第23話 パーティーで元気を出しましょう
翌日、夕方からコレット店長のカフェでパーティーをする事に決まった。主にパウラへの励ましが主な目的だが、じいやの退院祝いも兼ねている。参加メンバーはパウラ、じいやはもちろん、コレット店長、エメ、クリスも参加。バー店長のシビルやマーガレット嬢も参加予定との事で、コレット店長は昼間から準備におわれている。
今日はホテルのシフトはなく、私もパーティーに参加予定だ。クリスはじいやを病院に迎えに行ったりしていたが、私はそてまでに別荘で一人、恋愛小説の企画を練っていた。
「思いつかない」
部屋で一人で色々と練ってはいたが、いいアイデアが閃かない。なぜか頭にクリスの顔が浮かんでしまう。全く集中力もなく、ストレスが溜まって、頭をかきむしっていた。床に髪の毛が落ちる。
ストレスがたまると、よくやってしまう癖。特に締め切り数日前は、ごっそりと毛が抜けてしまう事も。ストレスが髪の毛に出やすいタイプなのだろうが、全く企画書も出来上がらず、トリスタン先生の推理も今日は進展がなく、夕方になった。
さっそくコレット店長のカフェに向かった。もうパーティーは始まっていた。カフェの中央には大きなテーブルが出され、チキンのハーブ焼き、パン、シーザーサラダ、チョコレートケーキ、クッキー、コーヒーなどの飲み物も並べられ、立食形式で自由に食べられる。
さほど広く無いカフェだ。こう何人もいると、少し狭いぐらいだが、今日の主役のパウラは元気そうだったし、マーガレット嬢はクリスが避け、エメやじいやと談笑。
私はクッキーをつまみながら、窓際にいるクリスへ目を向ける。隣にはバー店長のシビルがいる。
シビルは私に迫害してきた張本人だったが、クリスにはポーッとした目を向けていた。顔も赤い。顔だけは良いクリスに悪い印象はないらしい。おかげでシビルは私に迫害する事もなく、拍子抜けだ。
「シビル、パーティー楽しんでる?」
ということで私もシビルに声をかけてみた。向こうは一瞬怯む。せっかくの薄幸美人風のルックスが台無しだ。まるで鬼に遭遇したような表情をしていたから。
「た、楽しんでいるわよ」
シビルの声は案外低い。そのせいであまり楽しんでいるようにも聞こえない。その上、私に対して怯えるような目を見せ始めた。まるで小さなリスのような目だ。
「シビル、どうしたの?」
「い、いえ。あなたの小説をちょっと読んだだけ。文芸誌に連載されていたもの。タラント村の事件を参考にしたんですってね?」
パーティーでは他の面々は料理やおしゃべりに夢中。おかげでシビルとこうして会話できるわけだが、なぜか話題は小説に。
「ええ。タラント村の事件をモデルに書いたわ。過去の事件もちゃんと明るみに出たからね。犯罪は隠せないわ」
そう言うと、またシビルの目が泳いでいる。まさか、シビルが事件の関係者ってあり得るか。シビルは比較的背が高いが、男のトリスタン先生を撲殺するのは無理だ。万が一、殺せたとしても、別荘まで運ぶのはかなり難しい。それに動機もない。バーの支援をしてくれたトリスタン先生を殺してもシビルに得はない。むしろ損だ。その上、シビルと謎の少年の関連性もない。
つまりシビルは限りなく白。容疑者から除外したいところだが、怯えている様子は気になった。
そうは言っても、コレット店長がお酒を振る舞い始めたので、このパーティーの空気はぐだぐだになってくる。
「クリス様ぁ、私と婚約しなさいよ! 男爵家とコネがあった方がいいでしょ?」
酒に酔ったマーガレット嬢はクリスにからみ始め、余計にグダグダだ。エメは酔い潰れ、じいやが介抱し、パウラはずっとコレット店長に人生相談をする始末。
