【6】
翌日、召使たちに手伝ってもらい、着替える。
ーよく寝たような、寝なかったような…。
雅巳と顔を合わせるのが恥ずかしかった。ドキドキしながら、身支度の整った凛は、彼に挨拶をする。
「おはよー」
「ああ…」
こちらを向かずに雅巳が返してくれる。何とも2人の間に微妙な空気が流れる。もしかしたら、雅巳も照れてるのかもしれなかった。
ーそれはないか。
期待しないようにし、頬を叩く。しっかりしろ、自分と気合を入れたのだった。
「よし、行くか」
「はい」
雅巳に続いて回廊に出る。昨日の雨が嘘のように青空で、秋晴れだった。頬にさらりと流れる風が気持ちが良い。しずしずと雅巳についていった凛だが、突然悲鳴をあげる。
「きゃあ!!」
視線の先は庭にあった。昨日の雨のせいで、板や戸が飛んできたのもあるが、庭の一部がひどいことになっていた。
「どうしたんだ?」
「庭が…、庭の一部が切られていて!!」
凛はそちらを凝視しながら、指を向ける。緊張しているので、少し震えていた。雅巳が急いで視線を向け、つぶやく。
「誰が一体?」
そう思っているのは、庭に立つ男ー空明もそのようだった。切り取られた樹木に触れ、葉をつまんでいる。
「どうなさったの?」
反対の回廊から、麗がやってきた。凛は庭を指さすと、
「まあ…」
ひどい有り様に手を当てる。それから、険しい顔つきで、
「明、命令です。元に戻しなさい」
と言うと、明が礼をし、言う。
「御意」
「では、皆様、行きましょう」
踵を返した麗に、慌てて言う。
「えっ、大丈夫なんですか?」
「彼の仕事は彼の仕事。取り上げてしまっては酷ですわ」
「…なるほど」
後ろ髪を引かれる思いで、麗の後についていく。すると、
「ー大変です! 大変です!」
宦官が走りながら、やってきた。麗は立ち止まり、不快そうに扇を広げ、
「何ですの、黒命」
男ー黒命と呼ばれた宦官は本当に焦っているようで、身振り手振りが激しい。言葉もなかなか出てこないようで、口の端に泡ができる。
「落ち着きなさいませ、何が言いたいの?」
「それが…」
ちらりと凛と雅巳が見られ、お互い顔を見合わせる。自分達がいてはまずいのだろうか。
「あの、その、よければ先に行き…」
「不要ですわ。早く言いなさい」
扇をピシャリと閉じ、麗が言う。命は音に反応し、目をつむって肩をすくめた後、注意したように言う。
「金庫が、金庫が…」
「金庫? それがどうしたというのですか?」
「盗まれたんですよ!! 金庫の中身が!!」
「はっ?」
さすがに麗もびっくりしたのか、目をしばたたかせる。もちろん、凛と雅巳もバッチリ聞いてしまった。
ー金庫の中身が盗まれた? 大ごとじゃない。
心の中で焦ったのは凛のみなのか、雅巳は冷静だった。
「まずいのじゃないか? 早く行け」
「ええ、行きますが。誰が一体…」
麗が悔しそうに爪を噛む。金庫を開けられたということは、ある場所も知っており、番号を知っているということになる。つまり、身内の可能性が高いらしい。
ーそんな身内に犯人が居るなんて…。
凛が麗に声をかけようとすると、彼女が手をあげる。
「これは周家の問題ですわ。立ち入らせるわけにはいきません」
「そんな…。あのでも、皆で探せば…」
「お前は黙っていろ」
雅巳に厳しく言われ、凛は口を閉じる。今は陳華穂を演じなければいけないので、大人しくすることにした。
「役所に届けません。大騒ぎになりたくないので。お父様とお母様は?」
「既にご存知です」
「では、私も参りましょう。ーお二人とも」
振り返られ、どきりとする。目が鋭く、氷の女王のような表情に冷たいものを感じる。
ー怒って当たり前だよね。
金庫は開けられて、中身がなくなったと言われたら、誰でも冷静でいられるわけがなかった。
「茶館に送りますわ。どうもありがとうございました」
軽く礼をされ、凛が慌てる。
「あの、こちらこそ、泊めてくださってありがとうございます」
何とか落ち着いて挨拶ができ、ホッとする。
「お父様とお母様に礼は…」
「いれませんわ。ー命、この2人を馬車へ」
「はっ。こちらへどうぞ」
招かれたので、凛と雅巳は後についていったのだった。