第27話 推理にも休暇が必要です
翌日のホテルの仕事は、早朝から昼間までだった。比較的短いシフトとはいえ、いつも以上に忙しく、立ちっぱなしで脚もパンパンになるぐらい。
なお、セドリック料理長は仕事に集中し、事件への隙は何も見せないどころか、賄いも私達のような下っ端に振る舞い、慕われている様子だった。まさかセドリック料理長を犯人だと疑い、事件調査しているとは言えない雰囲気。
「という事で賄いも食べてきましたけど、セドリック料理長は怪しい素振りは無いですね」
私は仕事が終わると、その足でコレット店長の店へ。今日はカフェに他に客はなく、カウンターのコレット店長に事件について話しながら、愚痴も溢れていた。
「そうか。進展なし。ま、紅茶でもお飲みなさいって。推理にも休暇は必要ね」
コレット店長は暖かい紅茶を出してくれた。カップソーサーの端にクッキーが一枚。おまけらしい。最近、コレット店長は小麦粉を多く発注し過ぎてしまったらしく、こうしておまけのクッキーを作り、在庫を減らしているという。古い小麦粉はうっかり食べてしまうと命の危険性もある。推理小説を書く時に調べた。その事もコレット店長に忠告したら、かなり感謝されてしまったが。
「そうは言ってもね。なんか事件が解けそうで解けないようなモヤモヤ感が気持ち悪いのよ」
「そんな悩まないでよ。私みたいに自由に好きな事していたら、はっと何か閃くわ」
笑顔のコレット店長を目の前にし、少し肩の力も抜けてきたが、彼女は甘いだけではなかった。例の噂を集めたノートを引っ張り出し、白警団も謎の小年について調べている噂もあるという。
「え? 本当?」
「そうよ。もちろん、休んでもいいけど、気は抜かないでよ」
そしてまた紅茶を淹れ、いつも首にかけていた望遠鏡も貸してくれた。
「な、なにこれ?」
「アンナ、あなたもこれで噂を収集してごらん。何かわかる」
「そうかな?」
「私は小麦粉の処理もあるし、あんたは代わりにやってよ。休憩がてらやったらいいんじゃん。気分転換になるんじゃない?」
コレット店長はケラケラと笑う。この人も事件を面白がっているらしい。
「まあ、そうしてみるかな」
「いいね。あと、今日はクリスは?」
「今日は仕事よ」
私はそう言い、紅茶をすする。香り高く、砂糖もミルクも入れていないのに美味しい。
「毎日一緒にいたから、寂しいんじゃない?」
「そう?」
確かにこの村に来て、毎日のようにクリスと一緒にいた。私に執着心を見せてくるのは、正直怖いが、こうしてちょっと離れてみると、確かに少し何かが足りないような感覚もした。
その感覚がソワソワさも与えてくる。妙に落ち着かなくなり、私は咳払いをすると、代金を払い、望遠鏡を首にかけ、店を出た。
今日も良い天気だ。空は水彩絵みたいに透明感もある。秋の風は心地いいし、少しだけ、推理の休暇をとってみる事にした。今からは事件や推理について考えないと決める。他、クリスや恋愛小説の事も一旦、忘れてみよう。
こうしてカフェを出ると、別荘周辺の森へ入る。残念ながら、蒼い鳥は見つからなかったが、望遠鏡で野鳥観察をするのも面白い。オスに派手なダンスを踊りながら求愛する鳥を見た時は、クリスの顔がよぎってしまったものだが、ヒナに餌を与える親鳥に感動もしてきた。普段気にも止めない野鳥も、必死に生きているらしい。
それは人間も同じだろう。誰もが一生懸命に生きている。その権利を他人が奪って良いはずない。事件の事を忘れようとしていたが、犯人への気持ちはより悪化中。クリスと事件をネタに賭けをした事を反省した時だった。望遠鏡でマーガレット嬢が見えた。
少し距離があったが、森の中を走り、彼女を捕まえた。
マーガレット嬢も首に望遠鏡をかけている。私と同じく野鳥観察中かと思ったが、予想は外れた。
「蒼い鳥を探していたのよ」
その声は蚊の鳴くよう。
私はマーガレット嬢が蒼い鳥を探していた理由は聞かない。おそらくクリスへの恋愛成就のためだろう。私へ嫌がらせもしていたマーガレット嬢だったが、その気持ちを暴いたり、指摘するのは推理作家といえどもマナー違反だ。私はこれ以上、マーガレット嬢に蒼い鳥について質問しなかった。
そんな私の態度に、マーガレット嬢も態度を和らげてくきた。一緒に蒼い鳥を探そうという事になり、森の中を一緒に歩く。
