苦労していない幼い顔をしてる? そりゃあ苦労しないような仕組みを作りましたからね
子爵令嬢リゼア・ラブルは小柄な令嬢だった。
肩ほどの長さの栗色の髪が外側に跳ね、大きくくりっとした目をしている。
リゼアは兄からこんなことを言われたことがある。
「お前を見てると、ついカゴの中に入れたくなっちゃうよな」
「あら、大切に育ててあげたくなるってこと?」
「ヒマワリの種とかよく食べそうで」
「ハムスターってこと!?」
けらけら笑う兄に、リゼアは頬を膨らませた。
確かにリゼアはどこか小動物のような印象を抱かせる娘だった。
だが、決して小柄だからというだけではない。
ちょろちょろと動き回るし、細かいところによく気づくのだ。
「お父様、ソースかけたいんでしょ。はい、どうぞ」
「おお、ありがとう」
「後でソース取ってくれって頼まれるより、先に渡した方が早いものね」
「リゼアには敵わんなぁ」
気づく上に行動が早く、テキパキ動く。リゼアがいると、自然と周囲の人間の能率も上がっていった。
こんなリゼアの素質は、十二歳を迎える頃にはますます開花していく。
リゼアは父親の仕事に口を出すようになっていた。
「お父様の書庫って、分類がメチャクチャ! 整理してあげるわ!」
「すまない。助かるよ」
「お父様が苦労すると、私も苦労するはめになるしね」
他にも――
「お父様、もっと下の人が意見しやすい仕組みを作るべきよ」
「えっ、十分耳を傾けてるつもりだが……」
「いいえ。みんな遠慮してる。お父様から積極的に土を掘り返していかなきゃ!」
「す、すまんな」
もはや父ですらリゼアにはたじたじだった。
こうした助言は的を射ており、“可もなく不可もなく”という状態だったラブル家の経営は少しずつ上向いていくことになる。
王国では、貴族女性のティータイム時、侍女は立って見守っていなければならないという慣習があった。
だが、リゼアはそんな慣習に待ったをかける。
「ねえ、座っていいわよ。ずっと立ってると疲れるでしょ?」
「え、ですが……」
「仕えている家の娘がおやつを食べている時、侍女はずっと立ってなきゃいけないなんて、くだらない慣習よ。なんなら一緒に食べない?」
「よろしいんですか?」
「ええ、何か言われたら『リゼアにおどされた』って言ってくれればいいから」
「ふふっ、そんなことはしませんけど……ではご一緒させていただきます!」
リゼアは侍女とともにクッキーを食べた。
これはずっと後のことであるが、この逸話は広まり、ティータイムに侍女を立たせておく慣習は消えていくこととなる。
十五の誕生日を迎える頃には、リゼアは領内でも一目置かれる存在となっていた。
***
程なくして、リゼアは社交界デビューを果たした。
リゼアが自分の領の経営状況を改善させたことは社交界でも広く知られるところとなっており、さっそく一人の男が彼女に婚約を申し込んだ。
それが伯爵令息バゼル・ニューゲンであった。
バゼルはニューゲン家長男であったが、今は後継者争いの真っ最中であった。
領内の一部区域の統治を任され、その結果次第で次期当主になれるかが決まる。
能力を見込まれたリゼアは、張り切ってバゼルの手伝いを始める。
――のだが。
「バゼル様、無駄遣いが多すぎますね。交際費や美術品の購入は極力抑えるべきかと」
「もっと民の意見に耳を傾けてください。でなければ優秀な領主にはなれませんよ」
「なんですか、このデタラメな収支報告書は。きちんと書き直してください」
リゼアは持ち前のテキパキぶりを発揮し、バゼルに向かって問題点を次々指摘する。
だが、これがバゼルにとっては面白くなかった。
(なんなんだ、この女……! 俺の周りをちょろちょろと……!)
