猫。へんたい。
すぐ殺せます、と警察は何してんだ的な発言をするイニア少年。
では、何故すぐ殺さないのか。
実は最近、貴族の間で獣を飼うのが流行っているらしい。
獣は子供の内から慣らせば人間に慣れる可能性があることが、ちょこっと前にわかったとか。
そんで金持ちの貴族は、自分の財産を誇示するように獣を欲しがり、今に至る。
一種のステータスのようなものだ。
つまり、俺、高い。
小市民には殺されかける俺だが、場所によっては高値で取引されるのだ。
わかる人にはわかる。
しかし、問題はこれはまだ合法化されていないという点だ。
所詮、獣は獣。
軍でさえ試験的に飼育・活用を始めたばかりなのだから、危険性を考えればそれも頷ける。
つまり、俺、表には出れない人種。
いや、猫種。
ってことをうだうだ言う、赤髪。
お母さん、聞いてるの疲れたよ。
「にうにう」
眠いってことを伝えようかとしたら、赤髪によしよしと撫でられた。
危険だと言ったばかりなのに。
こいつは猫派らしい。
ひとまず、俺は命を繋いだ。
「密売ルートを本格的に探さなきゃってことですねー」
イニアがのんびりと机に尻をかけながら言う。
ただ、口調の割に視線が怖い。
なんで右手をお腰につけた剣から離さないのか。
思わず、爪が赤髪のズボンに食い込む。
離さないんだから。
「ああ、これからちょっとまわるか」
聞き込みですねわかります。
赤髪はバリバリと俺の爪をズボンから離すと、ひょいとイニアに投げた。
俺の爪、弱い。
鼻からぶつかる、俺。
全体的に弱いのかもしれない。
「にうにうにー」
裏切り者、猫派じゃないんか、もっと丁寧に扱え、獣だぞ危険なんだぞ、ご飯食べたい、言いたいことをみんな込めたのが上のセリフである。
「お前の手柄だろ、隊長に提出してこい」
「あいあいさー」
「下で待ってる」
「あいあいさー」
俺はまた首根っこの刑で運ばれていくのであった。
隊長、どうやら別個に部屋があるっぽい。
偉い人だもんな、当然か。
やだ、そんなえらい人に会うのに、俺ったら真っ裸。裸族。
それはまあいいとして、自慢のボディだし、嘘だけど。
体がホコリっぽいから、せめて風呂入りたかった。
「あ」
部屋の前で不自然に止まる。
その思いが通じたのか、イニア少年、二階くらいの高さの窓から俺を突き出し、バシバシ。
叩き始めた。
いや、生き物にその扱いはないわ。
ごめん、やめて。
汚れと一緒に俺の生命力も落ちてしまうわ。
お前、ほんと俺のこと嫌いなのな。
ガチャ
ドアが開いた音がした。
「あ、隊長」
入る前に出てきたようだ。
手を止めろイニア。
「何をしている」
低い、でも聞き取りやすい、ダンディボイスだ。うほ。
冗談だぞ。
「隊長にお土産持って来たんすよー」
「その土産を痛めつけてるように見えるが」
「やだな、綺麗にしてたんです」
違う、絶対違う。
どす黒い感情が、お前を突き動かしていたはずだ。
「にうにうー」
隊長が人道的であることを願い、助けを求めた。
しゅばっと、隊長はイニアから俺を奪い取る。
思った以上に隊長は迅速だった。
「獣…、か?」
「そうそう、珍しいですよね。愛玩用にでも連れてこられたのかも」
「ふむ」
凝視されたので、腕の中で首を傾げて見せる。
俺の勘が正しければ。
きゅん
隊長の無表情の瞳が僅かに潤んだ。
こいつ、カモだ。
「隊長ー?」
「い、いや。ご苦労だった、こいつは預かる」
「一応、用心して下さいね。力がわかりません。獣は獣だし」
一瞬、射殺すような視線が俺を襲う。
いやん、たいちょうたすけてー。
すりすり。
「私を誰だと思っている」
隊長はがたいもよく、さらさらと流れる銀の髪も素敵な美丈夫だ。
セリフもバッチリ決まった。
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで。
台無しである。
「…隊長」
イニア少年、ちょっと引き気味。
俺本人に、殺しておいた方が良かったかなあ、というアイコンタクトをよこす。
いや、だめだよ。
「え、あ。そう、なので俺。グレ先輩と聞き込み行ってきます!!」
隊長の目を見ない部下。
「ああ、気をつけてな」
俺の目を見る隊長。
大丈夫か、ここ。