翡翠の番人
シャーロットはとても女の子らしいお姫様だ。
好きな事は音楽に刺繍。
誰もが羨むさらさらの金髪に、かわいらしい顔には澄んだ空色の瞳。
太陽みたいに明るく、どんな人にも優しい女神の様な人である。
第一皇女として勉学にも励み、その姿は《キュアリスの聖女》と呼ばれ皆に愛されている。
私は彼女、キュアリス第一皇女であるシャーロット・メイヤー・ニーヴン・リア・キュアリスを溺愛している者の1人だ。
名はアゼレア・オールディス。
我がオールディス家は代々キュアリス皇家に仕えており、彼等からの信頼は厚い。
もちろん第四子である私も例外ではなく、生まれたときから彼女に仕える事が決まっていた。
シャーロットに初めて会ったのは記憶にない程幼かったが、物心ついた頃から、もう彼女は護るべき者だと認識していた。
優しい彼女を、幼心に護ろうと頑張った。
オールディス家の教育方針は『完璧』だ。
どんな些細な事でも失敗は許されない。
人より劣る事は許されない。
そして、『完璧な忠実心』として主を裏切る事は許されない事を、オールディス家はまるで血の呪いの様に続けてきた。
家の英才教育は過酷らしいが私には他人が受ける教育を知らないので、よく分からなかった。
時には修業の1つで人も殺したが、シャーロットを護る為には必要な事だと思い、割り切った。
そして翡翠の髪と双眸を持つ事から、いつしか影で《翡翠の番人》と呼ばれるようになった。
彼女の番人と呼ばれる事は嬉しかったけれど、シャーロットにはその事を告げなかった。
私が、人を殺しているなんて事は言いたくなかったからだ。
彼女は人が死ぬ事が嫌いだけれど、自分のために誰かがが死に、が人を殺している事を知っているから。
それに、人を殺した事がない王族の護衛がいない事も。
だから、シャーロットはメイドの私が護衛も兼ねている事を知らない。
彼女が側で笑っているのを見るのがなによりの喜びだったから、それを曇らせるような事はしたくなかった。
シャーロットは…、それまでの私の全てだった。
*****
「アゼレアってエルバート達の事が嫌いなの?」
そうです、そう素直に言えたらどんなに楽だろうか。
けれど言えない。
だってシャーロット様は…
「そういえば私、最近エルバートの事を思うと胸がドキドキするのよ。病気かしら?」
えぇ!
確かにそれは病気ですね、恋の!
そうです、我が主であるシャーロット様はエルバートに恋をしています。
だからエルバートが嫌いとか、その側近であるクライヴが特に殺したいくらいムカつくとか絶対に言えないんです。
あれが他国の皇太子でなかったら毒を盛ってやりたい所ですが、大問題になるし、なによりシャーロット様が悲しむのでできません。
なんて憎らしい!
エルバートが無理だからクライヴでこの鬱憤を晴らそうと思っても、逆に返されるし!
最近イライラしてばかりだわ!
「アゼレア、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。シャーロット様は本日の課題は終わらしたのですか?」
「あ!大変だわ、今から終わらせないと」
シャーロット様は言いながら慌てて机に向かった。
今日のシャーロット様も可愛い、と横顔を見て思いながらティーカップの後片付けをする。
私達が今いるのはリアネイア魔法学園の寮の一室。
国内外から多くの王族貴族の子供達が集まるため、寮も普通のものとは違い、華美なものになっている。
ここはシャーロット様のお部屋で、その使用人兼護衛として入学した私の部屋はその隣。
だが、普段からシャーロット様の部屋で彼女のお世話や話し相手をしているので、寝る以外にはあまり活用していない。
入学して3年経って15歳になったが、シャーロット様は美しくなっていくのと比例するように幼い頃以上に命を狙われる事が多くなった。
先程も窓の外からこちらを伺う人影がいるので、シャーロット様に気づかれないように魔法で気絶させて、拷問するために私の部屋に転移させたばかりです。
最近は『私の思い人がシャーロットを好きだから』などのつまらない色恋の理由が多いです。
そんな事言って我が主の美しさを妬む暇があったら、その思い人を振り向かせる努力をしたらいいのに、訳が分かりません。
****
本日は年に2度あるテストの結果発表の日。
リアネイア学園ではそれは3日間に別れ、最初の2日間が筆記試験で最終日が実技試験に分かれています。
これまでのテストでシャーロット様は勿論上位をキープしておりますし、残念ながらエルバートもシャーロット様に並ぶ実力を持っています。
クライヴもその次ほどの順位ですね。
私は…実は、手を抜いています。
使用人ごときが他国の王族達を抜いて上位に上がるわけにはいきませんから。
一応、舐められないようにそこそこの成績はとっているのですけれど。
