猫。くつろげ。
隊長が先ほどから離してくれません。
出てきたドアを戻り、高そうな椅子に座り、俺をハゲるくらい撫で回してます。
それはもう執拗に。
ガラスに貼ったガムテープのように、粘着質で取れません。
悪質です。
確かにこれではイニア少年が忠告した理由もわかるってなもんで。
瞬殺対象の俺でも、頑張ったらなんとかなるんじゃないかって、思った。
こいつだめだ。
「にうにうー」
「そうだな、ショコラは可愛い過ぎるな」
「にうにうー」
「クロか。ストレートがいい結果を産むとは限らないな」
「にうにうにうー」
「私の名前から取って、バド、ババド、バード、鳥だな」
こいつだめだよ。
なんだよ、絶望的だよ。
俺が欲しいのは名前より、ご飯なんだ。
空腹は絶望を生む種ともなるんだ。
みんな死んでしまえ。
トイレの水が足に跳ねてしまえ。
頭が臭いと批判されろ。
「にう」
「そういえば、ミルクがあったな」
「にう!!」
そういうのです。
待っていたのは、そういう待遇なんです。
犬のように尻尾をぶんぶん振る、俺。
きゅん
どこかのスイッチを押したようだ。
「なんだ、お前、なんだ」
お前がなんだ。
隊長はなんだなんだ言いながら、俺を高い高いしだした。
だめだ、この世界だめだ。
再三言うけど、こいつだめだ。
俺はぬいぐるみの気分でされるがままだった。
帰れたら俺の部屋のテディに謝ろうと決めた。
「あああ、ミルクミルク」
落ち着け。
大分、印象が崩れてきた隊長は、震えながらミルクをティーカップに注いでいる。
ああ、イケメンのギャップって、萌えないものもあるんだね。
悲しいね。
カタン
赤髪の机の二倍はありそうな、隊長の机の上。
隊長の目の前にカップは置かれた。
三分の一はこぼれてた。
でも、隊長。
俺への愛の割に、ティーカップでミルクを出すとは。
飲みにくいんですけど。
頭から突っ込んで、ふがふがする。
空腹な体に染み入るミルク。
なんて優しい味だろう。
夢中でふがふがする。
カップはあっという間に空になった。
ここまでは良かった。
ここまでは順調だった。
はは、抜けないや。
カップごと頭を持ち上げ、ふらふらする。
重心が定まらない。
「にうー」
たすけてー。
たいちょう、だめっていってごめんー。
きゅん
あれ、またスイッチが押された?
「け、計画通りだ」
あんた末期だよ。
だめだよ、助かる見込みないよ。
怖いよ。
「すまない」
心無い謝罪は、謝らないという行為よりも重いんだ。
だって、実際に俺の頭はまだ重い。
外せや。
ドガァ。
ドアが開いた。
開いたっていうより、なにこれ爆破?
見えないけど、それくらいならわかる。
勢いって大事。
中三の冬、俺にも勢いがあったなら、あんなに寂しい初恋にはならなかったはず。
それはともかく、だんだん息苦しくなってきたのは、俺の気のせいだよね。ね。
狭い、狭いよ。
ものすごい密閉。
俺の苦しさはさて置かれて、乱入者のターン。
「今日は何の日!!」
ふっふー!!
「……!!」
「そう、思い出したようね」
隊長の慌てる気配がする。
てか、この声は出るとこが出てる美女の声だと確信した。
想像力って無限大。
「なっ!!ワンニャンフェスティバルは今日じゃなかったはずだ!!」
「あんた何言ってんの」
全くだ。
「…今日は合同の会議の日でしょう」
勢いがなくなっている。
恐る恐る、反応を見ているようだ。
この男の恐ろしさを垣間見てしまった故の、防衛本能が働いている。
賢明だ。
「ああ。すまない、そうだったな」
「ええ、わかってくれたならいいのよ。早く行きましょう」
言葉に温度があるなら、ここまで生暖かい言葉もないだろう。
人が座って間もないパイプイスの温もりに、それはよく似ていた。
すぽっ
隊長は意図も簡単に俺のカップを取り去り、割れ物を扱うかのように慎重に俺を持ち上げ、書類がたんまり詰まった一番下の引き出しに、入れた。
鍵を掛けた。
そして部屋を退出したようだった。
暗い。
すこやかに安眠出来たのは、俺の神経が図太いからじゃないと思う。
逆に繊細だったからだと思う。