迷い道 弐
いつもの癖で、電話だというのに深くお辞儀して、受話器を置く。
先生からの電話は大抵用件が端的に纏められているので、非常にそっけない。
走り書きのメモを見て、思わずため息が出そうになる。いけないいけない。先生のサポートは万全でなければ。
『ユディト。サロメ初』
我ながら、自分でも時間が経ってから見直したら判別不能だろうメモだ。
今回、先生に頼まれて集めた資料は、戯曲『サロメ』に関する資料と、サロメのモチーフとされている聖書の登場人物『ヘロディアの娘』に関する資料。
そのなかで、『ヘロディアの娘』の絵画を纏めた画集がたまたま目に付いたから、何の気なしに他の資料と一緒に送付した。
そうしたら、その画集に『ユディト』の絵も混ざっていたようだ。自分は宗教に詳しくないが、先生が言うには、ヘロディアの娘と同じく聖書の登場人物ではあるが、別人だそうだ。
このユディトについての詳細資料が手に入るなら、と求められた。
そして、サロメだ。
初演の詳細。確か、最初は未完成で上演されたはず。そして脚本完成後初の公演ではセンセーショナルな内容に非難が集まったそうだ。
先生は、基本、資料集めや取材は、ほとんど依頼してこない。全部自分でやる。今回は、こちらが無理に頼んだ企画でもあるので、可能な限り関わらせて欲しいと、自分から頼んだのだ。
だからこそ、生半可な仕事はできない。求められる以上の資料を揃えたい。
今回のモチーフだと聞いた、サロメ。
一体どんな話に仕上がるのか。
一作目は、ミリアム(旧約聖書に登場する女預言者)とカッサンドラ(ギリシア神話に登場するトロイアの王女。悲劇の予言者)についての資料を掻き集めた。
その資料がどう活かされたのか。先生独自の解釈で主人公の造形が出来上がったのだろう。
出来上がった原稿を読んでみると、自分が調べた『ミリアム』や『カッサンドラ』から漠然と受ける印象とはまるで違う話だった。
だから今回も、きっとサロメの生々しい印象とは違う話になるんだろうと思う。
それに、イラストも。今回は最初から絵を念頭にストーリーを書いてみたいと先生が言っていた。これほど先生が期待する絵というものに、もちろん自分も興味がある。だが、その部分については、関わらせてもらえなかった。
作品については自分で説明するから、彼女に何か聞かれても答えないようにと先生から指示されている。
いきなりヌードはありかと電話で問われたときには面食らったが。
……先生は彼女に、どんな説明をしたんだろうか。