序章 証明開始
「まるでお花畑ね…」
あたしは彼の夢に潜り込み、勝手ながら嘆息する。
空は一点の曇りもなく晴れ渡り、柔らかい陽光が惜しげもなく注がれた大地は、色とりどりの花を溢れんばかりに抱えている。
夢の中の世界……《心象世界》は嘘やごまかしのきかない魂の写し身。あたしも、けっこうな数の心象世界を覗いたものだが、心の中にここまでの楽園を持つ人間は彼以外知らない。
いや、断言してもいいだろう。
こんな世界を持ちえるのは彼だけだ。人間である限り、全く汚れずに、純真無垢なまま生きていくなんてことはできない。それはこの世界の必然……いや、構造上の欠陥なのだから。
そう、彼の存在は不正だ。
これでもかというほどに改造を受けた、チートコードの結晶。
だからこそ……だ。
世界の限界を超えた、全く未知なる可能性だからこそ、賭けるに値する。
あたしは楽園の中心で花に囲まれて寝転んでいる彼につかつかと近づき、開口一番こう告げた。
「この世界は無意味よ」
下手な説明や、回りくどい証明はいらない。あまりにも唐突で、理解を拒むかのような物言いではあっても、それでもこの子は理解するはずだから。いや理解するだけでなく、積極的に同意すらするだろう。
この子はそういう子だ。
そういうふうに、あたしが作った。
「意味のない世界に含まれる全ての存在に意味はない。だからあたしは、こんな物もう壊してしまおうと思うわ」
儀式用の細剣を脳裏に描き、イメージを結晶化させ、作り出す。夢の中の世界であればこういうことも可能だ。あたしは作りだした剣を彼に向けて突きだし、宣戦を布告する。
「あなたはあたしを止めなさい。あたしを殺して、世界を救って見せなさい」
まどろむような瞳で彼はあたしを見つめ続ける。夢の世界において、あたしのようにはっきりと意識を保つことのできる人間は稀だ。恐らく、目を覚ませば彼はあたしの語った言葉など綺麗に忘れ去っているだろう。
ならば、この宣戦はただの自己満足に過ぎず、意味はないのか?
そう見えるだろうが、そうではない。あたしは意味のない全てが嫌いなのだ。
つまり、これは彼に対しての宣戦ではない。
あたしは神に対して宣戦を布告しているのだ。
ねぇ神よ。もしあなたが存在しているならば、この子を使ってあたしを止めてみなさい。でないと、あなたごと世界を捻りつぶしてしまうわよ?
Proof