表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

【10】

「ーありがとうございました」

客を見送り、凛は席に戻ったのだった。彼女の家は雑貨屋だった。一通りは揃っており、店の評判は上々だった。

「うーん。さて」

腕を伸ばしつぶやくと、棚の整理をしようかと思ったところ、

「おい!!」

雅巳が飛び込んできた。どうやら、馬に乗ってやってきたらしい。

「どうしー」

「いいから、来い!!」

「は? よく分からな…、きゃあ」

腕を引っ張られついていく。たどり着いたのは川だった。

ー何、何、何?

混乱しているのは人だかりができているからだった。凛は馬から降ろしてもらおうと雅巳に聞く。

「何かあったの?」

「見れば分かる。ー来い」

真剣な声音に凛は黙って彼の後を追う。

「すみません、すみません、通して」

人だかりの間を通り抜け、やっと前に出た。その途端、

「きゃあ!!」

思わず、悲鳴をあげてしまった。理由は背中に刃物が刺された男性がうつ伏せで倒れているからだった。

ー何? 誰? どういうこと?

口に手をあて、吐き気を催す。雅巳もじっと遺体を凝視していた。

「周家の家庭教師だ。王有仁とかいう」

「え。えー!!」

驚いて、大きな声を出してしまった。凛は胸をさすりながら遺体を見る。

ー確か、啓太が先生って呼んでいたような…。

生前の姿を思い出し、死体と比べる。確かに姿格好は似ているようだった。

ーどういうこと? 何で包丁で刺されて…。

理由を知りたくて、雅巳を見れば、彼も目を細め、険しい顔をしている。何度も口を湿らせ、ようやく声を出す。

「どうして…」

「店に来たお客さんが騒いでいたから、何事かと来てみればこの通りだ」

「そうなの…」

うえと酸っぱいものを口に広げ、凛は手巾を口にあてる。

ーどうしてこんなことに。

麗や啓太は知らないのだろうか。周りを見てみるが、まだのようだった。

「知らせたほうがよくない?」

「大丈夫。すぐ来るはずだ。ほら」

後ろを振り返ると、馬車が到着したようだった。その中から、血相を変えた麗と啓太が姿を現す。

「ー先生!!」

啓太の声が周りに響く。しかし、うるさいと言うものは誰も居なかった。麗が凛たちに気づき、声をかけてくる。

「いらっしゃったの?」

「はい。あの、どうして…」

麗は首をふると、近くにいた役人に声をかける。

「あの…、うちの家庭教師が殺されましたの?」

麗は冷静な声だった。遺体を見ても揺るがない心がすごい。凛が感心していると、30代だろうか。がっしりした役人が少し顔を赤らめながら答える。

「周家の人ですか?」

「はい。娘と息子です」

「誰が先生を!!」

啓太が悔しそうに手を打つ。良い先生だったか分からないが、彼の悔しさが伝わってくる。

「あの…、失礼ですが」

隣に居たもう一人の役人、20代だろうか。その彼が麗に聞く。

「困ったことがありましたか?」

「困ったこと…」

麗のポツリとつぶやいた声が周りに響く。皆、固唾を飲んで見守っているらしかった。

ー困ったことといえば、金庫騒動よね。

すぐ浮かんだのはそれだったが、麗は表情を変えず、答える。

「ありませんわ。普通に家庭教師としてきてもらっているだけですもの」

「そうだよ、俺の先生は恨まれるような人じゃないんだよ」

「そうですか、分かりました」

麗が川を見、淡々と答える。

「先生、泳げないはずですの」

川は勢いがよく、さらさらと流れていく。澄んだ色をしており、とても殺人事件が起こるような場所ではなかった。

「そうですか、どうもありがとうございます」

役人が丁寧に対応をし、2人で何か話しだした。啓太がもっと前に出ようとするので、慌てて麗が止める。

「駄目よ、近づいては」

「でも…!! 悔しいよ!! 何で先生が!!」

「悔しいのは私もです。それよりも犯人は…」

麗は日光に眩しそうにつぶやく。凛も眉根を寄せ、

ーそうよね、犯人は、誰なのかしら…?

