猫。つきとうさぎと。
「何びっくりしてんだばか」
お前は野生をどこに落としてきたんだって、イニアは苦笑した。
俺の後ろには眉間を撃たれた死体。
熊さん。
その目は濁り始めてた。
影がゆらゆら。
「ほらばか。ちょっとこっち来い」
馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞって、イニアのツンデレめって、思ったけど。
思ったけど。
俺はイニアの胸に、ぶつかるように飛び込んだ。
見えた傷跡。痛む傷口。
一生、治ることのない。
「あ、こら、ばかかっ」
地震。
一部地域。
イニア周辺。
うん、足場が悪い。
断じて俺のせいじゃない。
全く、最近の若者は足腰がよわわわわ。
ごめんて!!
尻尾が伸びる!!
俺の中学ではジャージをわざと伸ばすのが流行ってたけど、尻尾はまだ時代が追いついてないよ!!
「にう」
嬉しかったんだよって。
気持ちを乗せて、頬をてしてし。
もしかしたら。
もしかしたら、撃たれちゃうんじゃないかって。
本気で思ったんだ。
俺はいいけど、いや、よくもないんだけどね。
だいぶよくない。
一番辛くなるのはイニアでしょう?
不器用なくせに頑固だから。
わかってるくせに認めないから。
優しいくせに拒絶するから。
自分が痛むんだよ。
馬鹿はお前だ。
そんなわけで。
今回の任務は幕を閉じたんだ。
イニアが一歩、大人になりました。
「に!? にうぅ!?」
え。え。え。
今、無音で首が締まったよ。
仕事人、まじか俺、狙われてる!?
「ばか、そこ、邪魔」
丁寧にゆっくり一文字づつ区切って話してくれるところに、言葉以上のばかかおめぇはって気持ちが伝わってきます。
俺の尻尾はだから取っ手じゃないっつーに、イニアは背中のリュックに俺を詰めました。
頭だけ出てる状態。
隊長の胸元よりはマシ。
ただマシなだけで。
見た目がすごい間抜けなことになってるのに、気づいているのだろうか。
イニア含め。
むしろ主にイニア。
「殲滅対象が増えたから、作戦の変更だな。とりあえず、合流地点か。行くぞ」
最後のだけは俺向けみたい。
もしかしてこれって、吊り橋効果ってやつか。
隊長に怒られてから、また俺を目の敵にしてたくせに。
二人、まあ、正確には一人と一匹だけども、になった途端にぺらぺーら。
独り身のOLさんかお前は。
それにしても進みが遅くてね。
ぼかぁもう帰って寝たいんだよ。
寝る描写を事細かく記し、幸せを噛みしめたいんだよ。
あむあむと。
生きてるって、素晴らしいなぁ。
「全くだねー。良かったねー。生きてたねー」
そうでなくても。
君は笑ったのかな。
その顔しか知らないんだろ。
寂しいね。悲しいね。
あとちょっと殴りたいね。
『こら』
時間が止まったような空間で。
一匹と一人、と一人。
イニアは空気読んで止まってます。
根は良い子なんです。
モノクロ写真のごとく色がないのが気になりますが、生きてるよね。
立派な金髪も見事に色あせているよ。
この場の支配色。
誰も踏み荒らすことのない白。
じわじわ広がる血溜まりみたいな赤。
「あれ、怒られた?」
『当たり前だろ!! 死ぬかと思った!!』
「それは僕のせいなのー?」
『予定外の獣がわさわさいるのは。裏をかいたように統率がとれているのは。…イニアの後ろにお前がいた理由は』
「僕が準備してー、僕が配置してー、最後のは純粋な好奇心かなー」
『…はぁ』
「撃たれても、僕が多分助けたよー?」
『そっちじゃない』
「イニア?」
『………』
「生きてて良かったね」
笑う笑う笑う。
歪みは見えないから、歪んでる。
子供は純情故に残酷だ。
なぜだろう、そう思った。
「大丈夫だよー」
『何がよ』
「僕の今日の仕事はー」
『ごくん、唾を飲み込む音』
「じゃがじゃがじゃか、効果音」
『ぴか、スポットライト』
「CM入りまーす、スタッフのカンペ」
『テレビを変える、視聴者』
「皿を洗う、ジョイくん」
ツッコミの不在という罠。
たびたび引っかかってしまう。
押すな、と言われれば、押したくなる心理を利用されているのか。
必要な時にいない。
「僕はさー」
お、にっちもさっちもどうにもブルドックな状況を打破したのは、意外にも垂れ耳うさぎ。
実物は垂れてなかったうさぎ。
関係ないけど、世代を感じるネタだ。
あと真面目に考えて、首を出した猫と会話するローブうさぎは、すごいシュールなんじゃなかろうか。
もう少しシリアスな雰囲気にしたかったな俺は。
プロポーズはお洒落なバーで君の瞳と言わす何と言わすに乾杯ってする予定なんだ俺は。
「撃っちゃうと思ってたんだー」
気の抜ける声。
でも、この子は冗談のように本音を漏らす子だから。
思い出す小さな背中。
いつだって俺が守った。
いつだって私を守ってくれた。
あの子の幻影を探す。
『撃って欲しかったんでしょ』
「人間はそういう生き物なんだよー」
『そう思っていたかった』
「そうなのかなー」
僕にはわからないや、彼は呟いた。
もちろん、笑って。
泣けない人ほど、悲しみは増すばかり。
積もり積もって、出口がない。
『俺はお前も大切だよ』
だから、今度は私が守ってあげよう。
どんな酷いことをしても、腕にそのリボンが巻かれてる限り。
はじめてのプレゼントを喜んだ君を。
私が、守るんだ。
「殺しちゃうかもよー?」
いたずら小僧はおっかないことを、試すように言う。
事実、試しているんだと思う。
裏切られても、平気なように。
『大丈夫』
「あの人間達もみーんな」
『大丈夫、させないよ』
「君は僕を嫌いになるよー」
『大丈夫、好きだよ』
沈黙、静寂。
気がつけば、遠くに月が見える。
夜は近い。
うさぎは、へへへーってはにかんで。
「時間稼ぎ」
目的を告げた。
地図から小さな町が消えた。