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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第39話 クリスから逃げていいですか?

パーティー会場を見回すが、お酒や食べ物を楽しむ来客者ばかり。


エメだけでなく、コレット店長もパーティーに参加中だが、二人はむしゃむしゃと肉を食べつつ、噂話に興じている。自由な立食パーティーだったが、傍若無人な二人にちょっと恥ずかしくなってきたところ。


「お嬢様、素晴らしい挨拶でした!」


じいやは側に駆け寄り、褒めてくれた。ブーイングが飛び交った後は、胸がじんわりと温かくなる。


「アンナ、良かったよ。しかし、ジスラン支配人は相変わらずだね。あ、元支配人だけど」


パウラもやってきた。今日はパーティー会場の給仕として働いている。そんなパウラから、裏方の様子などを聞くと、新しい料理長は人格者であっという間に職場で好かれてるいるらしい。おかげで元料理長のセドリックの評判は相対的苦手悪くなっているという。


「セドリック料理長は、案外嫌われているってことね」


パウラはそう言い、仕事へ戻っていく。


その後、私は貴族連中に絡まれたりもしたが、じいやのおかげで何とか難を逃れ、せっかくなので出版の営業もしていた。この会場に来ていたエドモンド編集長にせっつかれたというのもある。


「アンナ嬢、何やってるのよ。は? 営業!?」


マーガレット嬢もこのパーティーに参加中。エメやコレット店長に誘われたらしいが、今日は清楚な令嬢バージョンだった。薄いイエローのドレスはヒラヒラとし、化粧も控えめだ。今日は百合の花のような清楚な雰囲気。一方、笑私は典型的な成金ルックスで格の違いを見せつけてられていた。


「一応営業よ」

「そこまでする? っていうか、今日は犯人捕まえるんじゃないの?」

「あ、ちょっと忘れてたわ」

「もう、アンナ嬢ったら」


そう笑うマーガレット嬢は楽しそう。もうクリスへの想いは断ち切った模様だが、一緒についていたじいやは、チラリとクリスの方を見る。クリスが令嬢に囲まれていた。


クリスの服装はパーティー仕様の礼服だ。髪もきちんとセットし、いつもよりルックスに磨きをかけている。おかげで令嬢に囲まれているが、クリスは全くの不機嫌。


「俺は甘やかされていた貴族のお嬢さんなんかに興味はない。俺はアンナ嬢みたいな成金で太ましく、おもしれー女が好きなんだよ」


令嬢達は、顔が凍りついていた。クリスと令嬢の周辺だけが水を打ったように静か。


「何あの、クリス様。あの人、結局、女の趣味が悪いんじゃないの?」


マーガレット嬢は呆れながら、ジュースをちびちびと飲む。


かなり捻くれているとはいえ、こんな面前で褒められるのもどうなのか。居た堪れない。言葉自体は成金、太ましい、おもしれー女と悪口のオンパレードなのに、クリスの目は優しげで、これも恥ずかしい。それに令嬢達からの視線も痛い。


だからパーティーは好きじゃない。文壇サロンの次に嫌い。


「ちょ、ちょっと一人にさせて」


居た堪れない。私はパーティー会場の人混みを掻き分け、外に出る。


ホテルの裏手、従業員入り口側に来た時は、ほっとした。ここは人気もなく、静かだ。


ふと、見上げると月が出ていた。雲に隠れているから、さほど明るくはないが、星は見える。きらきらと光ってる。王都では見られない星空だった。


「さすがにこっちの方は星が綺麗ね」

「そうだろ?」


驚いた。独り言のつもりなのに、返事があった。クリスだ。一体、クリスはなぜここへ?


「容疑者ども、さほどボロは出さないな」


言葉と裏腹にクリスの声はご機嫌だった。


「なんだよ。せっかくこんな晴れ舞台を用意してやったのに」

「そう簡単に推理小説のようなプロット通りにならないってことよ」

「悔しいね。でも、犯人はセドリック料理長さ」

「その根拠は?」

「アンナ嬢が挨拶中に睨みつけていたからな。どう考えても、男尊女卑。シビルを買うことにも殺す事にも抵抗がなかったと見た」


独特な推理だが、その理屈だったら、ジスランの方が説得力がある。


「そうかしら。っていうか、クリス。近くない?」


気づくと、またクリスに壁の方まで追い詰められていた。今日もウッディ系の香水の匂いがする。


「賭けは俺の勝ち。セドリックが犯人だ」

「だから、決定的な証拠はある? 思い込みで推理をするのは単なる私怨だからね」

「ここは田舎だ。無法地帯だ。どんな推理をしてもいいはずだ」


クリスはさらに私に近づき、息遣いまで聞こえてきた。


これはいくら恋愛偏差値の低い私でも、限界だ。クリスからは何度もプロポーズされていたが、冗談やその場のノリみたいな事が多かった。


しかし今は違う。視線も熱っぽいし、口元も真剣だった。その上、吐息まで感じる状況は、限界だった。


「さ、最新型のタイプライターは私のものよ!」


そう言って逃げた私。恋愛偏差値の低さが恨めしい。大人の女性だったら、こんな時、どうするんだろう。全く想像もできない。

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