夢の中で2
六
「また、はじめまして……ですかね」
僕の夢の中に、美しい少女がいる。僕は彼女を以前に見たことがあるかのようなデジャビュに襲われるが、こんな少女と知り合った記憶はない。
「いいえ知り合っていますよ」
「!?」
図星を指された時のようにドキリとした。なぜ、僕の思考と話を繋げられたのか。まるで僕の思考が読まれているようで、薄気味が悪い。
「はぁ……読めますよ」
――まさか、と僕の心に強い否定が浮かぶ。
「このやり取りは、私にとって二度目です」
「……どういうこと?」
「私と貴方は、既に一度会ったことがあります。が、貴方はその記憶を無くしている……私からすればついさっきのことなんですが。まぁ仕方がありません。この世界は脳を介して見ているものではありませんからね。脳を使って考えている内は、記憶も定着しません」
落ち着いた声で、滅茶苦茶なことを語る少女。
「脳を使わないで、考えられるわけないじゃないか」
「そんなことありませんよ」
あっさりと彼女は言う。
「例えばこんな話があります。ある日、公務員をしている四十四歳のフランス人男性が“左足に力が入らない”ということで病院を訪れました。色々と検査をしてみたものの原因が分からず、彼は最後にCTスキャンで脳内部の映像を撮ることにしました……すると、驚くべきことが分かったのです」
もったいぶった調子で、彼女は話す。
「彼には、脳がなかった」
「……そんなまさか」
「事実ですよ。目が覚めたら調べてみたらどうですか? ……といってもこのことを貴方は覚えていられないんでしたね」
はぁ、と彼女はため息を吐く。その様子を見て、なんだか僕は申し訳なくなってきた。
「申し訳ない? 失礼ですが貴方は少し、変わっていますね」
「……本当に心を読んでるんだね。無茶苦茶だな。まぁ夢っていうのはそういうものか。ところで、どうして僕が変わっていると?」
「普通怒るでしょうからです。よく知りもしない子供に、訳の分からない理由でため息を吐かれたら。なのに、貴方の世界は少しも変わらない」
彼女は僕達が立っている花畑を指差す。いつもと変わらず、花々は瑞々しく咲き誇っている。
「それを言いたいなら、“変わってる”じゃなくて“優しい”と表現してくれた方が良かったな」
でも、そうか……。と僕は改めて考えて、思う。
「変わっている、という方が僕を表すには相応しいのかもね。実際僕は全く優しくなんてないんだから」
「貴方は……」
彼女は目を細め集中するそぶりを見せた。たぶん、僕の思考を探っているのだろう。僕は彼女のために、分かりやすいイメージを思い浮かべる。
それは一つの、介護用ロボット。
体の不自由な人を介助し、その人のために尽くすということはとても優しいことだ。当然、人間がそれをやるならその人は“優しい”と賞賛される。
だけど、
それと全く同じことができる介護用ロボットができたとして、そのロボットは優しいと言えるか?
そうは決して言えないだろう。
なぜならそれは、当たり前だからだ。
そうすることしかできないものが、そうしたところでそこに価値はない。誰が、毎日地球が回っていること、夏になればセミが鳴くことに感謝するだろう? 機械的に盲目のまま行われる行為に、ありがたみなんてものは存在しない。自由がある、善も悪も成せる人間が敢えて善を行うから、その人は優しいと賞賛されるのだ。
僕も同じだ。
僕は優しくすることしかできない。
人を嫌うことができない。人を愛することができない。人を傷つけることができない。人と分かりあうことができない。
だから僕は優しくない。
そこに“優しい”という価値は生じない。
「……なるほど」
彼女はもういいと言いいたげな表情で口を開く。僕は不快な思いをさせてしまったようで申し訳なくなる。
「人間じゃありませんね、貴方」
「え……?」
「彼女が貴方を狙うわけ、ようやく分かってきました」