バゼルからすれば、リゼアに求めていたのは「バゼルに一切負担をかけず、なおかつ領地経営を上手くやってくれること」だった。ところが、リゼアはバゼルの急所を突くようなことばかりする。
彼からすればうっとうしく、耳の痛いことこの上なかった。
整った目鼻立ちを歪ませ、不満をあらわにする。
「おい……リゼア!」
「なんでしょうか?」
「お前、なんなんだよ! 俺のやることなすことにケチをつけて!」
「だってしょうがないじゃないですか。バゼル様のやっていることにはあまりにも無駄が多すぎます。少しずつ改善していきませんと、次期当主になれませんよ」
「……!」
これにバゼルはついに――
「お前は貴族の苦労が分かってない。派手に散財するのも貴族の仕事のうちなんだ。子爵家程度の生まれのお前は、その苦労を知らないから、未だにガキ臭い幼い顔をしているんだ」
痛烈な言葉を浴びせられるも、リゼアの表情は変わらない。
「そりゃそうですよ。私は苦労しない仕組みを作ってきましたから」
毅然と返され、バゼルは眉間にしわを寄せる。
「もういい。お前なんかいらん! 婚約破棄だ!」
「分かりました。それがお互いに苦労がなさそうですね」
「だったら今日中にこの領地から出ていけ!」
「はい、今までお世話になりました」
リゼアはテキパキと荷物をまとめ始める。
すれ違いを解消することはできず、こうしてリゼアの半年間の婚約生活は終わりを告げた。
***
婚約破棄されたリゼアは、ラブル家の経営を手伝いつつ、各地の夜会に参加した。
兄はその行動力に感心する。
「リゼアは強いな。せっかくの婚約を潰されて、なのに落ち込む様子もない」
「まあね。だって、落ち込んでても後々苦労するだけでしょ? 私は苦労が嫌いだから」
ひとたび夜会に参加すれば、相変わらずちょこまか動く。
挨拶をし、料理を切り分け、飲み物を注ぎ……。その働きぶりは、メイドや執事以上であった。
グラスからワインをこぼしてしまい、スーツを汚してしまった男性がいた。
リゼアは目ざとく発見し、サササッと近づく。
「すぐシミを取ります」
リゼアはハンカチを用いて、たちまちシミを拭き取ってしまった。
「ありがとう。気が利くね」
「いえいえ、すぐ取らないとより苦労することになるでしょう? 嫌いなんです、苦労」
「なるほど、素晴らしい考え方だ」
彼の名は、公爵令息ロレンス・ハルバーディスだった。
さらさらの金髪を六四で分け、澄み切った碧眼を持ち、グレーのスーツを着こなしている。
二人はこれをきっかけに意気投合する。
ロレンスもすでに領地経営に携わっており、リゼアとは話がよく合った。
夜会が締めくくられる間際に、ロレンスが誘う。
「リゼア。今度、私の領地に来ないか?」
「ぜひ!」
リゼアはピョンピョン跳ねた。その様もどこか小動物のようで愛らしかった。
***
ハルバーディス家の領地は、公爵家だけあって広大であった。
緑豊かで、街並みは美しく、活気に満ち、王都以上に金銭を生み出している。
国内で最も産業的に進んでいる土地というのは間違いない。
だが、ロレンスは険しい顔をする。
「順調に見えて問題は山積みだ。肥大化した組織というのは必ずどこかが歪み、淀み、腐る。ハルバーディス家という巨大な傘の下で、数多くの膿がうごめいている。私はその膿を全て自分の代で出してしまいたい。そのためには、優れたパートナーが必要だ」
「……」
「私はあの夜会で君にその可能性を見た。が、相当な苦労をする羽目になるだろう。引き返すなら今だ」
ロレンスはあえて領地が抱える問題を公表し、リゼアに判断を委ねた。
玉の輿に見える、茨の道。
そんな貧乏クジは引けないと断るか、それとも――
リゼアは微笑んだ。
「苦労するの……嫌なんですよねえ」
言葉とは裏腹に、リゼアの目はキラキラと輝いていた。
「だったら苦労しない仕組みにしませんとね!」
ロレンスは一瞬驚くが、すぐ穏やかな顔つきに戻る。
「君は苦労が嫌いというが、決して苦労から逃げるタイプではなく……苦労を楽しんでしまうタイプだね」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
