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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第25話 クリスも変装します

翌日、また私はホテルの厨房で潜入調査中だったが、セドリック料理長はお休みだった。


クリスはセドリック料理長が犯人だと決めつけていたが、ここで働く女たちの評判はまずまずだ。確かに女でも男でモ手当たり次第だと聞いたが、料理の実力もあり、コンクルーでの優勝経験もあるらしい。


休憩室にはその時の賞状も飾ってある。これだけ見ると、決して無能ではなさそう。実際、私が目にしている仕事ぶりだって悪くない。クリスの私怨推理は間違いではないか。セドリック料理長とトリスタン先生の繋がりも見えず、私は余裕。この賭けは私が勝ちそうだ。最新のタイプライターは、私のものになるだろう。余計にご機嫌になってきた。


そんないい気分のまま仕事を終わらせ、ホテルの裏口から出ようとすると、クリスが立っていた。今日は仕事中なのか、スーツ姿だ。髪もちゃんとセットしていたが、いつも以上に偉そうな表情で腕を組んでいた。


「何? クリス、何やってるの?」

「実は今日、部下がやって来た。このホテルの買収もスムーズに行きそうでな」


道理でご機嫌な様子。昨日の推理の事は覚えているのだろうか。偉そうなクリスを見ていたら、ちょっと揶揄いたくなり、セドリック料理長の名前を出してみる。


「そ、そんな推理はまだだ」

「タイプライター、楽しみね。あれがあれば仕事も早くできる」


明らかに動揺している。クリスの偉そうな目が、少し不安の色が出て、面白い。笑ってしまう。なぜか今日はクリスと一緒にいるのが楽しい。事件に巻き込まれながら、クリスと一緒にいる事も慣れてしまったらしい。こんな風に日常を過ごすのも悪くない気がして、自分でも戸惑うぐらいだった。


「いや、セドリック料理長が犯人だ」

「まだこだわる?」


ムキになっているクリス。余計に楽しくなってきたが、セドリック料理長の尾行をして証拠を掴むと鼻息荒くなってきた。


こんなクリスは珍しい。あの賭けもなんとかして勝ちたいのだろう。子供みたいだ。


それにしても、ここまで私に執着しているのが謎だが、このままクリスが暴走しても、事件に悪影響が出そう。真犯人がこんなクリスを見て油断し、逃げてしまう可能性も考えられる。セドリック料理長の尾行をしようというクリスに推理のアドバイスをする事にした。大丈夫。セドリック料理長は犯人ではないだろうし、多少、敵に塩を送っても余裕だ。


「でもクリス。尾行するならちゃんと変装しないと。私もデビュー作の推理小説ではヒロインが男性に変装して調査をしたわ」

「そうか、なるほど。俺の正体がバレたら、犯人が逃げるな」

「でしょう?」

「まずは変装だな。アンナ嬢も潜入調査するために変装しているしな。すっかり忘れてたぜ」


意外と素直なクリスだ。という事でホテルの裏口から村の駅まで行き、その近くのエメの衣服店に入った。


夕方近くで閉店作業中だったが、クリスの頼みという事で融通も聞いてくれた。もっともエメはクリスの身体をベタベタと触り、図々しく、事件調査の進捗も聞いていた。


店内は洋服だけでなく、帽子やアクセサリー、メガネなどが溢れて狭い。エメの大声も響く。こんなエメに押されたクリスはタジタジだったが、サングラスやアクセサリー、黒いスーツなどを選び、試着室へ。


しばらくして試着室から出てきたが、黒いスーツとサングラス姿のクリスは悪そうなギャングにしか見えない。極悪な内面とマッチした服装だったが、エメは引いていた。


「これだと目立つわよ、クリス。しばし残念だけど、さえないタイプの男性キャラに変装よ」

「エメ、こんな美男子の俺が冴えない系に変装できるかね?」


エメは自己肯定感たっぷりのクリスに大笑い。わざと垢抜けないセーターやダボダボとしたジーンズなど持ってきら。伊達メガネとも合わせ、着替えさせたが、いい感じに田舎くさくなり、クリスの派手さが抑えられている。要するに地味になったので、この姿だったら尾行もできるだろう。


「でもエメ、クリスの金髪は目立つわ」


一つ欠点はクリスの髪だ。青みがかった金髪はただでさえ目立つ。髪もボリュームがある。髪質も太めで少し癖があるものの、全体的に派手だ。


「だったらカツラだね。エメ店長、カツラは置いてないか? 前、アンナ嬢がきた時もカツラ売ってただろ?」

「クリスの言う通りね。カツラがあればいい感じに変装できそうだけど」


私はそう言うが、なぜかエメ店長は渋い顔だった。カツラは売り切れらしい。


「売り切れ?」


観光地とはいえ、田舎でカツラが売り切れる事は珍しい。


「けっこう売れているのよね、カツラ」


首を傾げているエメ。そのエメを見ていたら、何かが引っかかった。もしかしたら、私たちと同じ目的でカツラを買った人がいる?


「ちなみに誰がカツラ買ってた?」

「アンナ嬢、今思い出すわ。誰だったかしらねぇ。もう私も歳だけど」

「エメ、俺も気になるよ。誰がカツラなんて買ったんだ?」


クリスにも押され、エメはようやく思い出したらしい。


「そうそう、あのジスラン支配人が買ってたわ。いやね、もう禿げてるの? あと、セドリックも! 父親が禿げてるからって言ってたけど、何? アサリオン村のおじさん達ってみんな禿げ?」


エメは笑っていたが、クリスの口元もニヤニヤし始めた。疑っているセドリック料理長の名前が出たからだろう。


「そのカツラって同じもんだったのよ。金髪で短めで。なんなの? 禿げたおじ様の間でブーム?」


ここでセドリック料理とセドリック料理長の共通点が発覚。セドリック料理長が父親のカツラを代わりに買うものか? 


代理とはいえこんな噂好きのエメの店で買うぐらいだったら、王都にでも行った方がいい。それにジスラン支配人も背が低く、ルックスも悪い男だが、髪はふさふさだった。色も栗色で金色じゃない。禿げ隠し目的にカツラを買った可能性も低い。


それにジスラン支配人もセドリック料理長もホテル内で噂にされてる。どちらも性的に品行方正ではない印象。これも二人の共通点か?


私は黙り込み、しばし考える。セドリック料理長とジスラン支配人。謎の少年。そしてトリスタン先生の繋がりは?


もう一人、少年と繋がりがあるロドルフ先生もいる。こちらも単なる男色ではない?


トリスタン先生を除外すると、セドリック料理長、ジスラン支配人、ロドルフ先生の共通点は?


性的に品行方正ではないということ?


これは事件に関係あるのだろうか。これはセドリック料理長、ジスラン支配人についても調べる必要がありそうだ。彼らの尾行をしても悪くない。


「なあ? アンナ嬢。賭けに負けそうで焦ってるか?」


クリスの口元がふむふむとしてきた。実に機嫌が良さそう。口笛まで吹いていた。


「私怨で推理しても当たってるかもね? 賭けは俺の勝ちになりそうだ。な、アンナ嬢」


クリスの声は限りなく明るかった。


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