「あの祠を壊せたんか!?」と見知らぬおじさんは言った
友人との飲み会で、趣味で都市伝説を集めているという話をしたら隣町にもあると教えてもらった。
話を聞いた俺は、さっそくその週末に都市伝説の地へと向うことにした。
都市伝説の場所は新興住宅地のそばにある。
土地を開発しているときに何度も事故があり、念のために周囲を調べたところ壊れた古い祠があったそうだ。
業者が祠を移築したところ事故はピタリと止まり、工事は順調に終わったという。
何を祀っていた祠かわからないそうだが、その土地の周辺には蛇の妖怪の伝説があるからおそらくその蛇を祀ったのだろう。と、この都市伝説を教えてくれた友人が話していた。
祠を探すのは簡単だった。
なんせ、グーグルマップに載っている。地図を利用したゲームのポータルとかスポットとして登録されているのだ。
友人から教えられた位置情報を元に迷うことなく到着。雑木林に隠れるようにたたずむ祠の前に立った。
祠は1メートルほどある高さの土台の上に、高さ50センチほどの小さな祠が載っている形だ。
祠はシンプルで飾り気が全くない。扉はついて無くてがらんどうの中が丸見えになっている。石の一つも置かれていない。
こまめに掃除しているのか供物も賽銭もない。土台と祠だけが立っている。
木陰で薄暗いせいか雰囲気がある。
石造りで苔むしているのがなんとも味わい深い。木漏れ日が当たって幻想的に見える。
祠の周りは適度に踏み固められていて歩きやすい。草刈りもされているらしく、木々の間にぽっかりと空間ができている。このあたりでは有名な都市伝説らしいから見学者も多いのだろう。
祠の周りをぐるりと回って全体を見る。やけに歩きやすい。移築した業者がしっかりと整地したのだろう。
祠には何を祀っているか示すものが無い。扉や台座に何かが書かれているわけでもなく、開いている祠の中は空だ。あえて言うなら、こういった田舎の小さな祠にありがちな鳥居が無いのが特徴と言えるだろう。
正直な気持ちとしては、がっかりした。
古ぼけて雰囲気がいいだけの祠だ。怪しいところは見当たらない。
何も置いておらず、何も書かれてないから祠の情報が少ない。
近所の家に突撃して聞き込み調査でもしたら収穫があるだろうか。
祠の形をじっくりと観察しながら脳内にある神社の建築様式と比べる。屋根の形はあまり見たことがない。あえて言うとさっき見た蔵の形に似ているかもしれない。さっき通り過ぎるときに見たご近所の蔵がこんな形をしていた。
あの蔵のある家がこの祠の持ち主だろうか。
観察を続けながらゆっくりと移動する。正面から側面、そして後ろ側へ。そこからぐるっと回って正面に戻る。
なんとなく蔵っぽい。扉にあたる位置が蔵の入口を思わせる形をしているのだ。
祠は石造りのようだが、材質はなんだろう。側面にも後ろにも継ぎ目らしいものが見えない。板状にした石を組み合わせて作ったのだろうか。やけに頑丈そうだ。屋根まで一枚の石で作られているのか、瓦がなくてのっぺりとしている。
全体的に表面が少しざらついている。コンクリートかセメントか? いわくつきの祠が壊れないよう頑丈にしたのか? 素材のせいか、作りがちょっと雑に見える。建築のプロが作ったように見えない。
ぐるぐると回って後ろ側で足を止め、背面からじっと眺めているうちに気になる部分を見つけた。
祠と土台の間に隙間がある。
なにか隠してあるのか?
