猫。ちびども。
一人の部屋は広く感じる。
物理的に3人の人間がこじんまりとしたこの部屋にいたらそりゃ狭いだろう、ということではない。
もっと、おセンチメンタルな話。
こう、人の内面の話。
かといって、精神的に男3人がこじんまりとしたこの部屋にみつみつと筋肉を寄せ合っているのが狭いし何より心にくる、という話でもない。
3分の2はまだ子供、許容範囲内だ。
もちろん、唯一の大人は俺。
見た目は子供でも。
イニアは反対に見た目が大人だが。
いつの間にか、一人がひゃっほう。
そういうお話。
そんなわけで、俺は掃除も「今日は埃も塵も定休日!!」という一言で終わらせ、イニアのお迎えに行くことにした。
まだ午前中と言っても過言ではない時間帯。
誰にも内緒でお出かけなのさ。
晴天うららかな日差し。
空はとても青く澄み渡る、ことはなく。
深い深い緑色。
またかよ。
「おやじさーん!!」
マリアルと買い物に来たので、ちゃんと顔見知りになった。
実際はその前から、顔見知りではあったんだけど。
しょうがないだろう。
二つの顔を持つ俺の魔性が彼を狂わせたのだから。
罪作りな俺。
「おう、ちび。一人なのかい?」
俺の後ろ側に目線が動くおやじさんだが、あいにくそこには俺のご先祖のお菊さんしかいらっしゃらない。
享年33歳。さそり座の女。
たまにしか俺を守らない。
外出が多い。
さておき。
「一人だよ、オンリーワン」
そう、誰だって世界に一人だ。
「そういうおやじさんは一人じゃないねえ?」
首を傾げて見やる。
おやじさんのすぐ横にちょこん。
デジャブを感じる物体。
泣きべそ。
「ああ、迷子みたいなんだ」
金髪のふわふわ頭に、高級コート。
いつかは見上げていたそれを、今度は見下ろしている俺。
視点は変わっても、顔は変わらない。
こいつ学習してねえ!!
「あっはっは、前にもこの子、迷子だったんだよなあ」
知ってますおやじさん。
その場にいましたわ、俺。
まさか、またここにたどり着くとはね。
この子の体が魚を求めているのか。
はたまた、おやじさんと前世で強い結びつきがあるのか。
いや、もしかしてこの店は迷子が引き寄せられる龍脈のようなものが通ってるんじゃないのか。
俺しかり。
「まだ巡回の時間じゃないからね、困っとったんだ」
「はあ」
気のない返事は、今後の展開が読めたから。
おやじさん、使えるものはガキでも使う人だから。
この店が繁盛する理由がわかるってもんです。
「ちびはちび同士、仲良くやるわなあ」
問でも質問でもなく、断定。
泣きじゃくる子供の手を取って、俺に握らせてくる。
拒否権はないようだ。
「今度マリアルに生きのいいの差し入れるからよお」
ならよし!!
俺は空いてる方の腕をおやじさんと交差させ、約束を誓いあった。
体は人のように戻っても、魚は好きなんだ。
俺の猫の部分が訴えかけてくる。
俺のソウルにフィッシュをトゥギャザーしろとな。
以上の理由から、只今の俺、噴水前で子供をあやしているわけです。
おやじさんに遠まわしに「ほら、お小遣いやるからあっち行け」としっしっされてしまいまして。
場所移動。
全然遠まわしじゃないし。
自分につっこんだり。
「にっ、おにっ、にっ」
鬼だとう。
この可愛らしいフェイスのどこに角が生えているというんだ。
耳なら生えてるけど。
帽子で蒸れるんですよ、これ。
「おにっちゃ、だっあれ?」
嗚咽混じりに聞いてきた。
俺はお前を誤解していたようだ。
本物の天使のように愛らしい。
同じく天使のようだが、マリアルにはない素直な心。
癒やされますな。
「にゃんにゃんです」
「うっうそだぁ」
ほんとなのに。
まあいいや。
俺は近くの出店で買った、ぐるぐる巻きのアイスを手渡す。
「わ、あいす!!」
飛びついた。
かわした。
ビタン。
子供は勢いよく転んだようだった。
客観視。
「…う、うっ、うぐぐ」
再び嗚咽が始まる。
うつ伏せに倒れたまま、小さく震える。
なんてことをしたんだ、俺。
ちょっと楽しかった。
「わりわり、ほら」
片手で小さな手を掴み、起こす。
アイスをかわさずに手渡し、服についた砂や汚れをポンポンと払った。
子供は転んだことも忘れ、アイスに夢中であるらしい。
されるがまま。
「うまいかー?」
「うん!!」
地味な会話をしながら、ベンチに座らせる。
子連れの奥様が生暖かい目で見てくる。
毛色は違えど、兄弟のようなマネをしている俺らが微笑ましいらしい。
「おにいちゃんはいいひとだね」
アイスをちまちまと食べながら、舌足らずに話しかけてきた。
小動物のようだ。
今、アイス取ったらどうなんのかなあと俺は考えていた。
「それはどうかなあ」
この子供のいい人の判断基準は、さらってくれよ、と言わんばかりのものであるらしい。
「わるいひとなの?」
首を傾げいるつもりだろうが。
体全体で表すものだから、持っていたアイスも傾げた。
落ちろ。
「今の俺の心の中は悪人そのものだったよ」
落ちろって。
「…ならば、チセはおにいちゃんについてゆくことはできません」
「アイス返して」
「てっかいします」
現金な子供だった。
「チセっていうの?」
「ほんとはもっとながいけど、みんなはチセってよんでくれるの」
にぱぁって満面の笑み。
薄暗いところのある俺は、吸血鬼が日光を当てられているような錯覚を覚えた。
あれ、俺の体大丈夫?
「チセはどこから来たの?」
応えはチセじゃなく、
「チセ様!?」
がっちがちの鎧から聞こえた。
小鳥はさえずり。
日差しは暖か。
噴水の水しぶきがキラキラ輝き。
白銀の鎧も同じく輝く。
お前なんだ。
「心配いたしました、また抜け出してどこへお出ででしたのです!!」
奥様方の視線が痛い。
そりゃまあ、ここに相応しくないビジュアルではあるし。
ああ、こっちに来るう。
「やだ、チセはかえらないもん!!」
鎧を半分無視してアイスを食べ終え、駆け出すチセ。
ああ、待て、そっちは。
ガクンと子供が視界から消えた。
「ばかやろ!!」
あとを追い、俺も消えた。
猫スキル。
条件反射発動。