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終ノ天―ツイノアマツ―

 十


「初めまして、と言った方がいいかしら? ようこそ四季、あたしの神殿へ」

 漠とした意識の中で声だけが聞こえた。懐かしい声。それは秋人にとっては恋人の、冬香にとっては母の声。目を開けると世界を統べる者、生野萌華の姿があった。

「これは!?」

 固い鉄の鎖に縛られ、体がピクリとも動かない。意識を取り戻すと四季は神殿の中央に据えられた十字架に手足を縛られていた。目の前で萌華が残忍な笑みを浮かべる。

「あなたの読みは正しかったわよ四季。あたしの切り札《終末幻想》は伊佐美朽葉と反応して消滅してしまった。全く無茶苦茶よ。世界そのものだった《終末幻想》とただの小娘が、まるで等価の存在のように仲良く消えちゃったんだから。∞引く1がゼロになるようなものね」

「なんだって? 朽葉は……」

「消えたわよ。あら、その表情を見るに、思い通りというわけではなかったようね」

 絶望に青ざめる四季をしり目に萌華は楽しそうに続ける。

「あなたが何を考えていたか予想はできる。当ててみせようか? あなたは伊佐美春人の正しい形を知っている実妹の朽葉なら、春人の無限大に膨張した自意識からもとあった姿を切りだせると思っていた。朽葉が持っている春人のイメージを依りしろに、春人が自分の形を思い出し、帰ってくると……。違う?」

 四季は答えない。しかし、その沈黙がなによりも雄弁に四季の心情を語っていた。“そのとおりだ”と。

「惜しくはあったわね。いやむしろ、あなたにとっては大成功と言ってもいいんじゃない? 犠牲はあったものの、確かに《終末幻想》は消えたのだから。あたしの予想では朽葉はなにもできずにただ消滅すると思っていたから意外だったわ。……これは単なる予想だけれど、実際はあなたが考えたモデルのように春人は朽葉を前にして元の姿にもどりかけたのでしょうね。けれど、無限大の体からもとあった部分だけを切り出すことなんてできなかった。恐らく春人は無限大の質量を抱えたまま元の姿に戻り、一気に凝縮された『世界そのもの』は人の体には収まりきらず、春人もろとも爆散してエネルギーを放出した。朽葉はその余波を受けて消滅したのでしょうね」

「繰り返しになるけど、本当に惜しかったわ四季」

 健闘を称えるように微笑んで萌華は言う。

「何か一つでも違えばあたし達の今の立場は逆になっていたかもしれない。再現性なんて皆無の、細い綱を渡るような道のりだった……。あたしがこうして、世界の中心で勝利の凱歌をあげる確率というのはどれくらいなんでしょうね。精神医学の道に進んだこと、伊佐美春人に出会ったこと、あなた達を作り出せたこと……。奇跡のような確率を超えて、あたしは今ここにいる。そして――」

「世界は終わる」

「母さん!」

 萌華の演説を四季の悲痛な叫びが止める。

「母さんは不器用だけど、優しい心を持っていた人だ。それがなんだってこんな、世界を滅ぼすなんてマネをするんだ!」

「あら、あたしのことを分かったような口をきくのね。でもそう。あたしも世界人類を滅ぼして何も感じない非情な人間というわけじゃない。正直、世界を滅ぼすにあたって、逡巡はあったわ。そもそも、逡巡が無かったらあなた達『世界を救う勇者御一行』はあの小汚いマンションで全滅していたわよ。忘れていた? 統治者とはその名の通り世界を統べる者。全ての生物の生殺与奪権もあたしの掌中にある」

 萌華は掌を広げて見せる。

「じゃあ僕達は泳がされていた……ってことなの」

「そうよ。四季、あなたはあたしの魂が産出した我が子、あたしの良心。フェアに……とはいかなかったけれど、あたしは最後の決断を確率のテーブルに乗せた。あなたにあたしが殺されて、世界が守られる結末もそれはそれで良いと思っていたの。けれど見事に、天秤はあたしの方に振れたというわけ。いや……甘いな、あたしも。あまり話し過ぎるとまた迷い始めちゃうからもう、終わらせるね」

「ダメだ! 迷っているなら、無理にそんなことする必要なんてない! それにまだゲームは終わっちゃいないんだ。僕がダメでも、ファナや桐衛がきっと……」

「ああ、四季には現実界の映像が見えないんだったわね」

 そういって萌華は四季の対面にモニターを創生する。

 そのモニターには今現在のファナ達の様子が映し出されていた。

「……おぇっ」

 あまりに凄惨な光景に胃から熱く酸っぱいものが逆流するイメージが喚起される。そこに写されていたのは何百、何千という人だかりにまるでボロ雑巾のように扱われる桐衛、ファナ、なみの、紀奈子だった肉片。見当たらないがおそらく、四季と朽葉の肉体も同じ末路を辿ったのだろう。四季が意識を取り戻した時には、とっくにゲームセットの笛が鳴っていたのだ。敗北を悟った四季の瞳は光を失った。

