを見るに、フリーハンドでも人工物や風景を迷い無く描くのは、凄いことなんだろう。


「そうだな……。今は三作目に取り掛かっているから、なんとも言えないが」


 ボディビルを取材すると先生が言ったから、いくつかのジムを調べて紹介した。ジムに取材の調整をかけたらたまたま全国大会が近くあると教えられ、その件も先生に伝えた。


 ……昨日献本を届けに言ったときの、彼女の様子を思い出してしまった。ボディビルに並々ならぬ思いがあるようだ。


 深呼吸して、頭を切り替える。


「三作目も順調のようだし、スケジュール的には前倒しに進んでいる。これが終われば、四作目に取り掛かる前に、一区切り入れられるかも知れない」


「ふうん? そんで、あのイケメン先生、どーよ?」


 ………先生の、あの、なんとも言えない表情を思い出してしまった。


 一瞬の沈黙に、緒峯はなにか嗅ぎ取った。しまった。


「ちょっと、どーなったの? まさか……?」


「いや! 何も無い! 何も無いけど!」


「けど? 何?」


「…………でも、その、……なにか、は、……ある、かも?」


 自信なく濁した言葉に、即座に胸倉つかまれた。


「どーゆーことか、きっちり聞かせて欲しいわねぇ~?」


 絡み酒か? いや、これは酒がなくてもこうなっただろう。


 しぶしぶ、打ち合わせのときの先生の様子を話した。


 正直、自分では判断に困ってもいたので、緒峯の意見が聞ければありがたい。


「……と言うわけで。先生は、なにか思うところがあるんじゃないかと」


 個人情報を漏らすことを後ろめたく思いながらぼそぼそと話す。


「…………」


「いや、だから何かあったわけじゃないんだ。彼女がどうこうという話じゃなく」


 緒峯の沈黙が怖い。


 そりゃそうだ。年頃の未婚のお嬢さんを、半ば騙すように連れて来ているのだから、万が一のことがあってはいけない。その辺は先生を信用してはいるが。


「……ふっふっふ。これは面白い」


「は?」


「面白いじゃないの! 王道だわ! 振り回されるイケメン!!」


 いきなり握りこぶしで何を力説している。


「ちょっと、今度ゼヒ先生と話させて頂戴! あの娘のこといろいろ教えてあげるからって。コトと次第によっちゃ協力するからって! あっはっは、天然に振り回されてヘタレに転落する美形!」


「……筋道はともかく、結論を教えてくれ」


 緒峯の思考を理解しようとする努力は放棄している。


「あの先生があの娘にラヴってことよ! ザマーミロ!」


 そのざまーみろが理解できない。が、先生が彼女を気に入っているらしいことは、最初から察していた。それが女性に対するものかは不明だが。


「いいからいいから。兎に角あの先生サマに伝えてよ。あの娘のこといろいろ教えるからって。それで応じれば確定よ!」


 まぁもう決まったようなもんだけどね!


 と、緒峯は上機嫌でグラスを干す。どうしてそこで上機嫌なのか。次はウィスキーをオーダーしているし。


「しかし、もしそうなら、彼女をあのままあそこに住まわせていいのか?」


 先生がそう言う意味で彼女に好意を持っているなら、一つ屋根の下なんて。


「ああ、うん、そうね。じゃあこう伝えてよ。あの娘、男の人苦手なのよ。ギラギラハアハアしてるのなんか苦手どころか嫌悪してるわよ。下手に手を出すと確実に嫌われるから。真っ向から挑むと必ず逃げられるから慎重にねって」


 ……一体、緒峯は彼女をどうしたいんだ。


「あーゆー計算できるタイプは、確実に手に入れようと思ったらトコトン慎重になるでしょ。迂闊に手ぇ出すと一生手に入らないわよって脅しといて」


 脅す。いや、だから、先生が本当に『そう』なのか、まだ決まったわけでは。


 緒峯がウィスキーの氷を指で突付く。


「ま、応援するか邪魔するかは、話してみて決めるわ」


 …………どっちも御免だと思うのは自分だけだろうか。




 結局、つぶれた緒峯を背負って、いつもの如く、緒峯のアパートに向かうこととなる。







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