【17】
蒸し暑い夜のこと、周家の庭で動く気配があった。庭は元通りとはいかないが、大きなゴミはどかされていた。
「ー何しているんですか?」
声をかけたのは、庭師の空明だった。動く者は足を止め、明かりに眩しそうに答える。
「あ…」
つい声を出してしまい、慌てて口を閉じる。元々、悪い人間ではなく、素直な性格なのだ。明は落ち着いて言う。
「何しているんですか、啓太坊ちゃん?」
追いつめるように、今度は名前をはっきり言う。啓太は恥ずかしそうに下を見つめる。
「…何でもない。ただの散歩」
悔しまぎれな理由なのは分かっていた。明はため息をつくと、
「庭を荒らしたのは、啓太坊ちゃんですね?」
容赦のない声音で言うと、啓太の手を映す。そこには園芸用のハサミが掴まれいた。
「そのハサミで荒らしたんですね?」
「…ああ」
啓太は正直に答える。もうばれたのだから、しょうがないと諦めるしかなかった。
ちなみに園芸用のハサミは、凛の店でちゃんと購入したものである。
「何で分かった?」
悔しそうに言う啓太に、明は少し厳しさを抑え、言う。
「毎日、手入れしているんですよ? どんなもので切ったのか、誰がしたのか、推測できるんです。ただ証拠がないので、夜中、はっていたんです」
「…そうか。。ごめんなさい」
啓太はうなだれながら、頭を下げる。まさか明がはっているとは思わなかったのだ。しかし今日は切るつもりはなく、直そうとして行動したのだった。
それを告げると、明がびっくりする。
「そうなんですか? そんなことは啓太坊ちゃんがやることではなく、私がやることなのに」
「…。それはそうなんでけど、どうやって直したらいいか、分からなくて」
悔しそうに庭を見、啓太が答える。確かに色々あって忘れていたが、庭は明のお陰で、再生していた。
2人の間に沈黙が訪れる。リン、と鈴虫が軽快に鳴く。
「あの…」
「…なんでしょうか?」
「その、雨の日ならハサミの音が聞こえないだろうと思って…。でも今日はそういう訳にはいかないから、悩んでいたんだけど」
「…そうですか」
明はハサミを照らし、啓太の顔を次にうつす。バツの悪そうな顔は本当のことを言っているようだった。
「何で庭を荒らしたんですか?」
問い詰めると、啓太がぱっと顔をあげる。
「そんなつもりは…!! ただお前みたいになりたくて」
「…。私みたいに?」
啓太はこくりとうなずくと、明に近づき、言う。
「科挙の勉強より、お前みたいに体を動かしたいんだ」
「ストレスからですか?」
「そうじゃなくて…!! あの、その」
もじもじと啓太かを恥ずかしそうに、指をいじる。今度は明もゆっくり答えさせることにした。
ー啓太坊ちゃんは私に優しいからなあ。
いつも声をかけてくれ、良い主人だった。姉の麗よりは温かみのある性格だとわかっていた。
「…その、お前みたいに暮らしたいんだけどな」
ぽつりと漏らした言葉に、明は「啓太坊ちゃん」と声をかける。
「不満があったんですか?」
「不満というか…」
はあと息を吐くと、明の瞳を見てくる。
「本当は庭を荒らすつもりはなかったんだ。本当だぞ?」
「…はい。。信じます」
深くうなずくと、啓太はようやくリラックスしたらしく、 ぽつぽつとしゃべり出す。
「…生まれつき身分があるのも困るな」
「どういう意味ですか、啓太坊ちゃん?」
「俺、本当にお前みたいになりたいんだよ」
「本気ですか?」
「ああ。お前が羨ましい」
本当のようで、真剣な顔つきだった。明も真剣に言う。
「そんなこと言わずに、恵まれているんですから」
「恵まれているか…」
はあ、と大きなため息をつく。啓太は左右に首を振り、
「確かにお前達からすると恵まれているのかもしれないけれど…。跡取りの重圧は凄いんだよ。次の奴は馬鹿だとか、苦労してないとか言われるのも嫌だし。維持するのが大変なんだよ
「…」」
啓太の言葉に、明は何も言えなかった。彼にしか分からない苦悩があるのだと思い知る。
「あーあ、俺も庭師が良かったな」
「啓太坊ちゃん、しっ!!」
「いいんだよ。お父様とお母様には、俺が言うから」
そう言うと、啓太は明を見、手を差し出してくる。
「縄で縛るか?」
「しませんよ。そんな残酷なこと」
むっとして言うと、啓太が「すまない」と詫びる。
2人とも会話は終わりとばかりに空を見上げる。秋の夜空は星が静かに輝いていた。2人をなぐさめるように、リンと鈴の音のようなものまで聞こえた気がする。
「行きましょう、啓太坊ちゃん」
「ああ。そうしようか」
そう言うと、2人ともその場を後にしたのだった。




