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狂気へ沈む世界


「朽葉ちゃんならぁ、静岡県のM病院にいますよぉ」

 拍子抜けするくらいあっさりと“妹”の消息は知れた。どうやら『四季』として完成された後なら何も隠すことはないと生野萌華は語っていたらしい。

「四季君ならもう大丈夫でしょう。あの子も可哀想な子ですからぁ、暇を見つけて会いに行ってあげると良いかと、私は愚考しますぅ。きっと、喜びますぅ」

「いや、善は急げだ。紀奈子さん今から行こう」

「ですぅううううう!?」

 おそらく驚愕を表す、変な叫び声が上がる。

「い、今からは無理ですよ! 突然秋人君達が統合しちゃったから、それについてレポート纏めなくちゃいけませんしぃ」

「後生です紀奈子さん! いや紀奈子神! このとうり!」

 自室のフローリングに額を擦りつける四季。それをファナは冷めた目で見つめていた。

「いやぁ、そんなことされても困るぅ。私の秋人君が強引な子になっちゃったよぉ」

「そんなこと言わず! おいファナ、お前もお願いするんだよ!」

 無理やりファナも土下座させられた。

「あの、あの! そんなにお願いされても私どうしようもないの! 実は私……」

 意を決し、平身低頭する二人に紀奈子は告白する。

「高速……乗れないんですぅ」

「なん……ですと」

 四季は、そういえば昨晩迎えに来てもらった時も相当あぶなっかしい運転だったことを思い起こす。もしやこの人、ズルして運転免許取ったんじゃないか。伊佐美の一族はいろいろな所にコネクションがあるというが……。

「本当にごめんねぇ……」

「いえいえ、そういうことなら仕方ありません。ちゃんと次善の策は用意してありますから」

 四季はすっくとおもむろに立ちあがり、懐から携帯電話を取り出してある番号をダイアルする。二コールで相手は出た。 

「おう、俺だ車出せ」

「やだ」

 その直後プツっと切れた。通話時間約一秒。前置きも何もない、結論と結論が火花を散らす実にプラグマテイックな会話だった。四季はもう一度掛け直す。

「テメ、この間組長の女に手ぇ出してヤーさんに追われてた時助けてやったろうが! 命の恩人だよ、俺? 俺が助けなかったらお前今頃東京湾の底でお魚さん達のごはんになってんかんな?」

「……いや~その節は助けられました」

「分かればいいんだ分かれば。いいか? 今度は選択肢間違えんなよ? く・る・ま・出・せ」

「……」

「俺の声が聞こえないらしいな腐れレズビアン二等兵?」

「いやさ、あたしもダチは助けたいよ? でもさ、いくらナっちゃんの頼みでも今は状況が悪いよ」

 電話口の女の影のある声色を四季は訝る。

「状況が悪い……? もしかしてお前、今ヤバいのか」

「いや、あたしがどうってわけじゃなくてね……ナっちゃんテレビ見てないでしょ。今、日本……ううん、世界がヤバイ状況なんだよ」

 四季は手で合図して紀奈子にテレビを点けてもらう。そこには……


『えーご覧頂いている映像は現在の渋谷の状況です。未だ暴徒達が武器を手に警官隊と睨み合い、一触即発といった状況が続いています。本日未明より突如として起こったこの精神錯乱者の大量発生について政府は非常事態宣言を発令しており、一般の方の外出は一時的に規制されています。また、現在屋外におられる方は危険ですので可及的速やかに近くの政府指定の避難施設まで避難してください。尚、同様の事態が少なくともイギリス、トルコ、中国、アメリカでも発生しており、被害は世界的規模になることが予想されます。この異常事態に対しWHO、世界保健機関は安全保障理事会と共に声明を発表し……』

「なんだ……これ」

 映像に写されていたのはクーデターでも起きたかのように荒廃を極めた渋谷の街。つづいて同様のロンドン、アンカラ、北京、ワシントンの映像が流された。四季はあまりにも非現実的な映像に言葉を失う。発展途上の国なら、まだ納得できる映像だ。しかし、今写されていたのはいずれも先進諸国の首都。人の英知の結晶である近代的都市が粗野な暴力に打ち倒され、炎をあげていた。

「生野萌華のしわざとみて間違いないでしょう」

 映像を茫然と見つめる四季の隣で、ファナは苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「統治領域からの精神攻撃です。自我が弱い人間はすぐ萌華に食いつぶされ、その手先と化してしまうでしょう」

 シキ、急がなければ――という声を聞き、弾かれたように四季は電話に食い付く。

 急がなければ妹――伊佐美朽葉が危ないのだ。少しでも遅れれば暴徒の手にかかって最後の希望がついえてしまうかもしれない。四季は電話口に向かってまくしたてるように喋った。

