第2話 ここはどこです?
夢をみていた。あろうことか、クリスの夢だった。
「アンナ嬢、推理しろよ」
夢の中、なぜか私たちはタラント村にいた。あの別荘で食事をしながら、クリスがこう言う。
「文壇サロンのおじ様に何か言われても気にすんな。アンナ嬢は推理小説書けるんだ。おじ様連中には書けんだろ?」
どうやらクリス、夢の中でも励ましてくれているらしいが。
「でもクリス。我が国の推理人気は低いわ」
「だからって辞めるんかよ。本当に好きなら、外部の状況なんてどうでもいいだろ。むしろ、そっちの方が尊い。何の見返りがなくても好きだってことだろ?」
クリスはにやりと笑い、パンをちぎって食べていた。別荘の窓からは風が入り、爽やかな空気だ。日差しも暖かく、穏やかな春の一日だ。
「たとえば金儲けできるからって理由だけで恋愛小説やファンタジー書いてる作家がいたら嫌じゃないかね?」
「確かに……」
夢の中とはいえ、クリスの声は優しく、ずっとこのままでいたいぐらいだった。
「文章って何か透けるもんがあるよな。あ、この作家は楽しんで書いているとか。嫌々義務で書いているとか、さ」
「そうね……」
「アンナ嬢、確かに小説は芸術でもない。売れないとダメなもんだ。でも、だからって好きや情熱を捨てて本当にいい作品が書けるかい? 自分が好きでもないもんを書いて、読者が本当に楽しいって思ってくれるんかい?」
クリスは小手指の創作講座のアドバイスよりもずっと胸に響くことをいう。
「好きだったら、覚悟しろよ。代償や義務も受け入れる覚悟を」
ここでなぜかクリスは目を伏せていた。長いまつ毛がやけに目立つ。
「俺はアンナの為だったら、代償も義務も受け入れよう。そうだ、命すらも差し出せるから」
「え……?」
その囁き声は、ハチミツよりも甘い。
「だからアンナ嬢、愛してる」
また、プロポーズ?
アサリオン村で嫌というほどプロポーズしていたし、実際、婚約したのに、どういうことだろう。そのクリスの声は今まで一番甘く、夢の中だということを忘れそうになった時だった。
目が覚めた。どうやらこれは全部夢だったらしい。クリスの妙な告白も、夢だと思えば納得だが、頭が痛い。
どこかのベッドの上みたい。ふかふかでねごこちは最高。今来ているパジャマもヒラヒラのレースつき。成金の母が愛用しているものとそっくりだったが、ここは一体どこだ?
目をはっきりと開け、起き上がる。確かにベッドの上だったが、天蓋つき!?
これも成金母が使っているものとよく似てる。派手だけでセンスがないデザインのベッドだったが、この部屋は広い。
「何、ここ?」
少なくとも私の部屋じゃない。卓の上にタイプライターや小説の資料もなく、綺麗に片付いてる。
キョロキョロとあたりを見回すが、波音も響いていた。カモメの鳴き声もする。ということはここは海に近い?
私はベッドから窓辺へ向かう。カーテンを開けると、眩しい朝日が目を直撃。思わず、目を擦るが、徐々に慣れてきた。
「え、やっぱり海に近い」
しかも窓からは綺麗な海だ。海の色は濃いブルーだったが、波は穏やかそうだ。漁師が仕事をしている姿や小型の船も見える。カモメも飛びかい、潮の匂いも漂う。それに暑い。今の季節は春のはずだったが、汗ばんできた。どこか南の島にでもいる?
窓から身を乗り出し、さらに確認したが、どうも三階建ての塔の一室にいるらしかった。窓からはよく見えないが、三角屋根が目立ち、城壁にも囲まれていた。もしかしたら、ここ、古城の可能性がある。
一体なぜ王都の文化会館から南の古城にいるか謎だったが、ワクワクしてきた。島の古城、本格推理小説にありそうな舞台!
