猫。つないで。
イニアがお出かけしてくれたよ。
わーい。
ただ今、市場のど真ん中。
普段のパトロールでもくるとこだけど、いつもスイスイ通り過ぎるだけだから、気になって気になって夜はぐっすりだった。
快眠。
さておき。
甘い臭いやキラキラピカピカの飾りの数々、涎が出そうだね。
じゅるり。
「こら、引っ張るな」
イニアとお手つないで状態なので、走るとイニアも駆け足なのです。
ひょこひょこと生まれたての子馬よりも危なげな足取り、なんてことを言った日にゃ羽をちぎられそうだから言わない。
ただでさえ、俺を見て俺を思い出すみたいでね、はは。
当てつけかって苛立っているんですよ。
当たりが八個な話ですよね。
「イニアイニア、あのドーナツが食べたい」
「ドーナツ? 砂糖菓子のことか?」
「イニアイニア、あのモンブランか食べたい」
「モンブラン? ばか、どれ指してるんだ」
「イニアイニア、あのチョコレート食べたい」
「あれは馬糞だ」
楽しくて仕方ない。
そういえば、こっちに来てから純粋に遊ぶことなんてなかったなあと、思い返す。
猫だから仕事もしてないわけなんだが。
あは。
「子供は元気過ぎてうざい」
ため息を吐きながら、イニア。
反対の手には、俺が押し付けた半分この砂糖菓子。
「イニアだって、小さい頃あったでしょー」
頬を膨らまして反論。
猫になってから、精神まで猫に近づいている気がする。
思ったことを素直に伝えられる。
幸せだ。
「こういうことはなかったな」
少しぼんやりしながら、イニアは呟く。
寂しそうにみえたので、くっつくくらい近くに座る。
「疲れたか?」
優しいイニアは気持ちが悪い。
すまないが、背中にゾクゾクとと悪寒がした。
そうとは知らず、どっかに座るかと歩き出すイニア。
噴水、噴水を囲んでベンチ。
着席。
「じゃあ、イニアは小さい頃に何をしたんだ?」
興味本位だが、なんか今日は優しいので、応えてくれると思う。
明日から働かなきゃいけないから、ナイーブなんだろう。
その気持ち、だいたいの社会人が自分のことのように頷いてくれるはずだ。
「これといって」
「何をしたんだ?」
「大したことはしていない」
「何をしたんだ?」
「…」
薄気味悪そうな視線を頂いたけど、めげることなかれ。
だって、俺とマリアルは家族なんだ。
マリアルがそう言ってくれたから。
なら当然、俺とお前も家族のはずだ。
息子よ。
母さんになんでも話してごらん。
心を開くんだ。
さあ、れっつ観音開き!!
「…孤児院で、ちびどもの服洗ったり、剣術の訓練に通ったり」
「は?」
な、なんだこのシンデレラ!!
俺がお涙ちょうだいに弱いと思うてか。
ばか、いつか王子様が来てくれるよ。
絶対だよ。
「あ、なのに子供の扱い下手くそな?」
ぷぷぷって笑ってやった。
「ああ、マリアル以外は俺を怖がってな、近づいて来なかった」
おい、笑った俺が鬼みたいやないか。
そんな風に飼い主に置いていかれたんです、きゅーんみたいな目をしてもダメだ。
うちでは飼えません。
俺のが居候だけど。
うむ、この外見を生かすか。
こちらの年齢で、10歳くらいなんだって10歳くらいなんだって。
それを聞いた時の俺の衝撃。
そりゃ、もともとの世界でだって小さい方でしたけどね。
確実に俺より下のマリアルが、お兄さんぶるわけですよ。
誤解は解かなかったけどね。
説明出来ないし。
それが今、輝こうとしている。
ああ、神よ。
私がこの容姿だったのは、この時のためだったんですねふぁっく。
「俺は怖くないよ」
多分、俺のが年上だよ。
なでなで。
「お前は少し怖がれ」
ため息。
シンデレラは少し傲慢です。
だからマリアルにいじめられます。
ふん、ざまあ。
いや待て、ここは年上の威厳を見せつけるところ。
気づかれないけどね!!
「じゃあさ、なんかしたいことない?」
「したいこと?」
「そう。幼い頃にしたかったこと」
ふと、空を見上げるイニア。
考えてるんだろう。
これが何も考えてないとしたら、なんて壮大なスルーなんだ。
「ない」
「ほんとに?」
「ない」
「うそだあ」
しつこいぞって叩かれたけど、俺はイニアの目を覗いて聞いてやる。
目は口ほどにものをいう。
「ほんとに?」
揺れた。
ほらね、ちゃんとあったろう?
我慢が上手で困る。
手のかからない、悪い子だ。
「親と手をつないで帰りたかった」
すまんが、二度見した。
少し顔が赤い。
お前、ほんとに仕事行きたくないんだな。
せつねえ。
ふむ。
でも、わからんでもない。
俺もやってもらったことない。
ちゃんと会話したこともないもんなあ。
にっこり笑う。
「今から俺を母さんと呼べ」
「呼ばん」
「否定が音速」
あ、気づいた。
「ママがいいのかい?」
「呼び方の問題じゃない」
「父さんかい?」
「性別の問題じゃない」
お前は馬鹿だ、と断定的な視線。
決めつけってよくないな。
イジメかっこ悪い。
「はい」
さっきと同じく、手を差し出す。
何も変わらない手だけれど、気持ちが違うことを、イニアはわかってくれるかな。
わからなくてもいいけれど。
君が寂しくないといい。
「ああ」
イニアが少しだけ笑った気がした。