問題はそれだった。まさかの周家の中に犯人がいるのかと首をふる。そんな想像をしては駄目だった。

「あの…、雅巳さんに教えてもらってきたのですけど」

麗がちらりと雅巳を見る。見物客の中にも雅巳を見る視線をちらほらと見る。

ーこの2人と居ると目立つわね。

とふうと息を吐き出し、麗に問う。

「どうして、ここへ」

「お客様が教えてくださったの。どうりで来ないとは思っていたのですけど」

「先生がどうして殺されるんだよ」

啓太が悔しそうに石を蹴る。啓太にとっては悪い人物ではなかったようだ。凛は手巾を戻し、2人を交互に見る。

ーこの2人が犯人ということは…。

ふと浮かんだのだが、すぐに打ち消す。その可能性は低そうだった。そうでなければ、急いで駆けつけるはずがない。

ー演技ということは…。

麗は冷静に遺体を見、啓太はブツブツ言いながら足を踏んでいる。演技の可能性は低いような気がした。

ーじゃあ、一体誰が…。

雅巳を見れば、彼も顎に手を当て、考えている。周りの皆もザワザワとうるさくなった。

「ー静かに、静かに」

役人が麗に問い、

「あの包丁に見覚えは?」

「ありませんわ、ねえ、啓太」

「うん。姉さんの言う通りさ。俺たち、犯人じゃないし」

啓太のふてくされたような物言いに、役人が慌てて言い直す。

「別に疑っているわけでは…」

「そうですの。それが職業だと思うのですけれど」

氷のように冷たい皮肉に、役人が固まった。もう一人が

「大変申し訳ございません」

「いいのですよ、でも一体誰が?」

麗も扇を広げ、考え出す。皆、犯人が気になるようだった。

ーここは私たちの出番ね。

凛が息を吐き出した後、麗に言う。

「麗さん、一緒に犯人探しをしませんか?」

「えっ、失礼ですけど、立ち入ってほしくは…」

「そうしたほうがいい。俺も気になる」

雅巳が付け加えてくれ、凛は啓太を見る。

「どう? 私たちと組む?」

「お前が? お前は頭が悪そうなんだけど」

「はあ!! 全く、この子は!!」

「うるさい、黙っていろ、ブス」

「もう…、こんな時に憎まれ口をたたくとは…」

「静かにしろ」

雅巳に注意をされ、凛は黙ることにした。すると彼は麗に言う。

「どうする? 俺らも結末が知りたいから、関わりたいんだが」

「…そうてすわね」

扇を閉じ、死体を凝視する。その姿は氷の女王のように美しく、何人かが息を吐き出した。

「…手伝ってもらえますか?」

「姉さん!!」

「啓太は黙っていなさい」

ピシャリと言われ、啓太が悔しそうに下を向く。麗も長身なので、雅巳をそれほど見上げることなく、言い返す。

「それで、報酬は?」

「金の問題じゃない」

はっきりした声が響き、今度は雅巳が注目される。秋晴れの下、美男美女が見つめ合う中、トンボが優雅に通り過ぎていく。

ーちょっと悔しい。

2人の姿に凛が唇を噛む。自分は麗よりも美貌が劣っているのも分かっていたが、悔しかった。

ーえーい、今、顔なんて関係ないのよ!!

モヤモヤした心の中を無理矢理抑えると、凛が切り出す。

「犯人探しをしたいので、しばらく周家に泊まっても良いですか?」

「…は?」

凛の提案は意外なものらしく、麗が目をしばたたかせる。啓太は頬を膨らませると、

「誰がお前なんか」

「あのね、こういうのは大事なのよ。私たちに関わりがないわけでもないし」

少し絡んだだけだが、誰が犯人なのか気になって仕方がない。

「俺も同じ意見だ。犯人探し手伝わせてくれ」

雅巳の助け舟に、凛は安堵する。1人では不安だが、雅巳がいてくれるなら安心だった。

ー美加さんに怒られるかしら。後、うちの親にも。

ちらりと頭をかすめたが、それよりも起きた出来事への興味が大きい。麗は扇を広げたり閉じたりしながら、死体と凛たちを見比べる。

「…。そうですわね」

悩み抜いた結果、はっきり言ってくる。

「役人に任せたほうがいいのは分かっていますが、私も気になります。手伝っていただけますでしょうか?」

「もちろん!!」

素早く答えたのは凛だった。早速、麗に問う。

「犯人に心当たりは?」

「ありませんわ、ねえ、啓太?」

「うん。冷たい態度をとるような先生だけど、俺には優しかったもん」

「なるほど…」

凛の頭がぐるぐると回り始める。それを麗が止めた。

「周家としては大げさにしてほしくありませんわ。だから、後はあなたたちを信用して、しばらく泊まってもらうことはどうでしょう?」

その申し出に、雅巳が応じる。

「分かった。周家に犯人がいると思うか? それに…」

麗は首を横にふる。あの広い邸の中に犯人がいると思うとゾッとしないわけではない。

ー犯人が気になるし。

凛的には金庫騒動も気になっていた。どの人も犯人のような気がして、もしかして、この野次馬の中にいるのかもしれないと思うようになってくる。

「よし、行くぞ。お前はまた偽名を名乗れ」

「分かった、ついていく。でも、美加さんたちに連絡は…」

「それは私がしますわ。心配無用です」

「分かりました。また化粧とかよろしくお願いいたします」

「はい、では行きますわよ、啓太」

「うん。犯人、絶対に見つけてやる」

頬をパシリとたたくと啓太が歩き出し始めた。その後ろを麗が歩いていく。すると、彼女たちに道を譲るように人の波が動いた。

ーすごいわ、気迫が…。

少し恥ずかしそうに凛がついていく。すると、無言で背中をたたいてきた。堂々としろということだろう。

ー分かったわよ。私だって、やればできるもの。

顎を上げ真っ直ぐ見ると、凛は歩き出したのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