握手を交わし、ロレンスはビジネス上のパートナーとしてリゼアを迎え入れた。
ここからのリゼアは水を得た魚のように――どころか、海を得た鯨のようであった。
小動物のようにちょこまか動きつつ、領内の問題点を洗い出していく。
時にはロレンスにも躊躇せず厳しい指摘をしたが、ロレンスはそれを快く受け入れた。
「耳が痛い……だからこそ薬になる」
リゼアもまた、ロレンスが自分の意見を採用してくれることが嬉しかった。
ある時、二人でお茶をしている時、神妙な面持ちで尋ねる。
「昔、私はこんなことを言われました。『お前は苦労を知らないから、ズバズバと指摘ができる』と。ロレンス様はなぜ、私に何も不満を言わないのです?」
ロレンスは答える。
「そんなの決まってるさ」
「?」
「私も苦労が嫌いだからだよ。君の意見を受け入れれば、確実に未来の苦労が減るからね」
「ふふっ、なるほど」
「それに……君と仕事をしている時は、ちっとも“苦労”を感じないんだ。語弊があるかもしれないが、やりがいのあるパズルを一緒に解いているような気持ちになれる。君はどうだい?」
リゼアはにっこりと笑う。
「私もです。ロレンス様とお仕事するのが楽しいです!」
「……ありがとう」
パートナーになった時と同じように、手を握り合う二人。
しかし、そこに宿る熱は、単なる協力者としてのそれではなく――二人の顔はほのかな赤みを帯びていた。
リゼアとロレンスは程なくして婚約。二人三脚によって、ハルバーディス家はさらなる発展を遂げることになる。
一方、かつてリゼアを追い払ったバゼルはというと、後継者争いに完敗していた。
婚約破棄の後、彼なりに領地経営を進めていたのだが、やることなすこと上手くいかず、元々の散財癖も手伝って、任されていた地域の領民から苦情が殺到する。
不甲斐なさすぎる結果に、バゼルは父から叱責を受けることになる。
「お前は後継ぎどころか、我が家の人間に相応しくない!」
「ひいっ!」
バゼルの父は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「あのリゼアという娘を置いておけばこんなことには……。もはやお前には下働きぐらいしかやらせられんな」
「そ、そんなっ……!」
バゼルの弟が当主に選ばれ、バゼルは屋敷の清掃などをさせられるも、耐えきれなくなって反乱を計画。が、あっさり露見。あまりのお粗末さに、弟も「これを“反乱”としてしまうと、私の恥になりそうだ」と酷評した。
もはや貴族として裁く必要もないと、鉱山送りへ。名誉なき重罪人として、過酷な終わりなき“苦労”を強いられることとなる。
***
リゼアはロレンスの妻となった。
夫人となってからも献身的に働き、周囲からは「ハルバーディス家は新たな時代を迎えた」と評されるまでになる。
これに伴い、リゼアの実家であるラブル家も多大な恩恵を受けることができた。
兄から礼を言われた時、リゼアは「お礼はヒマワリの種でいいわよ」とジョークを返す。
ある昼下がり、リゼアはロレンスに出かける旨を伝える。
「行ってらっしゃい。どこへ行くんだい?」
「久しぶりにお友達と会ってくるわ」
「そうか。ゆっくりしてくるといい」
「ありがとう、あなた」
ある邸宅で開かれたサロンにて、同世代の貴婦人たちと再会を果たす。
すると――
「リゼアさん、また若々しくなってない? 全身が輝いて見えるわ!」
「ホント! 羨ましいわぁ~」
「あの頃のまま、気品が身についたって感じ!」
「そうかしら……?」
ハルバーディス家でさまざまな難関を乗り越えたことにより、今のリゼアは10代の頃よりも若々しくなっていた。
羨ましがられ、秘訣などを聞かれるも、リゼアは答えに窮してしまう。
(秘訣と言われてもね……。もっと大人っぽく見えるよう化粧を変えてみようかな……)
嬉しいような、もっと年相応になりたいような、そんな心境のリゼアであった。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




