猫。つかまる。
腹が減る。
これは生きてる上で、どうしても離れられない欲求だ。
しかし、いつでもその欲求が満たされるかといったら、そうではない。
その時の、場所、時間、金銭、気持ち、条件を上げれば切りがなく。
明日の命を繋ぐための僅かな食料も得られない場合だって、ある。
大いに、ある。
そう、珍しいことじゃない。
大丈夫。
負けんな。
生きろ、生きよう。
お前、強い子だろ。
泣くなよ。
そう、ただ今の俺、まさしくそんな状況。
食物のように『奥義、光合成』を使えたら。
そんなくだらないことを、ここまで切実に思ったのは初めてです。
さて、馬鹿なことを言ってる場合じゃねえことは、自分がよくわかってる。
疑問符を地球の人口と同じくらい頭に付けてる俺だけど、やらなきゃいけない時はある。
ってことで、路地裏。
横路にそれる石段の隅で、色とりどりに並ぶ魚を狙う俺。
身一つの俺には、奪うという手段しかないのだ。
神よ、我が罪許したまえ。
そもそもお前のせいなんだから。
いないだろうけど。
店主が店の奥へと移動した。
狙うなら今。
一番手前のいわしのような、小さな魚に狙いを定め、駆け出す。
風と一体になる、ひと昔前のマンガの受け売りを実践。
「にう!!」
気の抜ける声の主は、俺。
へっへーん、げっとげっとー。
なんだ、はじめからこうすればよかったー。
罪悪感?
それじゃ、お腹は膨れないんですよ?
あとは足早に安全なところへ。
ここで捕まるようなアホではないのだ。
ひょい。
だらーん。
「にうにうー」
全力でアホでした。
やっぱり悪いことはできないってことなのか、これは。
離してー、と自慢の爪で暴れるも効果なしです。
お前、その手袋革製?
それともなんちゃって合皮?
ちゃんと素手で勝負しろやあ。
濃い緑の軍服?を着た金髪を見上げる。
モデルにもなれそうな、ナイスガイ。…ガイ?
俺より年下か?
少年は俺に、こら、と怒って店の方に歩きだす。
周りは自然と少年に道をあける。
軍人様はどこの世界でも偉いってか、へっ。
首根っこをぶらぶらされながら、あくだれた。
ストラップのような扱い。屈辱ー。
「おやじさーん、小さな泥棒にやられてんぞー」
ああ、ぶらぶらするな。酔うじゃないか。
店の奥から初老の男。
「ああ、イニアか。ありがとよー、盗られた魚の保証も頼めるかい」
「なんでだよ。あんたのミスだろー」
「お前が小さい頃、うちの…」
「おまかせ下さい」
お友達らしかった。
「ほら、お前も謝れ」
少年が俺を上下に動かした。
「もうしませーん」
アフレコ付きだった。
舐めてんのか。
「あれ、お前…」
やばい。
先ほどとは打って変わって、声が真面目っぽいです、少年。
お仕事モードですかですね。
俺は柔らかい体を生かし、反動をつけて前に回転する。
逆上がりをイメージして下さい。
もとからそんなに強くは掴まれていなかったらしく、スルリと抜けて、少年の手の甲に着地。
「にう!!」
失敗。
落ちた。痛い。捕まった。
「お前、獣か」
少年から不穏な気配。
おやじは目を丸くしてた。
俺は背中が痛い。
「おやじさん、気をつけてね」
おやじが返事する間も与えず、来た道を引き換えす少年。
先ほどよりも強くなった拘束が、俺の口から魚を引き離しました。
ぼたっ。
石で出来た立派な道路の上に落ちた魚は、恨めしそうに俺を見送りました。
+++おまけ
「にう」
俺が何をしたと言うんだ。
贅沢なんて、ホイップクリームを単体で舐めるとか、ハムを切らずにかぶりつくとか、魚肉ソーセージをそのまま食べるとか、慎ましいものだったじゃないですか。
そんなにダメでしたか。
それともあれですか。
仏壇のまんじゅうを食べた俺への、ばあちゃんのイカズチですかこれは。
ばあちゃん、だって賞味期限。
賞味期限がね。
「てってってて、ずんちゃんずんちゃん、てれてれってってててれって、てててて、てててて、てててってーてててー、てれてれ、てってん、たらららんら、ずんちゃんずんちゃん」
俺を捕まえてご機嫌な金髪。
全てのパートを1人でこなす、鼻歌。
ああ、ちっちゃいおっさんが茸を追いかけてる。
ああ、ちっちゃいおっさんがブロックにひたすら頭を打ち付けている。
ああ、ちっちゃいおっさんが土管に吸い込まれた。ボーナスステージの始まりだ。
なんという白昼夢。
ごりごり。
そう、きっとそれは地面との触れあいが見せた幻。