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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第24話 賭けをしましょう

翌日はホテルのシフトがあり、潜入調査だった。ホテルのカウンターの方では、ジスラン支配人の怒号が聞こえた。どうやらパウラが急に辞め、人手不足で困っているようだが、私には関係ない事だ。厨房の裏で黙々と皿を洗い、調味料をつめ、野菜の皮を剥いだ。


楽な仕事ではない。どちらかといえば重労働だが、成金令嬢の私は、こうして働くのは悪くないと思う。マーガレット嬢のような貴族の令嬢だったらできない事だろうが、私は案外、仕事を楽しんでいた。


身体を動かしていると、恋愛小説の企画、クリスの求愛、トリスタン先生の事件も考えずにすむ。ストレスを全く感じず、潜入調査中というのも忘れ、バリバリと仕事を片付けていた。本来なら野暮ったい主婦として潜入しているので、こんなに仕事を頑張らなくても良いのだが、恋愛小説の企画書を書くよりよっぽど楽しい。鼻歌交じりに仕事をこなし、あっという間に終業時間になってしまった。


女子更衣室で着替え、別荘へ帰る支度をする。水仕事で手先が荒れているので、クリームもペタペタと塗る。左手の薬指が少し邪魔。変装用グッズだったが、更衣室には誰もいないし、指輪を外してクリームを塗ったら、指先はツルツルと回復してきた。


「ふふ、いいわね」


笑顔で頷き、ホテルの裏手から外へ。村の中央部に行き、別荘のある村の北部まで帰ろうとした時だった。


「送ってやるよ」

「は?」


顔を上げると、セドリック料理長がいた。今日は早番で、夕方に帰れるという。セドリック料理長の髪が夕陽に透け、いつも以上に人懐っこい表情を浮かべていたが、まあ、いいか。


セドリック料理長も謎の少年と関係がある。噂だが、何か分かるかもしれない。


こうして別荘地区まで二人で歩く。アサリオン村は比較的栄えた観光地だが、舗装されていな道も多く、歩きにくい。ついついセドリック料理長から遅れをとるが、彼はスタスタと早歩きだ。


そういえば、思い出す。クリスはこんな時、歩幅を合わせてくれた。セドリック料理長はそんな事しない。あんな極悪経営者のクリスだが、意外と気を使っていたのかもしれない。急にクリスに対して好感度が上がってしまったから、困る。


「ところでセドリック料理長は、あのホテルで長いんですか?」

「そうだよ、けっこう長いね」

「へえ。仕事がない時は、どうしているんですか?」


セドリックの目が泳ぎ、なぜか私の左手を見ていた。そういえば指輪は外していた。カバンに入れっぱなしだったが、その視線は妙にねちっこく、ゾッとしてきた。


全く理由はわからないが、どうもセドリック料理長を信頼できない。謎の少年との関わりも不明。それに今は急に黙り込み、嫌な空気も流れている。私はセドリック料理長の地雷を踏んでしまったのかもしれないが、少し深呼吸。思い切って少年と知り合いかと聞いてみた。


セドリック料理長は無言だった。野鳥の声がやけに耳につく。


「どうしてそんな質問するんですか?」


その声はどう考えても不機嫌。うっかり地雷を踏んでしまったらしいが、また背中がゾクゾクとしてきた。セドリック料理長はずっと私の左手を凝視していたし、急に緊張してくる。失礼だが、なんとなくセドリック料理長が苦手になってしまう。


ちょうどそう思った時だった。前方からクリスが歩いてくるではないか。相変わらず大股で偉そうだったが、今日も仕事が休みなのか、ラフな白シャツに綿パンだったが、極悪モードの顔をしている。口はニッとしているのに、全く笑っているように見えない。嫌な笑顔だ。


無言のクリスだったが、セドリック料理長も何か感じたのだろう。「用事を思い出した」とだけ言い、逃げるように走っていった。


「どういう事だよ、アンナ嬢」


珍しくクリスは不貞腐れている。子供みたい。露骨に不機嫌な様子を表現するクリスは珍しいが、一応事情を説明しながら、別荘まで歩く。


別荘周辺の森へ入っても、クリスはぶすっとしていた。理由は不明だが、いつも以上に私と歩幅を合わせて歩いている。何か私がやらかした可能性は低そうだったが、別荘の前までつくと、クリスはボソボソと呟いた。


「潜入調査をする時は、指輪はちゃんとつけとけ。あのセドリック料理長、アンナ嬢に気がある。だからベタベタと近くで歩いていたんだ」

「はあ?」


そんな風に見えていたのか。むしろ、今のクリスの方がよっぽど私に近いのだが、確かに可能性はある。女達の噂では、セドリック料理長は女でも男でも手当たり次第だった。私がたまたま遊び相手に選ばれたとしても不思議じゃない。


「あの料理長、たぶん、犯人だ」

「えー?」


しかもクリスは妙な推理も始めてしまった。「アンナ嬢にベタベタとし、変な視線を送ってるから、あいつが犯人」だと決めつけているではないか。


頭が痛い。これは単なる私怨ではないか。推理とは言えない。


「推理に私怨はやめよう?」

「いいや。あいつが犯人!」


ムキになっているクリスは子供のよう。その上、こんな賭けも提案。


「セドリック料理長が犯人だったら、俺と結婚しろ」


こんな賭けは二回目だから、今更驚かない。


「セドリック料理長は犯人ではないわ。証拠がない。私は謎の少年が犯人だと思う。一番怪しいもの」


冷静に推理をしたら、どう考えても犯人はセドリック料理長ではない。少年と関わりはありそうだが、肝心のトリスタン先生と何の接点もない。アリバイも仕事のシフトで調べられるし、犯人の可能性は低い。この賭けは私が勝てるかもしれない。


「だったら謎の少年が犯人だったら、あなたは私に最新型のタイプライターをプレゼントする。どう? この賭けは?」

「ふん、受けてたとうじゃないか。犯人は絶対セドリック料理長だ」


腕を組み、胸を張っているクリス。残念ながら、ムキになっているので、全く様になっていない。思わず笑ってしまうが、素人のクリスの推理が当たるわけがない。私は余裕だった。最新型のタイプライターで仕事をしているシーンがリアルに想像できてしまう。


「この賭けは私が勝つから」

「だったら俺も行動に出る。俺も推理するから、アンナ嬢、油断するな」


クリスはそう言い残すと、去っていく。クリスがいなくなると、急に静か。野鳥の鳴き声が耳につくぐらいだ。


「うん? なんで経営者のクリスも推理する展開になってるの? っていうか、あの人、やっぱり事件を楽しんでない?」


ため息が出そうになるが、今の私はクリスに負ける気はしない。推理だったら私のほうが慣れているはず。


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