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一縷の望み


 四季は朽葉に自らの数奇な出生と、これまでのできごとを要点をかいつまんで教えた。今世界中で起こっている精神錯乱者の大量発生も、自分と春人、生野萌華を巡る出来事の一環であること。そしてこの世界と人間の魂そのものの上で演じられる大舞台、そこでの朽葉の役割を。

「朽葉、君には春人を助けてもらいたいんだ」

「兄さんはまだ生きているんですか!?」

「体はこうしてここにある。そして魂は、遠いところで君の助けを待っている」

「それは、天国とかそういう……?」

「そうだね、そう考えると分かりやすいかもしれない。でも、一つ違う点がある。天国や地獄に行った魂は二度とはこの世に帰ってこないけれど、春人はまだ帰ってこれるところにいるんだ」

「私が、兄さんを助けられれば」

「そう。君の兄さん、春人は帰ってくる」

 “帰ってくる”と朽葉は力を込めて復唱する。聞くだけ無粋かな、と思いつつ四季は聞いた。

「俺と一緒に、春人を助けに行ってくれるかい?」

 強いまなざしで朽葉は四季を射る。古くからの武士の家系である“伊佐美”の家、その末裔としてなんら恥じることのない覚悟の表情を湛え、朽葉は言う。

「是非もありません。行きましょう四季さん!」

 快諾を受け、安堵に緩む四季の表情。これでなんとか、一縷の希望が繋がった。

「ファナ! 早速《統治領域》に降りよう!」

 希望に満ちた四季の声。しかしファナは苦い表情を浮かべながら空を仰ぎ、重苦しい声で答える。

「……残念ながらシキ、私は行けないようです」

なんでだよ、そんな問いかけを発するまでもなく答えが分かる。まるで夕立が来るときのように、先ほどまでの蒼穹が一瞬にして暗黒に包まれていた。しかし、空を覆うのは雲ではない。

それは鯨と形容するのが一番近いだろう。

しかしそれはただ近いというだけで、『人間は猿の一種である』という言明のように、まるでそのものの本質を捉えていない形容。

そのどぎつい原色が織りなす虹色の外皮。

反幾何学的な身体のフォルム。

超現実主義(シュールレアリズム)の画家がその空想の中に見るような、でたらめで醜悪な存在。

それはまるで悪夢のように、さきほどファナと桐衛が死力を尽くして倒した幻獣が、全天を覆う様に病院の上空に群がっていた。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……くそっ埒があかねーぞ!」

 巨体に日の光を遮られ、曇天となった空に向かって怨嗟の声を上げる桐衛。

「うぉおおおお、なっちゃん、アレ見て!」

 なみのが指さす方を見ると、病院につながる坂をおぞましい数の人間が登って来ていた。

 恐らく、萌華には最初から四季達が向かう場所が分かっていたのだ。四季達が到着してから一網打尽にするために、戦力を結集しておいたと考えなければ突如としてこれほどの数が揃うはずがない。

「シキ、 早く貴方達だけで行くのです! 私とキリエで、肉体は守って見せます!」

「ちっ! 俺が直々にあのクソババァの面に一発入れたかったんだがな……四季! お前に俺の分を託したからな!」

 四季は一瞬迷った。いくら桐衛とファナのコンビが強かろうと、これだけの数を相手に持ちこたえられるものだろうかと疑問に思ったのだ。しかし、即座に自分が残ったところで戦力にはならないと冷静な思考を取り戻す。今は、信じるしかなかった。

「くっ……皆ゴメン! 朽葉、目を瞑って!」

 朽葉の手を取り、周りの喧騒を耳から追いやって四季は集中の極みへと入る。

 朽葉の手を携えて、人格が入れ替わる時に感じていたような自由落下の感覚、魂が肉体から離れて行くような感触をイメージし、深く意識を下る。

 魂の内奥。

 統治者の神殿へと。


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