【5】
しかし回廊に出た途端、どしゃ降りの雨になった。しかも風も強く吹いて、襦裙にも飛んでくる。
ーうわ。汚しちゃいけないのに。
回廊の隅に移動しようとした時、雅巳が言う。
「困ったな、これじゃ動けないぞ」
「えっ!? 馬車は…」
麗を見ると、深刻そうに息を吐き、告げてくる。
「ー今日はうちに泊まっていってくださいませ」
「え? あの、でも」
「何が何でも帰りたいよな」
「そうよ、うちの人も心配するし」
雅巳の袖を引っ張り、賛成すると、麗が朗らかに言ってくる。
「その心配ならありませんわ。ちゃんと甘味処に連絡させます」
「そうなんですか! …きゃ!!」
冷たい飛沫とともに雷が鳴って、飛び上がる。雅巳はその状況を見て、「ふう」と息を吐き出す。
「ここはあんたの意見を受け入れるか」
「雅巳さん、あの!!」
「しょうがないだろう。この天気じゃー」
雨は続くようで、真っ暗な雲が広がっている。時々、雷が驚くように走り、凛は怖がる。
ー何だって急に!! もう!!
空を睨み続けるが、状況は変わりそうにない。雅巳を見ると、うなずくので、諦めることにした。
「申し訳ございませんが、泊めさせていただけませんか?」
丁寧語で話すと、麗が手を叩いた。すぐに召使いの女の子たちがやってきて、命令される。
「部屋の用意をしなさい。良いわね」
「はい。かしこまりました」
「私は先に休ませていただきますわ」
そう言うと、麗を腕を天に伸ばしたあと、歩いて行ってしまった。どれくらい待つのだろうと思っていると、意外なことにすぐ呼ばれる。
「こちらにどうぞ」
少女についていくと、一部屋開けられる。どうやら、客人の泊まるところらしく、大きなものが置かれている。
ーあの…。1つしかないんですけど。
顔が赤くなりそうなのを抑え、凛は床に注目する。大人2人寝ても余裕のありそうなもので、布団もふかふかしていそうだった。
「では、失礼いたします」
少女が去っていったので、雅巳と2人きりになってしまった。困って室内を眺めると、あまり不必要なものは置かれていないようだった。
「少し休むか?」
「は?」
雅巳が言い、床に腰掛ける。仕方ないので距離を取って座ると、柔らかな感触に心地良さを覚える。
ーすごい、良い床だ。
こんなのは始めてだった。お金が全てとは言わないけれど、庶民とかけ離れた生活だと認識する。
ー周家ってすごいのね。
改めて、思い知ったところで、突然雅巳が横になった。
「えっ、あの…」
「ちょっと疲れたから、寝る」
そういうともぞもぞと動き、凛に背中を向けてくる。凛はドキドキして、緊張し始める。
ーこれって一緒に寝ろってことよね?
1人残されては、何もやることがなかった。黙っているためにも一緒に寝る必要があった。
「ーあのじゃあ、私も…」
床に入り、背中を向ける。緊張するのは決まっているのは分かりきっていた。
ー心臓の音が聞こえませんように。
そう願い、手を組む。雅巳は寝たのか静かだった。
ーもう乙女の心が台無しよ。
少し怒ったが、すぐに目を閉じる。さすがに凛も疲れていたのか、すぐに寝息が聞こえてきた。