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敏腕編集への道  作者: むかしむかしあるところでね
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迷い道 参




 いつもの居酒屋で、いつもの顔。


「それで?」


 定例になってしまったのだろうか。先生の個人情報をぺらぺらしゃべるわけにはいかないのだが、どうして自分は緒峯に尋問されているんだろう。


 目の据わった緒峯に生ビールを押し付けられ、仕方無しに口をつける。酔ったからといって口が軽くなる性質ではないことは緒峯も知っているはず。だからこれは単に緒峯の機嫌が悪いのだろう。


「……それでもなにも。先生の要望どおりに、絵を描いていてくれているようだが」


 先日、資料の件で電話したら、一日電話がつながらなかった。何事かあったのかと後で聞けば、ずっと絵を描くところを見ていたそうだ。


 迷いつつも線を描き、そして斜線で破棄する。絵そのものよりも描いている姿に、先生は興味を持ったらしい。絵を描く主人公というのも面白そうだと電話口で呟いていた。


 頼まれたユディトの資料について、送付した旨と口頭での簡単な説明で、電話を終えた。


 だから、緒峯が知りたがるようなことは、話題には上らない。


「……この前出た本、読んだんだけどね」


 緒峯が、芋焼酎を煽りながら言う。


「なんつーかさ」


 言いかけて、エビチリを一口。その思わせ振りな間に、ぎくり、とした。


「正直にものを言えず、言葉を矯正される主人公ってさ。そーゆーこと?」


 ああ。やっぱり。


「……なんでそう思う」


「バカにしないでよ。あんだけハッキリテーマのある話、読めば分かるじゃない。それに、一応業界の噂話も小耳に挟んでるし。なーんか大手とトラブったらしい程度にはね」


 そうだ。緒峯は、今は漫画編集だが、かなりの読書家でもある。主にミステリーやサスペンスを読むが、他ジャンルだって人並み以上には読んでいる。


 その辺が、自分と話が合う部分だ。他はまるで180度違う。


 普通に読解力のある読者が、裏の事情を知っていれば。当然、推測もできるだろう。だからこその別ペンネームだったのだが。


 迷った末、他言無用と前置きして、事情を話した。


「……それで、他社含め仕事を整理していた先生に、拝み倒して、この企画だったわけだ」


 緒峯は黙って聞いて、ふむ、と頷く。


「それで、あの子なのね。……あー、なんか分かっちゃったなー。くっそどうしよう同情ポイントが」


 同情? どういう意味だ?


 トマトとモッツァレラチーズのサラダを突付きながら先を促す。バジルの風味がアクセントだ。


「んー。……まあ、捻くれ者は、『素直』に憧れるのかもね」


 ある意味、同病相哀れんじゃう。


 そう呟いて、また違うグラスを煽る。芋焼酎の次は濁り酒か。どうしてそう女らしくないものを選ぶのか。


「……ぅうー。認めたくないけどなー。んでもなー。悔しいことに、作家としては確かになー、筆折ってほしくはないわなー」


 ヤバい。語尾が怪しくなってきた。確か漫画月刊誌の仕事のピークが過ぎたばかりのはずだ。いつもの酒量にはまだ早いが、疲労が溜まって酔いが早く回っているのだろう。


 耳までほんのり赤い。


「……あたしは、ちょっと静観するから……アンタは、きっちり見張っててよね」


 それでもきっちり釘を刺すあたりはあっぱれだ。普段から比較して格段に迫力の無い脅しを最後に、緒峯はテーブルに懐いた。 


 こんなところで寝られたらかなわない。


 急いで会計を済ませて引きずるように外に出る。幸いタクシーは直ぐにきたのだが、乗り込むと緒峯は早々にダウンした。


 ……仕方ない。また、アパートに放り込んでおくか。


 運転手に行き先を告げ、勝手に緒峯のハンドバッグからアパートの鍵を探り出した。


 ひょっとして。


 自分は緒峯の酒の面倒を見なければならないめぐり合わせなのだろうか。


 自分が一緒だから緒峯が安心して潰れる、という可能性は、極力考えない方向で。





 カッサンドラ。正しいことを言っても受け入れられない予言者。一般的な認識は『悲劇の女予言者』だ。


 一作目の主人公は、当初、抑圧され思うことも口に出せず、相手の顔色を窺って相手の望むように振舞っていた。


 だが、先生の描く主人公は、最終的にゆるぎない『自分』を見つけた。



 自分の心までは偽れない。


 理解されなくても受け入れられなくても。


 心からの言葉を、止めることなど、できない。



 イラストレーターが、堪えきれずぐしゃぐしゃの顔で涙を流したシーン。


 主人公が叫ぶ言葉は、あれは、先生の心からの言葉だ。







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