【15】
周家に戻った2人は、麗と啓太、それに真と若菜も集めた。側には召使い達が控えている。
口火を切ったのは凛だった。
「ー犯人が分かりました」
「え…
全員がざわつく。皆、顔を見合わせ、この中に犯人がいるのかと疑う。
「本当かね?」
真の言葉に、凛が応じる。
「はい。間違いありません」
「本当かよ。嘘だったら殺されるぞ」
啓太の言葉に、凛はしっかりとうなずく。雅巳もうなずいたのだが、ここは先延ばしにせず、片付けることにした。
「犯人はー」
凛が歩いていく。コツコツと靴の音が響くくらい部屋の中は静かだった。そして1人の前で立ち止まる。
「あなたが犯人ですね?」
確信をもって言うと、相手がうつむいた顔をあげる。みんな「え」と小さく呟いた。
「あなたが王先生を殺したですね」
もう一度言うと、相手が首を振る。自分ではないといいたそうだが、皆の注目を浴び、声が出ないようだった。
凛は皆を振り返る。
「ーこの人が犯人です」
相手が逃げようとするのを、雅巳が止める。動いたら殺すという合図だった。凛は彼にうなずくと、
「もう言葉にしますね」
と言い、相手の腕を取る。じたばた暴れだしたが、ずいっと顔を寄せ、封じる。
「大人しくしなさい。ー召使いさん」
皆の視線が一気に集まる。凛と雅巳が出した答えは召使いの1人だった。二十代くらいだろうか。かわいい顔をしているが、その裏の顔は化け物だと見抜く。
「あの、その…」
召使いが何か言おうとするのを、凛は襦裙の腕を上げ、皆に見せる。
「これが私がつけたあとです。夜、襲われたんです、彼女に」
包帯が巻かれ、傷が見えないようになっていた。顔にも、引っかき傷のような線状のものが見えないようになっていた。化粧で隠しても、ばれるものはばれるのだった。
「高がとうして…」
麗の言葉に、彼女は必死で首を振る。信じてくれという意味だろう。しかし凛は相手を追いつめる。
「証拠がまだあります。それがー」
胸元から大事そうに出したのは、何とか手鏡だった。
「それはー」
全員が息を呑む。高と呼ばれた召使いのものだと、知っているようだった。凛は堂々と言う。
「川で拾ったんです。…おそらく包丁を出す時にでも落としたんでしょう。違いますか?」
更に追いつめると、高が「ひっ」と声を出す。ますます追い込まれ、窮しているようだった。
「何で殺したんだ!?」
破ったのは啓太だった。凛の隣に来て、高の体を揺さぶる。
「坊ちゃん、その…」
「いいから言え!! 何で殺した!?」
「…」
問いつめられ、観念するしかないと思ったのか、肩をだらんと落とす。まるで操り人形のようだと、凛は思った。
ーどう出るかしら。きゃ!
急に高が手を離せとばかりに払ってきた。しかし雅巳が守る。
「もう逃げられない。言え」
迫力のある顔に、皆が固唾を飲む。それに対し、高は舌打ちする。それから高らかに笑い出したのだった。
「な、何よ、急に」
凛も負けるかと足を踏ん張ると、高の顔つきが変わった。攻撃的な目つきに、ひやりとしたものを感じる。人を殺したのだから、そう感じてもおかしくなかった。
「そうだよ。あたしがやったんだよ」
乱暴な言葉づかいに、皆が固まる。全然、今までと態度が異なり、誰もが困惑する中、麗が言う。
「何のつもりで殺したのかしら?」
「お嬢様はいいよな」
ふと鼻を鳴らし、高は反抗的な態度を取る。
「闇の世界には色々あるんだよ。あんた達みたいに、毎日豪華な食事ができて、風呂に入れるなんてあんまりだ。皆もそう思うだろう?」
その言葉に、召使い達が顔を見合わせる。どう反応すればいいか、困っているようだった。
そのうち高が笑い出す。
「あはははは。皆、本音を言えばいいのに。嘘つき」
「何を言っているの」
凛が腹立って止めようとすると、うるさそうに手を振られた。
「婚約者とお幸せに」
「な…!! この」
「やめとけ。冷静になれ」
雅巳の言葉がすっと体に入ってきた。ふうと息を吐き出すと、
「どうして殺したの?」
落ち着いた声を意識し、答えを待つ。高は再び笑うと、
「この邸、乗っ取るつもりだったんだよね」
「…。は?」
「は、じゃねえよ。あたしの話をよく聞きな」
開き直ったのか、正直なことを言っているようだった。凛は追求する。
「乗っとるって誰と」
「誰とって、あたしと王先生に決まっているだろ」
「は? …もしかして」
「そう。恋人同士だったのさ」
どうだとばかりに胸を張られ、凛は困惑する。
ー家庭教師と召使いで恋人になれるの?