今回の順位も前回とあまり変わっていないようでした。
相変わらず1位がシャーロット様、2位が僅差でエルバート、少し飛んで8位がクライヴ、そして23位が私です。
なんていうか…毎回思うのですが、上位の人の名前が長すぎます。
貴族は位が高いほど名前が長いので、結果が書かれている紙の左上だけ黒っぽいです。
エルバートだってエルバート・ミーク・ベザント・ダリア・フルレイアとかいう無駄に長ったらしい名前ですし。
クライヴはクライヴ・エーメリー・ベラムで…まぁ、この学園では普通ですね。
姓がない平民はここにはあまりいませんから。
本当はお二人はフルレイア皇太子と公爵家の長男で、敬称で呼ばなければならないのですが、心の中でくらいは呼び捨てで呼ばせてください。
「シャーロット!すごいな、またトップか」
「エルバートだって点数はあまり変わらないじゃない、すごいわ!」
目の前で繰り広げられる会話。
シャーロット様の頬は微かに桃を帯びており、声も普段より少し高く、明るい。
それを向けられるのは彼女の思い人であるエルバート。
最近のシャーロット様はエルバートの事ばかりです。
あぁ、なんて、憎い。
「怖い顔になってるぞ」
隣から声をかけて来たのは、この大陸では珍しい黒髪を持つ男、クライヴ。
こちらを見る紫色の目つきはいつも鋭く、だが一部の女子からは人気があるらしい。
彼はエルバートの側近のような立場で、幼馴染であるそうだ。
「余計なお世話です」
クライヴの方は向かずにシャーロット様を見ながら一言だけ言い放つと、数秒の経ってから彼が深い溜息をついた。
「お前は本当に、俺とエルバートが嫌いなのなんだな」
「はい。エルバート様もクライヴ様も、大嫌いですね」
何を当たり前の事を、と思いなが答える。
「それはーー」
クライヴが何か言いかけたが、その続きはシャーロット様の声に遮られた。
「アゼレアは…《翡翠の番人》って呼ばれているの?」
ドキリと、心臓が跳ねた。
何故、彼女が知っているのだろう。
先程までシャーロット様と話していたエルバートが、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
シャーロット様に分からないように睨みつける。
だから、こいつは嫌いなのだ。
「私知らなかったわ、アゼレアがそんな風に呼ばれていたなんて…。でも、どうして番人なの?確かそれは“護る者”を表すのでしょう?」
気付けば教室は静まり返っていた。
シャーロット様が《キュアリスの聖女》として有名なように、裏ではアゼレアが彼女を守る《翡翠の番人》として恐れられている事は、少なくともクラス全員が知っているくらいは有名なのだ。
…シャーロット様には隠していたけれど。
「シャーロット、まさか知らないのか?」
…シャーロット様には、隠していたのに!
「私が、シャーロット様の護衛も兼ねているからですよ」
私は、今、上手く笑えているだろうか。
*
シャーロット様のお母様は、彼女の目の前で殺された。
だから、シャーロット様は死を何よりも嫌う。
自分のために人が死ぬ事も、皇族としての義務と責任だと分かっているようだったけれど、やはり嫌いだった。
そんなシャーロット様が私が人殺しだと知ればどう思うだろうか、なんて、嫌いになるに決まっている。
でも、分かっていたはずだ。
一生隠し通せるはずがない、と。
「…はぁ」
あの後、私はダメだと思いながらも護衛対象シャーロット様の側を離れて、1人で学園にある庭園まで来た。
授業もサボってしまった。
いけない、こんなの『完璧』じゃない。
多分この事は父様まで伝わり、私は怒られてしまうだろう。
ーーでも、もういいか。
きっと、私はシャーロット様に嫌われてしまった。
それに、シャーロット様はエルバートがいるだけで幸せそうじゃないか。
護衛や侍女の変わりなどいくらでもいるし、私はいなくてもよいだろう。
…私は、いなくてもよいのだ。
一度そう考えると、もうそれ以外の方向には考えられなくなった。
思考がどんどんマイナスになっていくが自分ではそれに気づくことはできない。
「もう、このまま蒸発しようかしら」
ポツリとそう呟く。
だったら、どこの国に行こうか。
まずキュアリスとフルレイアは却下として、北の寒い地域に行ってみるのもいいわね。
生活はギルドで働けば大丈夫だとして、問題はシャーロット様達に気づかれないようにする事ね…。
すっかり蒸発する事前提で思考していたとき、ふと背後から人の気配がした。
もしかして、
「…シャーロット様?」
淡い期待を込めて振り向く。
でも、そこにいたのは私が望んでいる少女ではなかった。
「悪かったな、シャーロットじゃなくて」
見慣れた紫の瞳が私を見下ろしていた。
彼は木の根元に座っていた私の横に座る。
なんで、横に座る?