「分かってくれたようね。じゃあ――」

 パチン、と音が聞こえた。指を鳴らした時のような、電燈のスイッチを切る時のような軽い一音節。それが、

 世界が終る音だった。

 空が明るくなる。

 今この瞬間に66億の人類、並びにそれに何百、何千倍するその他の有機生命体全ての生命の火が消え、観測者を失った世界は綻びるように虚無へと還って行った。肉体を失った裸の魂達が流星群のように神殿の上空を輝かせている。

「よくも……よくもやってくれた! こんなことをして、母さん、貴方は一体何が目的なんだ……」

 四季の涙声が神殿の石壁を打つ。対照的に、萌華はまるで感情などないようにあっけらかんと答える。

「実験よ。ある人類永遠の命題に終止符を打つためのね。あたしはどうしてもその答えを知りたかったから、世界を滅ぼさなければならなかった。『好奇心は猫を殺す』とはよく言うけど、世界まで殺したのは後にも先にもあたしだけでしょうね」

萌華の無機質な声が響き続ける。

「ところで四季、生命誕生の確率って知ってる? 人によって細かい数字は変わるんだけど、大体10の40000乗分の1と言われているわ。よく冗談で『物置を襲った台風が物置の中のものでボーイング社製飛行機を組み立てる確率』なんて言われるわね。それくらいありえない確率よ。もちろん、どんなに低い確率でも無限の時間の中で無限回の試行を繰り返せば、それが起こることは不思議じゃない。けど、宇宙ができてから今日まで約137億年しかない。自然に発生したと考えるのは無理があるのよ。だからあたしは疑ったの『神』の存在を」

「神……まさか、そんなことの為に……」

「分かってくれとは言わない。けど、あたしにとっては何を置いても知りたかったことなの。あたしは考えた。『神』がその意思によって生命を、世界を作り出したのなら、世界を壊そうとすれば再び神は介入してくるのではないかと。だってそうでしょう? てづから作った大事な世界があたしなんかの手で壊されるのを黙って見ているわけがないもの。これが取りうる唯一にして究極的な形の証明法。人類の歴史と共にあった難題に、今やっと結論が出たわけね」

 何も映らなくなったモニターをちらりと見て萌華は言う。

「この世界に神はいなかった。命という奇跡の現象もただの偶然、何の理由も目的も意味もなくただ生じただけの泡沫。いつ消えてしまっても何の支障もない無価値な世界だったのよ。悲しいことにね」

「『悲しい』……母さんも、神がいてくれた方が良かったと思うんだね」

「どちらでもいい、と頭では思っていたけれど……そうね、本音はいて欲しかったのかもしれない」


「なら僕が、神になろう」


「何を言ってるの四季……?」

 意味不明な発言、それを聞いて萌華は一瞬動揺した。その一瞬の隙を突いて、背後から二人が萌華をはがいじめにする。

「な――あなた達は!」

「お久しぶりですお母さん」

「俺はお初にお目にかかるのかな。どうも息子です」

「『冬香』! 『夏輝』……!? じゃあ、あそこにいるのは――」

 萌華は十字架に縛られた少年に目を向ける。

「僕は……『秋人』だよ母さん」

 萌華は眼を見開く。そうだった。『四季』という人間は『秋人』『夏輝』『冬香』の三つの魂の複合体。一人でありながら同時に3人いるという特異な存在なのだ。そして、一度統合したらまた元に戻れないなどという道理はない。

 事態を悟って萌華は観念したように眼を閉じる。

「ふ……やられたわよ。流石は我が子、とでも言っておこうかしら。でもね……」

 萌華は口角を上げる。

「主役は遅れて登場するものだといっても、少々遅すぎたんじゃないのかしら。世界はもう終わってしまったわよ?」 

「大丈夫さ」縛られた秋人が言う。

「まだ魂はここにある」

気づくと、萌華を抑える二人の腕と萌華の体の境界線は消失し、同化していた。咄嗟にその事態の意味を悟った萌華は、熱に浮かされたように自らの思考に酔う。

「なるほど……3人が1人に纏まることができるなら、もっと数を多くしても同じことができるのではないかと考えたわけだ」

 最早腕だけでなく、3人の体は重なり合い一つになって行く。


「うん、面白いかもしれない……これが、『世界』かもね」


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