この酒臭い雰囲気についていかず、私は窓際に避難。
改めてグダグダのカフェを見回したが、パウラは涙ながらにコレット店長の話を聞いている。
「パウラ、ダメよ。自分の身体は大事にしなさい。いくら生活に困っても女を売るのはおよしなさい」
「え、ええ。コレット」
グズグズと涙を流し、コレット店長野人生相談を受けていたパウラ。こちらはもう大丈夫そうだが、ふと、視線を感じて横を見ると、シビルが二人を睨みつけていた。
しかも顔が真っ青だった。シビルも酒を飲んでいたはずで、少し酔ってもいたが、この青い顔はなんだろう。しかもシビルがパウラやコレット店長を見ている理由もさっぱり見当がつかない。
「私、もう帰るわ」
シビルは私に見られていると気づくと、逃げるように帰ってしまう。
私は首を傾げる。このシビルの態度は、どうも変。私に見せた目、さっきの青い顔、どうも違和感があったが、気のせいといえばそれまでだ。推理作家らしく、シビルを詳細に観察しすぎていたのかもしれない。職業病だ。悪い癖らしい。
「うん? シビル帰ったんか?」
マーガレット嬢に絡まれていたクリス。シビルが帰った事に気づき、私のいる窓辺へやって来た。
もうパウラとコレット店長以外の面々は酔い潰れてしまい、介抱しているじいやは大変そう。マーガレット嬢に絡まれたクリスもお疲れの様子だ。今日は白シャツに綿パンというラフなスタイルだったが、シャツの上の方のボタンを開け、一息ついていた。
「なんかシビルの様子が変だった気がする。コレット店長の会話を聞いて、なぜか逃げるように帰っていった。どう思う?」
「そうか。俺はシビルは普通に見えたがな。気のせいでは?」
クリスはシビルについて全く違和感を持っていないらしい。テーブルから水もついできて、私に持ってきた。
「アンナ嬢も酔ってないか。水を飲め。俺が介抱してやるよ」
「酔ってないし。私、お酒には強いから」
とはいえ、クリスがくれた水は美味しく、ごくごくと飲んでしまった。水のおかげか冷静になってきた。確かにシビルがトリスタン先生を殺すのは不可能だし、変な態度も私の勘違いだろう。
「ところで、アンナ嬢」
「何よ、クリス」
「ストレス溜まってないか?」
「は? なんでそう思うの?」
クリスが私の目を覗き込んでくる。幸い、他の面々は私達について誰も気づいていないが、かなり近い。お互いの吐息も感じられる程。
「髪が抜けてないか?」
「いやいや、なんでわかったの?」
そんな事実はクリスに言っていないはずだ。恋愛小説の企画につまり、ストレス溜まって髪が少し抜けた事など言っていないのに、なぜわかったのだろうか。
例の王都で人気の恋愛小説では、「君の髪の毛一本一本を愛してる」という台詞もあったが、今は笑えない。本当にクリスが私の髪をチェックしているような執着を感じてしまうから。
「ちょ、ちょっと怖いね? 正直」
「そうか? 別にいいだろ。それに恋愛小説につまったら、俺をヒーローのモデルに書け。きっと良い恋愛小説が書ける。若き天才経営者と作家志望の貧乏令嬢のロマンスだ。いいだろ?」
「まだそのネタ言っているのね……」
呆れてくるが、自信満々のクリスを見ていたら、くすりと笑ってすまう。
こんな執着心の強いクリスだが、別に嫌いではない。むしろ、こんな風に会話するのも慣れてきたし、クラスと日常を共にするイメージもできてしまうから困る。
「うん、でも、少し参考にしてみるわ」
「そうだろ? アンナ嬢の恋愛小説も楽しみにしている」
隣でクリスは無邪気に笑っていた。こんな風に笑うと、意外と目尻の皺は優しげ。今は全く極悪に見えないから、余計に困る。




