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終章―世界存在少女が望んだ四季―

終章


 母親の胎内から産まれいでた直後の赤子が見る風景を想像してみよう。それは自分を取り上げた助産師の顔だろうか? それとも手術室の無機質なドア? あるいは安堵する医師の表情だろうか。誰も産まれた瞬間の記憶を持ち合わせてはいないのだから、正確な答えはでない。けれど今の俺には正解に限りなく近い答えが出せる。それは……

「真っ白――」

 何物の存在をも認識させない暴力的な白。新しい世界に産まれいでた瞬間、今までとは桁違いに跳ね上がった情報量に脳は処理を断念する。その結果としての、天地の区別さえ困難なホワイトアウト。まるで白紙の絵本のページに囚われたかのような、非現実的景観の中に俺は今いる。ここには“こういう景色を産まれいでたばかりの赤ん坊は見るのだろうな”という俺の意識を除いて、他に何もないのだ。

一体ここはどこなんだろうか?

「ここは、世界の外」

 俺の疑問に、親切にも答えが振ってくる。声のした方向の白色が歪んで、一人の女性の姿になった。

「君は誰?」

「私は……そうね、なんと言えばいいんだろう。私はあなた達人間では感知できない存在だから、私を説明してくれる言葉はないの。誤解を招くのを承知であえて言えば、私は『あなた』……かな」

「俺?」

「そう、私とあなたは『私』と『あなた』として明確な差異を持つけれど、私とあなたを構成する部分を見れば、私とあなたは全く等しい《世界存在》。例えるなら、同じピースで作られていても組み方によって違う絵になるパズルみたいなもの。これで、わかってくれるかな」

 俺はそんな少女の説明に対し、言う。

「大丈夫、分かるよ」

 上目づかいで不安げに僕を見つめていた彼女はほっと胸をなでおろした。

「あぁ、よかった……私よく説明下手って言われるの。だから、こんなごちゃごちゃしたこと上手く話せるのかなって、ずっと不安だったんだ。けど、考えてみるとそう不安に思う事が、おかしいのかも」

「ああ、そうだね」

 僕らは目配せして微笑み合う。それは鏡像のように、不気味なほど一体化した仕種。

「だって僕らは」

「私達は」

「「同一人物なのだから」」

人はその心の内にいくつもの人格を宿らせることがある。世人はそれを精神病とカテゴライズし、解離性同一障害と名付けるけれど、それは実際のところ病ではない。

それは実際のところ、……。

 人はその心の内にいくつもの人格を宿らせることがある。例えば僕の場合は『秋人』『夏輝』『冬香』の3人がいた。僕にとってその3人は確かな実在性をもって存在していたし、当時の主人格だった秋人にとって、夏輝と冬香が自分と体を共有する別人格だなんてことは全く知りえないことだった。もし誰かにそう言われたとしても、けっして信じることはできなかっただろう。

 人はその心の内にいくつもの人格を宿らせることがある。例え話をしよう。それは一人の多重人格を持つ少女の話だ。少女はその魂をあまりにも分割し過ぎて、挙句の果てに63億の人格を持つにいたった。63億の人格は、互いに互いを他人と認識する異なった魂だ(と自分では思っている)63億もの魂、それは必然的に、一つの世界を形成することになる。そこは少女の心象世界だけれど、その世界で暮らす魂達にとってはリアリティを持つ確固とした世界だ。そこで暮らす魂の内、あるものはいつか気づくかもしれない。「私達の世界は虚無である筈なのに、なぜこうして実在しているのか」と。

 ある哲学者は言った。「思考している私の存在は疑いえない」と。けれど、僕は彼にこうして反論しよう。確かに思考していた『秋人』『夏輝』『冬香』は果たして実在したか? と。

 これは例え話だけれど、あなたがそんな世界の中にはいないと、果たして断言できるだろうか? そう言えるどんな資格が、あなたにあるのだろうか?

 少なくとも俺にはない。

 少なくとも俺の世界は、そういうものだった。

 俺は知らず、散らばった神の破片を拾い集め、神になっていたのだ。

「ごめんね」

 慰めるように彼女が俺の腰に手を回す。

「謝ることなんてないよ。俺が君の幻想だったとしても俺は――それでもいい」

 手を伸ばし、彼女を抱き返す。

「幻想である俺にとって、今までの幻想はリアルだ。実在性なんて立場の問題なんだよ。俺はこれから、君になって、君の現実に向かうけれど、それでもこの魂の中に大切な人達が生きているって信じられる。俺は一人じゃない。大切な人達と一緒なら、そこがどんな世界だって生きてゆけるさ」

「そう……。本当に私からできたとは思えないくらい……強い子」

 最後に笑顔を見せて、彼女は消えた。いや、違う。彼女も俺になったのだ。その途端、急速に白い闇が晴れてゆく。俺がが新しい世界に順応し始めたのだ。それはまるで、産まれたての赤子が世界を認識し始めるように――



 私は目を覚ました。

 

  


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