よく見ようと近づいて、さらによく見ようと中腰に。
先日、痛めた腰が治ったばかりだったために腰に負担をかけないよう思わず祠に手をついた。
すると、
「うわっ!」
祠が前にずれた。
慌てて姿勢を直そうと、腕に力が入った。体重が手にかかり祠を押すようなかたちになってしまう。
押された祠はさらに前にずれて……
ガシャン! と音をたてて土台から落ちた。
「や、やっべ! うわ、壊れてるどうしよう。え、これ誰に言えばいいんだ? どこの? 誰の持ち物?」
慌てた俺は、小走りで近所の家に駆け込む。
あの祠に似ている蔵がある家だ。
「すいません! あの、あそこの林にある祠を見に来て、その、壊してしまって……どうしたらいいですかね。どなたの持ち物かご存知ですか? 弁償とか、誰に払えばいいですか。いくらぐらいになるんでしょう」
出てきた初老の男性に早口でまくし立てる。
男性は見知らぬ俺にちょっと顔をしかめたが、祠を壊したことを自供すると目を見開いて叫んだ。
「お前、あの祠を壊せたんか!?」
「えっ?」
「いやあ、作ったはいいがいろんな人が来て夜中に騒ぐしゴミを捨てていくしで、迷惑してたんだよ! かみさんがさっさと壊せって怒ってたんだが、せっかくだからと頑丈に作ったら全然壊れねぇでやんの! グーグルのマップにも載ってやたらと人が来るようになってさぁ。その辺に車を停めて車庫から車が出せなくなったりして迷惑してたんだよ」
迷惑してたって二回言ったぞこの人。なんかすいません。
「あんたが壊してくれてよかったよ! 業者に頼んでもいいが、あんな素人仕事のゴミを金かけて壊すのもさぁ嫌だろ?」
「は、はぁ」
「平成の始めくらいに怪談ブームってあっただろ? あれでこの辺にもなんか欲しいなって、町内会で話してさぁ。子供会の肝試し用にって作ったやつなんだよ。近所のやつらとコンクリで型作って固めてやったのよ。できるだけ安くって、適当に作ったの。それがなんだか噂になって、背びれ尾びれがついて全然知らない話になってやがるの。誰が言い出したんだろうねぇ」
誰が言い出したんでしょうね、本当に。
作り話につられてホイホイ来た人がここにいますよ。いたたまれない。
謝罪する気マンマンで尋ねたはずなのに、知りたくなかった情報が出てきたことでどんな顔で話を聞いたらいいのかわからない。苦笑いすら浮かばない。たぶん笑顔を作ろうとして失敗している引きつった変な顔をしているだろう。
「で、あの、すいません。俺、触ってしまって壊してしまったんですけど、弁償とかどうしたら」
「あーいいのいいの。どうせ壊すつもりだったやつだから。むしろ壊してくれて助かったよ! で、あんちゃん、あんなとこになにしに来たの?」
いたたまれねぇ!!
「……あの、都市伝説とか、そういうのを集めるのが好きで。友達からここの祠にいわくがあるって聞いてそれで」
「いわくなんざねぇのにねぇ。ただの子供会行事に使う小道具だよ?」
「知らない人からすると、なんであんなところに祠があるかわからないんで。それで、いろいろと想像するんじゃないかなと、そう思います」
「はぁー想像力豊かだねぇ。まあ、もう壊れたからいいけどよ。ところで壊れたって土台から?」
「いいえ。上の祠のところが土台から落ちて割れてしまって。その、すみません」
「謝んなくていいよ。土台は残ったのか……めんどくせぇなぁ。鉢植えでも乗せておくか?」
「また変な噂がたつからやめたほうがいいと思います」
「そう? また人が来てなんかあったら面倒だし、物を置いていかれても掃除が面倒だし、看板でも立てておくかな」
「看板ですか?」
「そう『私有地』ってね。まあ、それでも入ってくるやつは入ってくるけどさ」
いたたまれなさが増す。
そうですね。私有地ですよね……本当に申し訳ありません。
「俺も勝手に入ってしまって申し訳ありませんでした」
「もう入っちゃったし、次から気をつけてくれればいいよ」
「すいませんでした。じゃ、あの、これで失礼します」
「はいよ。あれ壊してくれてありがとさん」
初老の男性は玄関を閉めた。
俺は速やかに踵を返し、その場を立ち去る。
とりあえず、最初に蛇の妖怪が云々って言いだしたやつは電車とバスが毎回目の前で発車する呪いにかかれ。
俺はいつもよりちょっとお高いラーメンを食べてから帰った。
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翌週、祠の話をしに行った家にお詫びの菓子折りを持って行った。
向こうは祠が壊れて喜んでいたけれど、私有地に入って私物を壊したことにかわりはない。
前と同じ人が出てきて「別にいいのに」と呆れた顔をして菓子折りを受け取ってくれた。
もう一度頭を下げて謝罪してから家を後にする。これで禊は済んだ……と思いたい。
気になったので再び祠があった場所を訪れる。
今度は雑木林に入らず、道路から祠があった場所を見てみる。そこにはもう看板が立っていた。
『私有地につき立ち入り禁止』
俺は看板があることを確認してから帰った。あのおじさん仕事が早い。シゴデキおじさんだ。
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そんなことがあって、都市伝説を追いかける情熱はだいぶ薄れてきている。
かわりに興味を持ったのは郷土史だ。
あの祠に後付けされていた、蛇の妖怪の伝説を追いかけているうちに面白くなってきた。
蛇の妖怪について調べるついでに、あの祠の噂についても調べてみた。
新興住宅地であるのは本当。工事中に事故があったのは本当。ただし一度だけで人身事故ではなく、積んであった資材が夜中に強風で崩れただけだった。
祠の来歴はあの男性が話していた通りなのだろう。
一通り調べたらスッキリした。これはこれで話のタネになる。
俺に祠のことを教えてくれた友人に顛末を話したら、きっと笑ってくれるだろう。
近いうちに飲みに誘って話してやるか。どんな顔をするか今から楽しみだ。
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