清楚な令嬢に見えたマーガレット嬢だが、今日はヒラヒラとしたスカートではなく、ズボンを履き、足腰もしっかりしていた。編み上げブーツも案外似合ってる。
「毎日のように蒼い鳥を探していたから、歩くのにも慣れてしまったわ。王都では蝶よ、花よと甘やかされていたけど」
そう語るマーガレット嬢は、貴族令嬢らしい嫌らしさも消えていた。以前はどことなく鼻にかけている空気があったのに。
「もう私はアンナ嬢に嫌がらせとかはしないし。少しは自分の努力で頑張ってみる」
その努力が蒼い鳥を探す方向なのは、どうかと思ったが、今のマーガレット嬢の目はすっきりしていた。
「私、アンナ嬢には負けないし。クリス様への気持ちは私のほうが深いし」
口を尖らせ、拗ねているように見えるマーガレット嬢。でも、少し可愛く見えるから困ったものだ。クリスへの気持ちは、一生懸命で嘘偽りはないはず。
これは私もなにも言えない。パウラのように恋のせいで変な行動をとってしまう事もある。一方、こんなマーガレット嬢のように、健気な表情を見せる事もある。
たかが恋。それでも人を良くも悪くもかえてしまうのだろうか。恋愛偏差値ゼロの私は全く想像もできないが、恋の全てが悪いものではない。それだけは理解できる。
「マーガレット嬢、今のあなたは可愛いわね。一生懸命で」
「はー? そう!?」
唐突に私に褒められ、顔を真っ赤にするマーガレット嬢。きっと根は悪い子ではないと思うと、私も気が抜けてきた。少し笑えてくる。
「な、何笑ってるのよ、アンナ嬢!」
「まあまあ、良いじゃない」
「っていうか推理は進んでるの?」
森を歩きながら、マーガレット嬢とも打ち解けてしまったらしい。今は事件について考えたくなかったが、それでも一応、マーガレット嬢に進捗をいう。
「全然わからないのよね。もう、さっぱりよ」
「へぇ。っていうか、動機から調べたら? アンナ嬢、トリックとか方法とか、そういう小手先ばっかりに気を取られてない?」
マーガレット嬢の指摘はもっともだった。本格推理マニアの私は、犯人の動機よりも、トリックに気が取られがち。これは大きな欠点だ。タラント村でもそんな感じだった。もしかしたら、今回の事件の謎が解けないのも、何か重要な点を見落としている?
「アンナ嬢、まずは原点回帰だよ。被害者のトリスタン先生についてちゃんと調べた?」
耳が痛い。それはスルーしていた。謎の少年を追うより、トリスタン先生を調べほうがいいかもしれない。
「幸せは案外、死角にあった。アンナ嬢、自分の作品ではそう書いていたじゃない。事件もそうでは?」
「た、確かに……」
森も匂いを吸い込みながら、もう一度原点に戻ろう。トリックや殺害の方法より、動機だ。そのためにはトリスタン先生の事をよく調べないと。
「ちなみにトリスタン先生で何か知っている事ない?」
隣のマーガレット嬢に聞いてみる。マーガレット嬢とトリスタン先生は同じ男爵家で、親しいとも聞いていた。何か知っている可能性もある。
「そうね……」
マーガレット嬢は左上を見つめつつ、何か思い出していた。
「あ、そうだ。トリスタン先生、あなたのデビュー作読んだらしいわ」
「ええ。評論文をトリスタン先生に書いてもらったわ。酷評だったけど」
「なんか本当にアンナ嬢の小説について怒ってたわ。女の癖に推理小説書くなとか、女の癖に偉そうな作家だとか顔真っ赤にしてた。普段、先生は温厚なのに珍しくすっごい怒ってた」
「えー?」
それは初耳だ。トリスタン先生の評論文は、とても論理的。文壇サロンのおじ様と同じような発言をしていた事に、ショック。
「トリスタン先生、アンナ嬢の小説を投げ捨てた。『こんな女作家、推理なんてやめろ』って怒ってたけど、何? アンナ嬢、何かした?」
わからない。トリスタン先生に恨まれる記憶はない。文壇サロンのおじ様のように会った記憶もない。もっともおじ様達が私の悪い噂を吹き込んだ可能性もあるが、私怨で酷評した可能性もあるか?
私のデビュー作「探偵公爵の優雅な推理事情」は、貧乏令嬢が公爵に変装し、事件調査をする話だ。新人賞の審査員、トリスタン先生以外の文芸評論家からは概ね好評ではあった。
「マーガレット嬢、この話でトリスタン先生が怒る要素ある?」
「さあ。単に我が国特有の男尊女卑じゃない? いやね、私怨で評論文を書いたとしたら」




