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敏腕編集への道  作者: むかしむかしあるところでね
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迷い道 肆





 珍しく、打ち合わせで先生の家に来ている。普段は編集部や外の店に足を運んでくれる先生が、今回はここを指定したのは、イラストレーターのためだろうか。


 淡々と進捗状況を確認して、挿絵の話に進んだ。どんなイラストになるのかと内心身構えていたら、意外に、平凡だった。


 先生が良しとしているので異論はないが。少々、肩透かしを食らった気分ではある。


 ただ、このままでは地味すぎるので、絵面を華やかに、と希望した。


「ちょ、平凡、且つ、華やか、って矛盾してませんか?」


 慌てて異を唱える愕然とした表情。それを横目に、先生が薄く笑うのが分かった。


 ……ここは先生の思惑に乗るべきか。


「大丈夫です。頑張ってください」


 口先だけ、と自分でも分かる励ましに、彼女はパクパクと口を動かすが、言葉は出てこない。


「あなたは、どうやら追い詰められた方がいい仕事をするようです。もっと追い込まれてください」


 横から追い討ちをかけた先生を、彼女がギロリと睨む。迫力はないが度胸はあるようだ。


「そうなんですか? 緒峯さんは、プレッシャーに弱いタイプで中々成長できないと言っていましたが」


 睨みつけるのに、一緒に頬も膨らませたら駄目だろう、と、吹き出しそうになるのを堪えて、微妙に話を逸らした。


「踏みつけ方が甘かったんでしょう。麦ではなく雑草です。結構図太いですよ。いきなり連れて来られた他人の家で、すっかり寛げるようですし」


 ……先生も、なかなかどうして。仕方無しに、その路線に乗る。


「なるほど。確かに血色は前よりよさそうですが」


 ああ。彼女の中で、自分も敵認定だ。


「これも作品のための投資です。珍獣一匹飼ったと思えばコレぐらい」


 ……先生。流石にそれは返答に困るんですが。


 一瞬、どう返すべきか迷って、沈黙すると。


「ちょっとちょっとちょっとさっきから黙って聞いていれば好き勝手なことを!! 誰が飼われてるんですか! あたしがここにいるのはオシゴトのためでしょ!? もーイイですさっさと描き上げます描いて終わらせます、そんでバイバイです!!」


 彼女は憤然と立ち上がって、テーブルの上に広げられていたスケッチブックを掴むと、足音も高く部屋を出て行った。バシャン、とワザとらしく音をたててドアが閉められる。


 その背を見送って、そして先生に目を戻すと、なんとも言えない柔らかい表情で彼女の去った方を眺める先生が、そこにいた。


「……先生?」


 思わず声をかけてしまって、そして先生がいつもの穏やかな表情に戻ってから、もったいない、と思った。あんな表情はなかなか見られるものではない。もともと端正な顔だちだが、どちらかといえば作り物めいた整い方で、内面を窺わせない。


「失礼。上手く合わせていただいて助かりました」


 いつもの顔で、先生が言う。


「乗せるのがお上手で。……結構負けず嫌いなようですね」


 この業界では、その方が良い。むしろ緒峯が過保護だったんじゃないのかと思う。


「そうですね。おかげで、一から書き直しです」


 え?


 打ち合わせでは、順調に書き進めているという話だったのでは。


 驚いて先生を見ると、苦笑して数枚の絵を取り出した。スケッチブックから破り取ったらしい紙。


「これが、当初予定していたストーリーの、絵です」


 ぐしゃぐしゃに斜線で潰されているが、下の絵は分かる。


 一言で言うなら、痛い、絵だった。


「追い詰めて、こういう絵を描いてもらおうとしていたんですけれどね。実際、途中までは描いていたんですが。……何か違う、と思った様です。『常軌を逸した露出』への解答は、これではないと」


 先生が、痛みを堪えるような、それでいてどこかスッキリしたような顔で、絵を眺めている。


「……サロメやヘロディアの娘のイメージには、この絵のほうが近いかもしれません」


 先生の眼差しの先にある絵の、塗りつぶす黒の隙間に残った虚ろに荒んだ瞳。身勝手に、罪の無い人間の死を願うような人物は、こんな目をしているのではないだろうか。


 なら、どうして先生はこの絵で良しとしなかったのだろう。


 先ほどの打ち合わせでは、もっと普通の、可もなく不可もない少女の絵で、話を進めていた。


「外見の否定、とは、他人の目に映る自分の否定です。常軌を逸した露出とはつまり他者からの評価の破壊で全ての否定であり、含まれる真実の自分すらをも否定する。と、そんなストーリーを用意していたのですが。……彼女の解答は、ただ素の自分であることだった」


 ……なるほど。


「それで、サロメではなく、ユディトなんですね」


 追加の資料で調べ上げた『ユディト』は、領地を守るために、敵軍の司令官の下へ、二心を持って降る女領主だ。目的のために屈辱に耐え、そして敵将の首を掲げる。


 逆境にあって、ユディトは自分を見失わない。


「ですから、書き直しです。最初から、今回の主人公は、絵が先、のつもりでしたから、これも想定内です」


 いっそ面白そうに先生が言う。最初のプロットを捨てるというのに、晴れ晴れとした顔だ。


 捻くれ者は、『素直』に憧れるのかもね。


 緒峯の声が、思い出される。


「…………では、スケジュールは予定通りで大丈夫でしょうか。もともとかなり余裕がありましたし」


「絵の進行に遅れないように、書き上げます」


 断言する先生に、前回の地獄を思い出した。


 近年稀に見るギリギリっぷりで、これは駄目かと諦めかけた。執筆もなかなか進まず、何とか中身が書き上がったかと思えばイラストで躓き、崖っぷちでやっと納得のいくイラストレーターを見つけられたかと思えば完成原稿を更に手直しまでして。


 あんな地獄は滅多に無い。今回は余裕がある。大丈夫だ。




 上がった挿絵を見て、また先生が完成原稿に手を入れたとか。


 前例の無い、カバー下にもイラスト印刷とか。


 余裕があっても対処に四苦八苦する破目になるとは、思っていなかった。







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