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【4】

「ーここですわ」

麗が足を止め、振り返って言う。どうやら、客間のようで、ひときわ贅沢な作りである。戸には玉なのか、光輝くものがあった。

「失礼いたします」

麗が一言言い、戸を開けると、すでに卓には男女が座っていた。

ーこの人たちがもしかして…。

男女とも40代くらいだろうか。素晴らしい袍と襦裙を着ており、堂々としていた。見るからにプライドが高そうだった。麗が鈴の音がしたような声で答える。

「父親の周真と母親の周若菜ですわ」

「周真と周若菜」

真は威圧感のある感じで、凛は少し後ずさる。若菜のほうは40代に見えず、麗と姉妹のように思えた。

「茶の用意はー」

「不要だ。それより、本題についてだが」

雅巳は怖くないのか、1歩前に出ると、2人に向かって言う。

「婚約を解消してはいただけませんでしょうか?」

本当にいきなりのことに、凛のほうがぎょっとする。思い切りのいいことをすると、雅巳が続けて言う。

「本人同士は結婚したいと申しておりません。むしろ、解消する方向で話がまとまっております」

すらすらと丁寧語を使う雅巳に、凛は呆然とする。

ーさすが、東側にいただけあるわね。慣れているのかしら?

自分も負けてたまるかと、麗の両親を見つめ返す。先に口を開いたのは真だった。

「そうなのか? 麗?」

問われた麗は扇を閉めるとはっきり答える。

「はい。少し前に解消したいと言われました」

嘘ではなく、事実を伝えると、今度は若菜が言ってくる。

「そうなの? でもね…」

麗とは違い少し意地悪そうな声に、凛は気をつけなきゃと気を引き締める。真が代わって答える。

「仕方ない。話はそちらの両親からしてきたものなのだが…」

低音でぎょっとするようなことを言ってきた。まさか、雅巳の両親から打診してきたものだとは思わなかった。

ー嘘。雅巳さんどうするつもりかしら。

様子を伺っていると、雅巳も堂々と返す。

「お金は発生してませんよね…」

「…、なるほど。賢いようだ」

くくっと真が笑う。一筋縄ではいかなそうだった。

「素直に言う」

真が真剣な顔つきになり、言ってくる。

「東側の邸を購入するつもりだから、そこで大人しく麗と暮らしなさい。いいね?」

「申し訳ございませんが、お断りいたします」

すぐに雅巳が答え、鼻に手を置く。真と若菜の2人圧倒されていたが、部屋自体豪奢なものだった。彼らが座っている椅子も細かい手彫りがされており、王者が座るには、適切なもののように思える。

ー頑張って、雅巳さん。

余計な口出しをしないように、凛は様子を伺う。すると、真が口の端を上げ、雅巳に言ってくる。

「君の両親は何が言わないのかね?」

「…ちっ、あの2人」

雅巳がこっそり舌打ちをする。仲が良くないのか、あまり良い表情ではなかった。

「両親は関係ありません。もう成人しているので…。自分のことは自分で決めます」

そう言った直後、急に凛がずいっと前に出される。

「えっ」

と驚いた声を出してしまったが、すぐに取り戻す。

「私の婚約者です。挨拶は?」

「は、はい。陳華穂と申します」

声が震えないように言い、深く礼をする。真と若菜の視線が向けられるが、胸を張り、言い返す。

「ほう。…婚約者がいるのか? そんな話は聞かなかったがな」

「そうですわね。麗はどう思うの?」

少しも揺るがない2人に対し、手強いなと凛は思う。この客間みたいにどっしり構えており、さすがに手びろく仕事をするだけあると感心する。

「私としてはー」

麗は頬に手を当て、それからゆっくり答える。

「結婚はまだ先の話かと」

「…なるほど」

「茶館も始めたばかりですし」

どうやら麗自身に結婚する気がないと知り、凛は安堵する。ここで、麗に雅巳に興味があると言われたら、厄介だった。それを受け、すかさず、雅巳が言う。

「どうしても、彼女が良いんです。申し訳ありませんが、手を引いてもらえませんか?」

「さてー」

真が若菜と見つめ合う。凛も勇気を出し、

「どうかよろしくお願いします!」

深々と頭をさげた。2人の視線を感じても、じっと我慢をしていると、

「ー仕方がない」

真の耳障りの良い声がし、部屋に広がる。

「どうしても彼女が良いなら、両親を説得したまえ」

「そうですわね。こちらとしては、麗がまだ結婚したくないという意向を真摯に受け止めたいところですけど」

「分かりました。家のことは私が引き受けます。ですから、婚約は」

「しばらく、保留というか…。どうするか、麗?」

「私としては気に入っているのですが、茶館が楽しいので、まだまだですわ」

扇を広げ、その裏で舌を出す。麗もそんなことをするのかと凛はびっくりして見る。

「では、婚約はー」

「解消していただけると嬉しいですわ」

麗は心からそう思っているらしい声に、凛と雅巳が安堵する。

「良いんですか、麗」

「良いんですよ、お母様」

切り返しの速さに真と若菜が顔を見合わせる。空気が一気にピンとなり、皆が固唾を飲む。破ったのは、真だった。

「うちのほうが上だから、何を言っても良いし、しても良いんだぞ」

「どういう意味で?」

麗が返すと、真が椅子に肘を置き、答える。

「東側にいたと言っても、もう玉家はうちより身分が下と言うことだ。意味が分かるな?」

「…なるほど」

麗は扇で顔を隠しているが少し鼻白んだ顔をする。凛も頭にカチンときた。

ーうちが上とか下とか面倒くさい。何よ、それ。

ここは私の出番だと前に出る。

「雅巳さんを幸せにしてみます。どうか婚約解消を」

すらすらと出た言葉に驚いたが、すましてやり過ごす。雅巳がこちらを見、少し目を大きくしたようだった。

「…分かった」

真が立ち上がり、雅巳のもとに来る。雅巳は長身だが、その彼に負けない姿だった。

「後は君に任せて良いのかな?」

「はい。よろしくお願いいたします」

「麗も良いな?」

「はい。文句はありませんわ」

麗も両親に思うところがあるのか、賛成してくれて、ほっとする。先ほどの家が上とか下とかも反撃してくれたことに感謝する。

「では、よろしく」

「はい!!」

雅巳の弾んだ声に、何とかうまくいったと感触を手にする。

ー良かった、何とかなりそうだわ。

雅巳と目を合わせると、片目をつむってきた。そんなことをしたことないので、びっくりして頬を赤らめる。

「それでは失礼いたします」

麗の言葉に室内が和らいだ。何とか無事に、偽の婚約者をやり遂げたことに安堵する。

「さあ、いきなさい」

真の言葉を受け、皆、その場から退場したのだった。


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