「時にお前、自分の命と一級品の美女どっちが大事だ?」

「そんなの、女に決まってるじゃんか」

「うん、お前サイテーだけど今だけ最高だわ。単刀直入に言う。車を出すなら、極上の女をとらせる」

「……信用できないよ」

「今、駆け引きをしてる余裕はない」

 四季は電話を切って、携帯に内蔵されたカメラで紀奈子と、万が一の保険としてファナをパシャリと撮影し電話口の女に画像を送信した。直後に携帯が震える。

「了解したわ。場所を指定して」

 計画は四季の思い通りに成功した。持つべきものは扱いやすい友人だった。コロッセオ不動の住所を伝えて通話を切る。四季は紀奈子とファナに心の中で陳謝した。まぁ口約束に法的効力はないのでハナから渡す気は四季にはないのだが。騙される方が悪いんや! と四季はクズの論理を持ち出して自己を正当化した。

 するとそのとき、

「おい……!」

 とロフトからくぐもった低い声が聞こえた。四季は直後に悪いことをしていたのでその声が悪事を糾弾するように聞こえて必要以上に驚いた。しかし、そんな四季にはお構いなしに、ロフト上の男――桐衛彰は叫ぶ。

「伏せろッ!」

 直後、キュイーンと、まるで耳の近くを弾丸がかすめとんだ時のような音が聞こえた。

 窓ガラスには蜘蛛の巣状に亀裂が走っている。

 これは『まるで』ではない。

本当に銃撃だ! と四季の頭脳が回答を導きだす間に弾丸の雨という表現がぴたりと嵌るほどの銃撃が四季の自室を襲った。

 無論、一般家庭の強化ガラスなど楽々と弾丸は突きぬける。

 皆、一瞬でハチの巣だったろう。

――もしもファナがいなければ。

ファナは桐衛の警告を聞いた瞬間に、室内を丸々覆ってしまうほどの巨大な盾を創生(ゲネシス)していたのだ。弾丸を防いだことはないので一抹の不安がよぎったが、かつて最強の名を欲しいままにした神代の盾は、二十一世紀の現代においても変わらず、何物も通しはしなかった。

「よぉ! お前は手品師か!?」

 豹のような身のこなしで階下に降りてきた桐衛が耳をつんざく発砲音の中声をあげる。

「手品師だったらよぉ! 刀は出せねぇかお嬢ちゃん!」

「お嬢ちゃん……いや、今はそんな場合ではありませんね」

 ファナは一振りの長刀を創生(ゲネシス)し、桐衛に手渡す。

「なんだこりゃ、西洋刀じゃねぇか……刀って言ったらよぉ……」

「すいません、日本刀のイメージがどうしても沸かなくて。ですが、その一振りが貴方に最も適していると私は確信していますよ」

「ふん、こりゃ……魔剣だな」

鞘から抜いて桐衛が刀身を眺めていると、ですぅううううう! と悲鳴が上がった。ドアが破壊され、室内に異常者の群れが入り込んできたのだ。

 ――瞬間、銀光が侵入者の体を襲う。

 たったの刹那で、侵入者達は電源を落とされたかのように動かなくなった。

 誰が、どうやってこの事態を引き起こしたのか目撃した誰にも分からない。

 ただ、気付く。

 蒼ざめた刀身が人の血を啜っているのを――

「キリエ、恐ろしい錬度の剣士ですね……ダーインスレイヴを完全に制御するとは……」

「桐衛お前! 殺したんじゃないだろうな!?」

「安心しろ四季。俺は弱い奴と女は殺さない」

 見ると、虫の息ではあるが斬り伏せられた異常者達はどれも生きていた。ほっと胸を撫で下ろす四季。安心すると、ある違和感に気付いた。

「ってなんでおれが四季だと知ってる?」

「話はあそこで聞かせてもらったからな」

 と桐衛は剣先でロフトを指す。

「弾よけにしてくれていい。四季、俺も連れてゆけ」

「……なんでだ、お前が命を賭ける理由はないはずだろ」

「あるさ」

 ふっと桐衛は笑う――「ありすぎるくらいだ」

「今は長話をしている暇なんてありませんよ、シキ!」

 玄関ホールのオートロックは既に壊され、建物内部には幽鬼のように錯乱者達が押し掛けてきていた。壊されたドアの代わりに、必死にファナが部屋への侵入を盾で押しとどめている。外からは銃撃。内からは侵撃者。確かに、悠長に会話していられる状況ではなかった。

「車が来るんだろ? 俺が道を斬り拓く。一気に突破するぞ!」

 言いながら、桐衛はファナの盾を跳び越え、幽鬼達の群れの中へ躍り出る。空中からの一閃で足下の敵は倒れ、桐衛が着地するころには剣の届く範囲全てが薙ぎ払われていた。無力化された敵を見てファナは盾を進め、段々と陣地を確保していく。

 正に圧巻の光景だった。

 数多の幽鬼達の悲鳴の中、ただ一人嗤うものがいる。

 瞳を煌々と光らせ、嬌声をあげながら人間を壊していく様はさながら鬼神のよう。

 味方であるはずの四季達ですら震えあがるような戦いぶりを、桐衛彰は見せた。

 ものの一分で建物内広場にいた錯乱者達は殲滅され、四季達が外に出るころには、先行した桐衛が外から銃撃していた連中も血祭りにあげている。

「ブシドーとは恐ろしいものですね……」

 一転して静寂を取り戻した街に、ファナのつぶやきがやけに響いた。


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