【1】
秋晴れの下、1人の少女が長椅子に座り、水を飲んでいた。
「…ふう」
名前は葉凛。人によっては気が強そうな顔をしている。彼女は今、甘味処におり、足をぶらつかせていた。
ー今日も良い天気だから、お客さんの入りは良いわね。
横目でちらりと確認する。この店は凛の幼馴染の店なのだが、それは思い出さないことにした。
「ーおい」
声をかけられて、そちらを見る。長身の男性ー玉雅巳である。ここら辺ではあまり見ない美形で、お客さんの反応も良かった。従業員にも人気があるらしい。1つ年上の雅巳に向かって答える。
「何よ?」
「ここで油売ってて良いのかよ」
雅巳は甘味処で働いている身だった。凛がちょっと怒ったように返す。
「お父さんの許可もらったから、良いの」
凛の家は雑貨屋だった。地域の人たちの受けは悪くなかった。むしろ、親しくされている店だった。
「ああ、そうか」
「そうよ」
少し冷たく答えて、水を飲む。すると、雅巳がいきなり
「ーちょっと失礼。お客さん」
「? …ぶは」
お腹の肉をつかまれ、せっかくの水を吐き出してしまった。
「汚いな」
雅巳が嫌そうに言い、手巾で拭く。凛は怒って返す。
「あんたがいけないでしょ!! このエッチ!!」
「エッチ? ふん」
皮肉そうに言い、雅巳が凛を指でさす。
「身体検査だ。文句あるか?」
実は凛は今、ダイエット中で、雅巳に護衛してもらっている身だった。夏に比べるとかなり落ちており、毎日の努力の賜物だった。
「身体検査? 全く何を言ってるのよ」
凛はダイエットの徒歩にお金を出して雅巳を雇っており、文句を言える立場だった。
「乙女のお腹に触るなんて」
「…誰が乙女?」
「だれって、私よ」
胸をはって凛が言うと、雅巳がくくっと少し笑った。初めてのことで、凛がびっくりする。何がおかしいのか知らないが、この人笑えるんだと認識する。氷の人間かと思っていたのだ。
「はい、はい、乙女ね。すみませんでした」
「何その言い方、何か頭にくるんだけど」
「怒るな。それより順調なようだな、ダイエット」
雅巳が手を握るしぐさをしたので、凛が警戒してお腹を隠す。その姿を見、雅巳が表情を真面目なものにして言う。
「リバウンドするなよ。食欲の秋だから」
「言われなくてもそうするわよ。べーだ」
あっかんべーをし、雅巳をあしらおうとしたその時、
「あら、女の子のお腹に気軽に触っちゃだめじゃない」
奥から美女が出てきた。流美加といい、甘味処の主人だった。
「はい。大変申し訳ございません」
借りた猫みたいに、雅巳が大人しくなる。何よ、その差はと思いながら、美加に顔を向ける。彼女が現れただけで、空気が華やかなものになる。店に居るお客さんもちらほら視線を向けていた。
「凛ちゃん、ごめんね」
「良いんですよ、この人はデリカシーがないんですから」
「うるさい、黙ってろ」
「はい、はい」
美加は2人のやりとりを楽しそうに見ていた。そんなに面白いかと首を傾げたところで、美加が聞いてくる。
「豆腐ダイエット、どう?」
「はい。今のところ、順調です」
「そう良かった。変な話、お腹はゆるくならない?」
「そうですね…」
凛がお腹に触ってみる。むしろ快調のような気がした。それが美加に伝えると、美加が安堵の息をもらす。
「そう。それならいいんだけど。ほどほどにね」
「はい、そうします」
凛は笑顔を向ける。順調に痩せているのが嬉しかった。雅巳との徒歩も効果があるのかもしれないが、どんどん身軽になっていく自分に嬉しくなる。ご機嫌で言うと、美加が申し訳なさそうに言う。
「実は…」
「なんですか?」
「栗のお菓子の新作を作ったんだけど、食べてみない?」
「へ?」
どうりで美加が盆を持っていると思った。その上には白いお皿に栗と練ったあんみたいなものがある。
「私が味見するんですか?」
「俺は駄目。甘いものは苦手」
雅巳が先に手をうってきた。凛は悔しそうに唇をとがらせると、
「…あの、太ったりは」
「少しくらいなら大丈夫だと思うけど」
はいと皿を渡され、よくお菓子を見る。
ー何かしら、これ。
楊枝ですくい、餡を口にする。さつまいものような気がし、美加に問う。
「何でこれ作ったのですか?」
「焼き芋と栗と蜜よ。焼き芋をくりぬいて、すり鉢で練って、蜜を入れながら作るの」
「へえ…」
もう一口食べると確かにさつまいもは滑らかだった。
「おいしいと思います」
「そう。じゃあ、新作にしようかしら?」
美加が嬉しそうに手に頬をあて、笑む。その姿は天女にも負けていないのか、客たちが息をほっと吐き出す。
ー美加さん、人気だからな。
もう食べてはいけないような気がし、美加に返そうとしたところ、馬車がやってきた。
「何? 何?」
動転したのは凛だけで、雅巳と美加は目を細める。
「よう、こんにちは」
現れたのは周啓太だった。手には花束を持っている。
「何しにきたのよ?」
凛の言葉を無視し、啓太は美加に花束を渡す。
「はい、お姉さんに」
「あら、どうもありがとう」
美加の笑顔に啓太のほうが赤くなる。面白くなくて、凛は邪魔する。
「美加さんに近づくなんて、100年早いわよ」
「バカ、100年経ったら誰も生きていないだろう」
「はあ? 生意気にも訳が分からないことを言い返さないでよ」
「生意気なのはお前だ」
犬猿の仲こういうものなのか。凛と啓太の間で火花が散る。それを終わりにしたのは雅巳だった。
「で、何の用だ、今日は」
「ああ、そうそう。お兄さんに伝えたいことがあって」
啓太は真面目な顔をすると、雅巳に向かって言う。
「ーお父様とお母様が連れてこいってさ」
「…はあ?」
雅巳が呆れた声を出す。続けて、
「婚約解消したはずだぞ」
「そうなんだけど、まずいみたい」
何か知っているのか、啓太が肩をすくめる。雅巳の機嫌が一気に悪くなる。
「嫌だと言ったら」
「駄目。縄で縛ってでも連れてこいって話だから」
「…困ったな」
ふうと息を吐き出し、雅巳が考え込む。美加が助け船を出してくれる。
「行ったほうが良いわよ。ちゃんと終わらせてきなさい」
「でも、美加さん」
「良いから。お店の心配はしなくていいの」
美加に言われ、雅巳は深くため息を吐く。
「分かった、一緒に行く」
「よし、決まり。それなら…」
「私も行く!!」
凛が手を挙げた。雅巳だけの問題だなんだが、前回のこともあり、他人事とは思えなかった。
「早く行くわよ」
茶碗と菓子を椅子に置き、立ち上がる。暑い日光に最初くらっときたが、慣れていった。啓太が不服そうに言う。
「何でお前が」
「良いでしょ、別に」
「あのなあ」
「こいつ言い出したら聞かないから、連れて行ったほうが良いぞ」
雅巳の言葉に啓太が渋々答える。
「分かったよ。…入れ、ブス」
「ブス!! この…」
「喧嘩するな、置いてくぞ」
「う…。嫌です」
「分かればよろしい」
先に雅巳が馬車に乗り込んだ。次は凛の番だが、少し緊張気味に乗る。馬車なんて初めてだった。
「お父様とお母様に会う前に、寄るところがあるから。ー出せ」
御者に命令し、馬車が動きだしたのだった。