「授業は?」
「サボったにきまってるだろ。お前のせいだぞ」
「……なんで?」
心底不思議そうに首を傾ける私に、彼は鋭い眼をこちらに向けて少し不満気に言った。
「…泣いてると思ったのに」
「え?」
「あの時に泣きそうな顔してたから、それをからかいに来たのに、なんで泣いてないんだ?」
そんな事を言われても困る。
だいたい、私がいつ泣きそうな顔をしたっていうんだろう。
「お前はいつもそうだ。何を言っても相手にしない、シャーロットしか見えてない。まるでシャーロットがお前の全てのようだ」
「だって、実際にそうだもの」
「だが他人は他人だ。シャーロットはシャーロット、お前はお前だ」
違う、他人じゃない。
シャーロット様は私の全てだ。
私の全てが他人であるはずがない。
「なぁ、お前は俺とエルバートが嫌いなんだろ」
「ええ、そうね」
私はあなた達が大嫌い。
「それは、どうしてだ?」
「あなた達が、シャーロット様をとるから…」
咄嗟に出た言葉だった。
それはつまり私の本心という事で、自分でもそれに吃驚した。
「俺達はシャーロットをとった覚えはない。それに、シャーロットはお前のものじゃない」
言葉に詰まった。
いつからだろう…シャーロット様を自分のものなんて失礼な事を思い始めたのは。
《聖女》を守る《番人》と呼ばれて浮かれて、調子に乗っていた。
私は彼女の番人なのだ、と。
「シャーロットだって自由に恋をする。それはお前に許可をとらないといけない事じゃない」
確かにそうだ。
シャーロットがエルバートの事を好きな事は別に悪い事ではない。
ただ、私が妬んだだけなのだ。
そこで先程までの事を思い出した。
私は、さっきの件でシャーロットに絶対に嫌われた。
だったらそんな事妬んでも意味ないじゃないか。
シャーロット様の側にいても、こんな醜い事しか考えられないなんて。
護衛や使用人どころか、近くによる事さえももうできない。
「そうね、だったら私はもういらないわね」
「はぁ?誰がそんな事言った、バカ」
バ…バカ!?
始めて言われたわそんな事!
「じゃあ、なんなのよ!」
ダン、と今まで2人がもたれていた木を叩く。
彼はそれに少し驚いたようで、こちらを向く。
そして言った。
「お前はシャーロットじゃないんだよ」
「それは分かってるわ」
さっきまで、あなたが言っていた事だもの。
「だから、シャーロットがお前の事をどう思うかなんて本人以外分からないんだよ」
私はそれに目を見開いた。
確かに私はそれまで『シャーロットが私を嫌う』事を前提として思考していたから。
「今から本人に聞いてこい」
彼がぶっきらぼうに言った事はとても簡単で大切だけれど、私にとってはとても勇気のいる解決法だった。
それに、失敗する確率もあった。
あってはほしくないけれど。
「もし本当に私がシャーロット様に嫌われてたらどうするのよ?」
言った後になって、聞いてもどうしようもない事に気づいた。
でも、同時に彼がなんて答えるのかも気になった。
「その時は俺が一生責任とってやるよ、アゼレア」
その自信あり気な台詞に何故か肩の力が抜けた。
それもいいかもしれないなぁ、なんて考えが頭をよぎる。
だが、そんな事を考える自分がいると知り、なんだか急に恥ずかしくなって頬を染める。
少し赤くなった私を見て彼は満足気に笑った。
それが妙に悔しかった。
だから言ってやったのだ、いつも心の中だけで呼んでいた名を、反抗のつもりで。
「その言葉、忘れないでよ、クライヴ」
言い残して、私は庭園を駆け抜けた。
彼女に本心を聞くために。
走りながら思ったのは、シャーロット様の本心とかではなくて、そういえば彼に初めて名前で呼んでもらったなぁ、という事だった。
《キュアリス》
アゼレア・オールディス
【皇家に仕える家の第四子】
《翡翠の番人》
翡翠の髪と双眸
シャーロット・メイヤー・ニーヴン・リア・キュアリス
【キュアリス第一皇女】
《キュアリスの聖女》
金髪碧眼
《フルレイア》
クライヴ・エーメリー・ベラム
【公爵家長男・側近】
《黒狼》
黒髪紫眼
エルバート・ミーク・ベザント・ダリア・フルレイア
【フルレイア皇太子】
《蒼狼》
青髪青目




