猫。つぶされ。
イニア、とかいうらしい、この少年。
俺をぶらぶらしたまま連行中です。
ああ、空はこんなにも青いのに。に?
あれ、青くない。
なんだこの空ー。緑色ー。
俺は認めねー。
「にうにう」
「うるさい」
イニア、とかいうらしい、この少年。
俺の事が嫌いみたいです。
俺だって嫌いだ。
子供か。
そんなわけで、異世界四日目。
城のような建物に、イニア少年は躊躇なく入って行きます。
俺が小さくなってるせいもあるんだが、なかなかにでかい。
あー、自衛隊の基地がこんな感じだったかもー。
無抵抗な俺は思います。
門番さんの真っ白い歯が輝き、挨拶。
助けてくれないか?
「先輩先輩」
イニア少年、入り組んでてわからんかったけど、どこかの部署に元気よく入る。
別名、無遠慮に侵入。
こちらに背を向けている赤紙、徴兵されちゃう、じゃなくて、赤髪に飛びかかる。
俺ごと。
「にうぅ!!」
「ぐえぇ!!」
赤髪とは仲良くやれそうだと思った。
薄れゆく意識の中で。
「ごほっ、げほっ」
「先輩、年ですか」
「お前よりは老いてても原因はそれじゃねえ」
赤髪は息も絶え絶えに。
イニア少年、気にする気もないのか、手に持ったブツを見せつける。
言わずもがな、俺を。
「先輩先輩、手柄げっとー」
赤髪が不思議そうに俺を見る。
目があった。
あれまあ、綺麗な緑色。
俺が認めない空の色。
異世界でのカラフルは王道だからな。
俺はうんうんと頷いた。
「にう」
「猫だな」
俺の挨拶には見向きもせず、イニアに問いかける、赤髪。
俺だって傷つくんですけど。
「そう、一見はただの黒い悪魔なんだけど」
おい。
クロネコニャマトをも敵にまわしたな。
貴様は二度と引っ越しさせねえ。
俺をいそいそと赤髪の机の上に置き、座らせる。
俺の足と言わず、どこと言わず、もちろん汚れていたので、土が落ちる。
「こら」
イニアはどうでもいいように、作業続行。
こいつには一度、先輩の意味を教え直すべきだ。
「じゃーん!!」
右手で俺の右翼。
左手で俺の左翼。
広げられる。痛い。
「おー」
おー、じゃない。
俺の背中の、子供服に付いているような小さな翼が悲鳴をあげている。
千切れる、千切れるから。
そして裂ける、裂けちゃうから。
「珍しいな、子供の獣か」
「でしょでしょ、俺の手柄!!」
「あー、はいはい。どこで見つけたんだ?」
ここで眉をひそめるイニア。
少しトーンを落とす。
「それが、市のど真ん中なんです」
赤髪も眉をひそめる。
みんなひそめすぎ。
「…どうやって入り込んだんだ?」
俺に視線を戻す赤髪。
すまん、入り込んだっていうか、気づいたらここだったんだよ。
「にう」
「密売…、か?」
「可能性は」
俺を相変わらずスルー。
そりゃそうだろうけどさ。
イニアは翼をバサバサしながら答える。
その手が空いてるから弄ってます、みたいなの不愉快なんですけど。
「にうにう」
「…はぁ、ちょっと調べる必要があるな」
赤髪は唇をなぞりながら、思案顔。
よく見ると、うっすらと目の下にクマ。
どこか哀愁を感じさせる。
その表情なかなかエロい。
「イニア」
「なんすか」
「あまりちょっかいを出すな、どんな力があるかわからん」
「まだ子供ですよ」
これでも社会人だ。
もうすぐ、輝かしい地方公務員になれたはずなのに。
いらっしゃい、完全週休2日制。
おめでとう、定時で帰れる生活。
何故、俺はここにいるんだ。
「いつでも殺せます」
イニア少年、目が笑ってないし。
羽が数枚抜けたような音。
思わずぶるって、赤髪の膝に逃げる。
俺はキャットじゃなくて、チキンだったんですよ。
お鳥様ですよ。
「うお、こら」
ちょっと赤髪が慌てたけど、俺だって慌ててる。
こんな可愛い動物、いや、こっちでいうところの獣にそんなことを言うなんて。
普通らしい。
ひどい。
俺がここ三日間で学んだこと。
『獣は危険』
これが浸透した世界だということ。
俺の世界でのポケットには入らないであろう、モンスター。
あんな感じの異形の生物をこちらでは獣と呼ぶ。
動物は動物。まんま。
ともかく凶暴で残忍で、人間を襲う被害が出ているとかいないとか。
これが一般的な知識。
ゴミを漁っていた俺に、近所の奥様が奇声をあげながら必死に金棒を振り回してきたのは、二日目の朝でした。
+++おまけ
「…やっと、終わった」
俺は机に倒れ伏した。
身体がだるくて仕方がない。
昨日も一昨日も泊まり込みで仕事。
うちの管轄じゃない西の区画の書類。
あそこの貧困層についての報告書。
廊下を歩いていただけなのに。
背後から黒縁眼鏡に襲われ
「お願いねえ」
の、一言。
知るかって言えなかった。
隊長、あなた恨みを買いすぎです。
ほっとしたとたん、襲ってくる眠気。
大丈夫、急ぎの仕事はなかったはず。
少し、少しだけ寝よう。
イニア襲撃、5分前。