その疑問は口に出さす、頭を回転させて質問する。
「何で王先生を殺したのよ」
「あたしを捨てて、麗様を狙っていたからさ」
「は…? 私?」
麗は自分を指し、大きく目を見開いた。その顔が面白かったのか、ゲラゲラと笑う。
「その通り、あんたを狙っていたんだよ。家柄もいいしね」
「…。あり得ませんわ」
ふいと首をそらすと、後ろに一歩さがる。これ以上は聞きたくないのかもしれない。しかし高のお喋りは続く。
「ああ。そうきたか。かわいそうに。あいつも、あたしにしとけばよかったのに」
「あのね…!!」
「待て。全部喋らせろ」
雅巳の言葉に、凛は大人しくひく。高はくっくっと笑う。
「いいね、婚約者同士は。何の心配もなくて。明日食べるものも、明日寝るところも困らないんだから。全部、人がやってくれるし」
高の目が一瞬、遠いものになった。苦労してきたのかもしれない。
泣いてはいないと思うが、目を一度拭くと、口の端をあげる。
「金庫を破ったのもあたしと王だよ」
「えー。金庫!!」
全員がびっくりし、高が満足そうに笑う。
「しかし数字が…」
「そんなの、毎日働いてるあたしからすれば、簡単だよ。あんた達は空気のように思っているかもしれないけれど、あたし達は見ているところは見ているし、聞いているところは聞いているんだよ」
「そんな馬鹿な…」
「お母様!!」
真と麗が、若菜の細い体を支える。悦に入ったのか、高のお喋りは続く。
「王の奴、あたしの取り分はなしだとか言いやがって…!!結婚もしないとか言うから、頭にきて刺してやった。楽だったよ。あいつを殺すのは。ははは!!」
手を叩き、大きく笑う。狂っていると、凛は吐き気を催す。
「あの川の辺でね、よく待ち合わせしていたんだよ。誰もいないしね。まさかそこで死ぬとは…。はは!! プライド高いあいつにはいい死に様だよ」
「…、金庫の中身はどうしたの?」
冷静を装って、凛が聞く。部屋は皆の熱気で夏のようだった。高はへらへら笑い、手を上下振る。
「安心しなよ。まださばいてないから。あいつー王の邸に行ってみな」
「おい!! 早く…!!」
真の命令に、数人が動く。そのさまを見、高がまた高らかに笑う。
「あはは!! 気をつけたほうがいいよ、じじい。上辺だけじゃ、人間、分からないものだからね」
ペロリと唇を舐めると、高は言う。
「でも一生懸命働いたんだから、宝石くらいいいじゃない、貰っても」
「あのな…!! お前達、召使いには良くしてやっていただろう!!」
「は? 何言ってんの、じじい。馬鹿じゃねえの。あはは。大人しく従う人間なんてこの世にいないんだよ!! 皆、本性を隠しているのさ、あたしみたいに」
「そうなのか? え?」
真の問いに、召使い達が首を一生懸命横に振る。
ちっと舌打ちした真の姿に、凛は1つの疑問を浮かべる。
ー本当に人間、よくわからないものだわ。どうやったら人を殺せるまでいたるのかしら?
襲われた喉をゆっくりとさする。今でも痛みはあるが、最後に一言言いたかった。
「それでも人間は生きるために必死で仕事してるの。あなたの考えは…狂っているわ」
「狂っている、いいねー。あはは」
連れて行け、と真が命じたので、高が捕らえられる。
役人を呼びに行ったようなので、すぐに身柄は引き渡されるだろう。
「じゃあねー。皆、あたしみたいになるんじゃないよ」
最後まで笑って去っていった。嵐が来たかのように、その場は凍りついたままだった。
ー人間って何なのかしら? 生きるって何?
頭がモヤモヤしてきて、凛は首を横に振る。努めて明るく、皆に言う。
「あの、ありがとうございました。拙い推理を聞いていただいて」
今頃になって、少し緊張する。今は偽名の陳華穂なのだった。
真が目の前にやってきて、何と頭を下げてくる。
「どうもありがとうございました。お二人とも」
「え! あの、その!!」
「素直に受け取ったほうがいいよ。俺からも礼を言う」
啓太の言葉に、全員が礼をしてくる。凛は雅巳を見る。彼がうなずいたので、素直にうなずく。
「お前達もありがとうな。お前達の仕事が紙一重だということに気づいた。いつも申し訳ない」
「お父様ー!!」
真が召使いに頭を下げたので、麗達も慌てて真似する。どうやら何かしらを学んだらしい。
ーこれで一件落着ね。
ふうと息を吐き出すと、背中を支えられる。ポンポンと叩かれ、お疲れさまという意味だと解釈する。
ーあー、よく頑張った!!
笑顔を浮かべると、雅巳も少しだけ頬を緩めたのだった。