窓辺からベッドに戻って腰掛ける。ここはどこかさっぱりわからない。誘拐された可能性も高そうだったが、この状況、私の大好きな本格推理小説みたいだ。
思わず口元が緩む。クリスの夢はすっかり忘れ、頭の中で暗号文を作り始めていた。たぶん、この状況、暗号文で助けを呼ぶ本格推理小説だ。楽しい。もうこれだけで推理小説のアイデアと暗号トリックが頭を駆け巡り、生き返った気分だ。
「ふふふ、ここで暗号文はアルファベットと古代の我が国の文法を組み合わせてみるのもいいかも〜。魔法文字とかどうだっけ? 魔道書の資料とか置いていないかしら?」
そう呟いた時だった。ノックもなく、部屋に誰か入ってくるではないか。
「え?」
驚いた。しかも、その人物、作家のロルフ・ガイストだった。
年齢はクリスと同じくらいだ。二十五歳ぐらい。といっても容姿は正反対のタイプだ。髪は黒く長い。一つにまとめていたが、どこか妖艶だ。色が白いから黒髪が映えるのだろう。目や鼻ははっきりと整っていたが、どっしりと落ち着き、静謐な空気をまとってた。いかにも小説書いている青年という感じだ。全身黒のスーツも板についている。
クリスとの共通点はある。背が高いことと痩せ型なのは共通していたが、何でもクリス基準で見すぎていた。いくら婚約者だからってこれは失礼だ。とりあえずロルフに挨拶をし、ここはどこかと聞く。文壇サロンではほとんど面識のない男だ。目の前にいると緊張するが。
「ここはスタテル島だ。ここは我々が使っている古城でね。創作活動の場所としても使ってる」
一方、ロルフは私の緊張などおかまいなかった。丁寧にこの場所を教えてくれた。低く落ち着いた声だった。
スタテル島は我が国の最南端にある島だ。古城にいる予想も当たっていたが、私、一体なぜロルフの古城にいるのだろうか?
ロルフはそんな私の疑問を見透かしたようだ。クスクス笑い、私の視線に合わせてかがみ、とんでもない事実を告白。
「俺は君を誘拐した。もちろん、実行犯は部下だが」
「は? え、どういうことです? ロルフ先生、誘拐って?」
意味がわからない。貴族の娘だったら身代金目的で誘拐する意味がある。一方、私の実家、成金だ。そんな貴族レベルの金持ちでもない。誘拐してもロルフに一体どんな利益があるというのか。先程まで暗号文のアイデアで胸がときめいていたが、今は全然。むしろ、目の前にいるロルフが謎だ。
「俺はね、君に恋していたんだよ」
「は?」
「文壇サロンでも、おじにいじめられてもやり返すところとか、最高にクール」
「いや、おじ様にやられているのみていたら、助けてくれません?」
どういうことだ。どうやらロルフ、私に懸想しているらしい。私の左手薬指の婚約指輪も睨みつけ、舌打ちまでしている。
何か嫌な予感がする。残念男に好かれるのはクリスで慣れていたが、このロルフも、イケメンの見た目の割に中身は変人っぽい。そもそも、いくら懸想したからって誘拐なんてしますかね!?
さらにロルフは私の戸惑いを無視。こうも言う。
「クリス・ドニエとの結婚は反対する! いいか、アンナ嬢、俺の女になれよ」
その声は落ち着いているのに、アイスクリームのように甘い。
「恋愛小説なんて書くのやめろ。推理小説を書けよ」
さらに耳元で囁いてきた。
「俺だったら好きに推理小説書かせてあげるぞ。な、アンナ嬢」
しかもロルフ、私の髪を撫で、ポンポンと叩いてきた。優しい手つきだ。クリスにも似たようなことをされたが、ロルフの方が余裕がある感じ……?
困った。これは一体ったどうことか。孤島に誘拐された上、同業者から熱烈アプローチを受けている状態は。
え、これってジ・エンド!?




